青山学院大(青学大)が2年ぶり6度目の往路優勝を飾った。記録は5時間18分14秒。史上初の2季連続3冠を目指す駒澤大(駒大)を3区で逆転し、逃げ切った。2年ぶり7度目の総合優勝へ、名将・原晋監督(56)が掲げる「負けてたまるか大作戦」が見事に的中した。2位に2分38秒差で駒大、3位には城西大が続いた。
1区の荒巻朋熙(2年)は首位の駒大から25秒差の9位と出遅れたが、2区の黒田朝日(2年)が7人抜きの快走で区間賞を獲得。一気に順位を2位へ押し上げた。
首位と22秒差でタスキを受けた3区の太田蒼生(3年)は、18・2キロ過ぎで駒大・佐藤圭汰(2年)を抜き去った。同区間(21・4キロ)では日本人初の59分台となる59分47秒で区間賞を受賞。大学3大駅伝で23区間連続首位継続中の駒大から、首位の座をついに奪還した。
4区の佐藤一世(4年)は4秒のリードをグングン広げた。2位駒大との差を1分27秒まで広げ、22年5区で区間3位の若林宏樹(3年)へとタスキリレー。その若林が降りしきる雨にも負けず力強く走り抜き、歓喜のゴールに飛び込んだ。
往路を制した第98回の22年大会も、3区で太田が首位へ。2年前のリメイクで、大本命の駒大を上回った。
今季は原監督が就任20年目の節目の年。出雲5位、全日本2位となり、2大会とも圧勝した「史上最強」駒大には大差をつけられていたが、15年以降の箱根路で6度の総合優勝を誇るフレッシュグリーンが力を発揮した。
往路優勝の青山学院大(青学大)は、4区(20・9キロ)で佐藤一世(4年)が区間賞となる1時間1分10秒をマークして貢献した。
本番1カ月前にトラブルが重なった。12月1週目にインフルエンザを患い、同2週目には虫垂炎を発症。通院先では不安な気持ちで点滴を打った。「でも、監督は大丈夫だと言ってくれた。最後は(自分のことを)信じて起用してくれた」。その思いに快走で応えた。
11月までは順調に練習をこなせていたからこそ、直前のトラブルを乗り越えられた。「継続的にできていた、その貯金があったと思う。あとは気持ちの部分。周囲の人たちが支えてくれ、励ましてくれた」。とくに大きかったのが、メンバーから外れた主将の志貴勇斗をはじめ、同級生たちの存在。そう強調したうえで、4年間を一緒に過ごした仲間たちに感謝した。
青山学院大(青学大)が2年ぶり6度目の往路優勝を飾った。史上初の2季連続3冠を目指す駒澤大(駒大)を3区で逆転。4区の佐藤一世(4年)が駒大との差を4秒から1分27秒まで広げ、22年5区で区間3位の若林宏樹(3年)が1時間9分32秒の区間新記録の快走。初めて5時間20分を切る5時間18分13秒をマークした。
原晋監督は、「こんなことは想定していなかった。あっぱれ」と、選手たちを手放しでたたえた。真っ先に名前を挙げたのは4区の佐藤。12月にインフルエンザや虫垂炎でほとんど練習できなかったことを明かし、「出場も難しいくらいの状態だったのによく走ってくれた」とねぎらった。
また、2区で9位から2位に浮上させ、逆転へはずみをつけた黒田朝日(2年=玉野光南)については「想定外」と目を丸くし、「練習で30キロ走らすとへばる子なんで。最後の坂をかけ上がってくれるかどうかは不安でしょうがなかったですよ。でも、強いですね」と笑った。
駒澤大(駒大)の佐藤圭汰(2年=洛南)と3区で歴史的激戦を演じ、終盤で一気に抜け出した太田蒼生(3年=大牟田)については「練習でも日頃から頑張ってくれよと思うんですけど」と笑わせつつ、「あんなことができるんだ。箱根ではすごいね」と満足そうにうなずいた。
2年ぶり7度目の総合優勝へも「直近で状態のいい子たちを選んでるので、しっかりと復路も」と力を込めた。
