なあんおばはんの日常

ラーメン

今日で夏休み三日目。
今日は物凄い強風が吹いてます。


日曜日

車で移動中に下妻の「めんや暁」というラーメン屋さんの前を通過しました。

ラーメン好きの彼が、

何となくぴんと来たらしく、

「今の店、良さげやね、行ってみよー」



わざわざ戻って、行きました。


私たちが入った時はお客さんゼロだったのに

数分でたちまちいっぱいになって待ち客まででました。

こんだけ流行ってるねんから、きっと美味しいに違いない、

とわくわくして待っていると、

まず先に私の頼んだラーメンが来ました。


魚介系豚骨ラーメンでした。

でも魚系特有の魚のくどさは一切なく、まろやかな旨味絶妙バランスのすーぷ。
もちろん麺もすーぷにぴったり。


とにかく無茶苦茶美味しかったです。

最後に取っておいた海苔、風味が最高でした。

魚系であんなに美味しいラーメンは初めて食べました。

それに関西人の私が食べても大丈夫な塩加減でした。

ラーメン通は行った方がいいでしょー。


スープ絶品です。

彼は辛ネギチャーシューと、あぶりチャーシューつけ麺を食べました。


あぶりチャーシューも焦げ目カリカリで最高でした。無茶うまです。。


つけ麺の麺はラーメンの麺より太めで、彼はスープも麺もチャーシューも絶賛しておりました。

滅多に誉めない彼が絶賛でした。


辛ネギチャーシューには味玉もついてて、玉子の黄身はとろり、白身も柔らかめで、これも塩控えめで旨味たっぷり美味しかったです。

ラーメンが出て来るまで多少時間かかりますが、全然納得な美味しさでした。


帰りに、

今まで東京に来てから食べたラーメンで二番目に美味しかった

と彼に言うと、


もしかして

一番目って、関口?

と。


当然やん。


そして、


大阪時代の私の一番は天ラです。

天理ラーメン、彩華。


懐かしいな。

神座も、薩摩っ子も、もう随分食べてないなぁ


ラーメンって思い出の味になるねんなぁ


深いです。


そういえば松戸に横綱ラーメンがあって、たまーに行きます。

関東にもあるんだー、と最初びっくりしました。


今から約20年くらい前、大阪八尾に住んでた時にお店を閉めた後、夜中に良く行ってました。


青ネギ入れ放題です。


お店やってたあの頃は、開店当時は寝てる時間以外は、ずーっと一日中働いてました。


20代やったから出来たんやな。


お店を自営で始めた時、

まだ息子は二歳になってなくて、開店から三ヶ月くらいダンナの実家に預かって貰ってました。


毎週火曜日の定休日ごとに息子に会いに行って、息子を置いて帰るのが辛くて、帰りの車でダンナと二人でよく泣いてました。


そういう頃もありました。

日々の営業に関しては最初のダンナがばっちり出来たけど


経営や経理のことが解らなくて、片っ端からハウツー本を買って読みまくりました。


飲食店経営の基本や経営数値に関しては本を読んだら解りましたが、

経理は本を読んだだけでは具体的に何をどうしたらいいか、全然解りませんでした。。

私は営業事務しかやったことが無かったのです。


悩みまくっていたら、たまたま新聞の折り込みチラシに近所の大栄経理学院の簿記三級コースが載っていました。

これや、と思い、なんとか数ヶ月通いました。


おかげで帳簿関係の悩みはすっかり解決して、確定申告も自力で出来て、何年間か白色申告の後、青色申告になりました。


事業計画書を作って、国金でお金借りたり


メニュー考えたり、イベントやったり、


店内の内装や壁のペインティングとか全部自分たちでやってました。


リキュールやラムの類はほとんど揃えて、


ほんとに、よく頑張ってました。


でも


私が離婚した後


最初のダンナはお店を彼女と二人で、なぜかカレー屋にしてしまいました。

周囲の反対を押し切ってやったけど

みんなの心配通りに一年もたなかったようです。


日々の営業だけでは商売なりたちません。


利益をあげなきゃならんのです。


商売、決して甘くはないんです。


あれから約20年経ちましたが、


今度の仕事を本当にやることになったら、あの頃の経験が役に立つような


そんな気がします。


簿記三級、もうきれーさっぱり忘れてますけど。

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