往路優勝の青山学院大(青学大)は、3区(21・4キロ)の太田蒼生(3年=大牟田)の逆転劇で流れを引き寄せた。
太田は「箱根駅伝では楽しみたいという気持ちが一番ある。それを意識し、準備して、今日のレースを楽しめた」と笑顔で振り返った。
首位の駒澤大(駒大)と22秒差の2位でたすきを受けると、序盤から飛ばした。学生トップランナーと呼び声の高い佐藤圭汰(2年=洛南)を7キロ過ぎでとらえ、並走状態に持ち込んだ。
「追いつくにはあれぐらいで行かないと、と思っていた。オーバーペースというわけではなかった」。その後は佐藤とのつばぜり合いが続いたが、「あの競り合いが1番楽しかった」とうなずく。
スパートを掛けたのは18キロ過ぎ。「『ここからだ』と切り替えるため」に、サングラスを外して力走。「肉眼で見たら風景ががらっと変わった」。海沿いの箱根路。雨の中でも、視界が鮮やかに広がった。
大学3大駅伝では1年前の箱根4区から先頭を走り続けてきた駒沢大から、首位の座をもぎとった。「先頭(からの景色)を見ないと面白くないと思っていた。その景色はやっぱ見たかった」と実感を込めた。
区間賞の59分47秒をマーク。日本選手では初めて1時間切りを果たした。「順位のほうを意識していた。結果的にタイムがついてきた。1時間フラットは1つの目安にしたので、すごく良い結果になった」。
ロードに強く、原晋監督は「駅伝男」と信頼を寄せる。タスキをつなぎ終えた直後、伴走車の原監督から「よく頑張った、あっぱれ」と感謝された。その言葉は「聞こえました」とうなずき、「監督は多分、毎年ああいうこと言ってるんで、いつも通りだなっていう感じです」と笑った。
往路優勝の青山学院大(青学大)は、3区(21・4キロ)の太田蒼生(3年=大牟田)の逆転劇で流れを引き寄せた。
レース直後の太田との一問一答は以下の通り。
◇ ◇ ◇
-いい走りができた
箱根駅伝はやっぱり、楽しみたいという気持ちが1番ある。それを意識して準備し、今日のレースを楽しめた。
-序盤から飛ばした
追いつくにはあれぐらいで行かないと、と思っていた。下りだったので、オーバーペースというわけではなかった。
-あのペースで佐藤君を追いかけることに、怖さはなかったか
それはなかった。箱根はというか、ロードは僕のフィールドだと思っていた。自信はあった。
-スパートのタイミングはイメージ通りか
仕掛けるところはあまり考えていなかった。ぎりぎりまでついていって、最後に差せればというイメージだった。
-見応えのある攻防が続いた
あの競り合いが1番楽しかった。
-スパートの直前に、サングラスを取った
「ここからだ」と切り替えるために取った。そしたら風景がガラッと変わった。
-タイム(59分47秒)も優秀
あまりタイムは狙っていなくて、順位を意識して中で、結果的にタイムがついてきた。1時間フラットは目安にしたんで、すごいいい結果になったかな。
-3大駅伝で各区間首位を継続してきた駒大から、トップを奪った
先頭(からの景色)を見ないと面白くないと思っていた。その景色はやっぱり見たかった。
-伴走車の原監督からの声は聞こえていたか
「落ち着いていこう」といった言葉が、多分ラスト5キロぐらいで聞こえてきた。僕も佐藤君についていて、結構きついところあったんので、そこでいったん、落ち着いて走り直すことができた。
-監督からは最後、「あっぱれ」との言葉も
聞こえた。監督は多分、毎年ああいうこと言ってるんで、いつも通りだなっていう感じ(笑い)。
-“箱根男”としての自負は
箱根だけではなく、マラソンで1番活躍していきたい。次は「マラソンで日本を背負う」と言ってもらえるように頑張りたい。
青山学院大(青学大)が2年ぶり6度目の往路優勝を飾った。史上初の2季連続3冠を目指す駒澤大(駒大)を3区で逆転。4区の佐藤一世(4年)が駒大との差を4秒から1分27秒まで広げ、22年5区で区間3位の若林宏樹(3年)が1時間9分32秒の区間新記録の快走。初めて5時間20分を切る5時間18分13秒をマークした。
若林は3位でゴールした城西大の山本唯翔(4年)が同じく区間新記録となる1時間9分14秒でゴールして区間賞は逃したが「雨の中のレースで気温が低くて寒かったけど、応援でおかげでなんとか走り切ることができた。昨年、体調不良で走れなくてチームに迷惑をかけてしまったので、その挽回ということを意識して走りました」と満足げだった。
往路新記録での優勝に原晋監督は「負けてたまるか大作戦、本当に学生が頑張ってくれた。魂のこもった頑張りだった。ありがとうと言ってあげたい」と選手たちに感謝。そして「昨日の能登地震で開催できるかわからない中、多くの被災に遭われている方がいる中で、箱根駅伝ができることを本当に感謝申し上げたい」。2年ぶり7度目の総合優勝へ「伝統的に復路は強いですから、自信を持って輝いて走ってほしい」と期待を込めた。
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史上初の2季連続3冠が懸かる駒澤大(駒大)は、往路でまさかの2位に終わった。
1区(21・3キロ)の篠原倖太朗(3年)が区間1位などで盤石スタートも、その後は失速。22秒リードの首位でタスキを受けた4区(21・4キロ)の佐藤圭汰(2年)が、前半に青学大・太田蒼生(3年)に追い付かれ、終盤に首位を明け渡した。昨年の箱根駅伝4区(20・9キロ)から続いていた連続区間トップも23でストップ。4区以降も、差を縮めるどころか水をあけられる展開に終始した。
藤田敦史監督は「4区が想定よりも走れなかったところが、青山(学院大)さんとの差がついてしまった」と悔しがった。
トップの青学大には2分38秒差をつけられたが、3日の復路で巻き返しを誓う。ポイントに6区を挙げ、「後半区間は上級生を配置して自信を持った配置をしようと思っている。総合優勝を狙う」と前を向いた。
史上初の2季連続3冠が懸かる駒澤大(駒大)は、往路でまさかの2位に終わった。
22秒リードの首位でタスキを受けた3区(21・4キロ)の佐藤圭汰(2年)が、前半に青学大・太田蒼生(3年)に追い付かれ、終盤に首位を譲った。
レース終盤、両太ももが固まるような感覚に襲われた。「走っているときは痛くはなかったけれど、固まったというか、つっているような状態が続いた。スパートを掛けたかったけれど、動かなかった。(こういう症状は)初めて」と明かし、「悔しいです」と肩を落とした。
学生ナンバーワンの呼び声もかかる存在。昨秋にはアジア大会男子5000メートルで6位入賞。出雲駅伝で区間賞、全日本大学駅伝では区間記録を塗り替えた。さらに八王子ロングディスタンスでは1万メートルで27分28秒50のU20(20歳未満)日本記録も樹立。1年前に欠場した箱根に向け、万全の状態へと仕上げてきたはずだったが、力を発揮できなかった。
予想以上に早いタイミングで太田に並ばれる展開となり、「すごくびっくりした。焦ってしまった。ペースを上げなければと足を使ってしまい、後半に動かなくなってしまった」。想定外の展開に対応しきれなかった。20キロ以上の長丁場。「そういった距離では、自分はまだまだ弱いと感じた。太田さんのほうが強かった」と話した。
前回箱根4区から、10月の出雲(6区間)、11月の全日本(8区間)と続けてきた駒沢大の連続首位継続記録は「23区間」で途切れた。
往路2位に終わった駒澤大(駒大)は、1区(21・3キロ)の篠原倖太朗(3年)が、1時間1分2秒の区間歴代2位の記録でチーム唯一の区間賞を獲得した。
スタートか区間新ペースで飛び出した駿河台大のスティーブン・レマイヤン(1年)に食らい付くと、17キロすぎの六郷橋の上り坂で突き放した。「レマイヤンが(1キロ)2分50秒くらいで走ってくれたので、自分のペースにうまくはまった。でも後ろとの差があまり離れていなかったので、自分からいこうと思った」。
タイムは22年に中大の吉居大和(当時2年)がマークした1時間0分40秒に迫る歴代2位。「正直、区間賞は狙っていたけど、タイムは狙っていなかった。2番は悔しいですねけど」。昨年の箱根駅伝の4区以来続く、駒大の区間連続トップを22区間に伸ばしたが「そこはあまり意識していなかった。すごいですよね」と淡々と振り返った。
駒大の1区区間賞は15年の中村匠吾以来9年ぶり。中村はその後、21年東京五輪マラソン代表になった。
「自分が1年のときに大八木監督(当時)と練習をされていた。目標の選手なので、そんな選手と同じ結果を出せたのはうれしい」と感慨深げだった。
史上初の2季連続3冠が懸かる駒澤大(駒大)は、往路でまさかの2位に終わった。22秒差のトップでタスキを受けた3区(21・4キロ)の佐藤圭汰(2年)が、前半に青学大・太田蒼生(3年)に追い付かれ、終盤に首位を譲った。
レース直後の一問一答は以下の通り。
◇ ◇ ◇
-足に違和感?
足がつっている感じというか、筋肉がずっと固まってるような状態。レース中はアドレナリンが出ていて気づかなかったけれど、今は痛みがある。
-立っているのもやっと?
立ってるのは大丈夫だけれど、歩いたりして少し力が入るとズキッとする。
-足の痛みはいつから?
走ってる時は痛くはなかった。固まっているような感じになったのはラスト5キロを過ぎたあとぐらい。スパートを掛けたかったけれど、残り3キロを切ったあたりからは、ぜんぜん動かなかった。
-症状があったのは
両太ももを中心に、全体的に動かなかった。こういう経験は初めて。
-初めての箱根駅伝。どんな気持ちで走ったか
先頭でつないでくださったので、次の山川にも先頭でつなげたかったんですが、(青学大の)太田さんに追いつかれてから自分のペースを乱してしまった。20キロといった距離に対応できてないというか、そういった距離では自分はまだまだ弱いなと感じた。
-かなり早いタイミングで並ばれる展開となった
自分も13分台で5000メートルを行っていたし、追いつかれても15キロとかかなと思っていた。あれほど早く追いつかれ、すごくびっくりしました。
-落ち着いて対処できたか
ちょっと焦ってしまった。早く追い付かれ、そこから「自分でペースを上げないと」と足を使ってしまった。それで終盤3キロ、ちょっと動かなくなってしまったかもしれない。
-足の状態もあったとはいえ、悔しい気持ちのほうが強いか
はい。悔しいです。
-約1カ月前の八王子ロングディスタンスで好記録。その反動は
いい練習は詰めていた。影響はなかったと思う。
-状態は万全だった
はい。
-ここまでの1年を振り返って
去年は出走すらできず、本当に悔しかった。絶対にリベンジするという思いでいて、いい練習もできていた。自信を持ってスタート地点には立てたけれど、太田さんのほうが上だったし、強かった。
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5区(20・8キロ)で城西大・山本唯翔(4年=開志国際)が、1時間9分15秒で区間新記録を樹立した。
先にゴールした青学大・若林宏樹の区間記録を3分後に塗り替えた。昨年の自身の記録を49秒上回り、2年連続で区間賞、区間新記録を達成した。
「3位でタスキを受けたのは出雲駅伝以来。こんな良い位置でもらったからには『今日は絶対に区間賞を取ってやる』っていう気持ちでやって、しっかり区間賞、区間記録を更新できたのはよかった」と声を弾ませた。
“山の妖精”が、雨中の登山で本領を発揮した。自身3度目の山登りは、2位に2分8秒差でタスキを受け取った。大雨に見舞われながらも、スイスイと安定した走りを披露。その差を39秒差に縮めた。
05年の今井正人さん(順天堂大)の1時間9分12秒(参考記録)には3秒及ばなかったものの、前回9位のチームを押し上げた。「今日の走りでは今井さんの記録には届かなかった、山の神にはなれなかったと思うんですけど、みんなの記憶に残る走りっていうのはできたかな。本当にうれしい」と、笑顔でうなずいた。
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往路の優勝候補の一角にも挙げられていた国学院大は、1区で起用した3本柱の1人で主将の、伊地知賢造(4年)が、まさかの区間17位とスタートダッシュに失敗し、往路6位と苦戦した。
伊地知はスタートから区間新ペースで飛び出した駿河台大のレマイヤン(1年)に、駒澤大(駒大)の篠原倖太朗、青山学院大(青学大)の荒巻朋熙(2年)とともに食らい付いたが、8キロすぎにレマイヤン、篠原から遅れ、14キロすぎには荒巻からも引き離され、16・8キロ付近で後続集団に吸収された。その後もズルズルと順位を下げて、トップの篠原から1分33秒遅れの17位に沈んだ。
「後半に体が冷えて、寒さでガチガチになった。15キロくらいから急にきつくなった。ラスト3キロはまったく覚えていない。気持ちだけで粘れるところまで粘ったが、結果がすべてなのでチームにごめんという感じ」。それでも2区の平林清澄(3年)が区間3位の力走で、一気に9位に順位を押し上げるなど往路6位につけた。
4年間で8区、2区、5区、そして1区とすべて異なる区間を走った伊地知は「1区はわりと単調な区間で、六郷橋まで頑張ろうと思っていたけど、なかなかうまくいかなかった。苦しい走りになったが、4年間で4コースも走れて感謝している」と振り返った。
被災した故郷を、自分の走りで元気づけたい-。
福井出身、国学院大の平林清澄(きよと、3年)が、エース区間の2区(23・1キロ)で、昨年の6人抜きに続き、8人抜きの快走を演じた。17位でたすきを受け、9位に順位を上げてフィニッシュ。被災地から沿道に駆けつけた父の声援も力に変え、区間3位となる1時間6分26秒で駆け抜けた。総合3位以内を目指すチームは1区の出遅れを挽回し、往路6位で終えた。
◇ ◇ ◇
花の2区の勝負どころ、権太坂で国学院の平林がさらにギアを上げた。序盤から果敢に飛ばし、15キロ過ぎに待ち構えるこの急坂まで、すでに5人を抜いていた。苦しくなりかけてきたところで目に入ったのが、被災地の実家から駆けつけてくれた父の姿。「『攻めろ!』とおやじが叫んでいた。ちゃんと聞こえました」。その激励を力に変え、さらに3人を抜いた。1年前も同じ区間で6人を抜く奮闘を見せていたが、それを上回る8人抜き。「プラン通りの走りを、だいたいできた」とうなずいた。
前日の元旦、大地震が北陸地方を襲った。故郷のことが心配で「気持ちをつくるのが難しかった」。それでも家族の無事を確認したことで、落ち着きを取り戻した。「いまの自分には走ることしかできない。同じ北陸出身者として、エールを届けたい」と心に誓った。
被災地にも今大会が中継されることを、レース前に確認した。「自分の走りがテレビに映ることで、北陸の人に元気を与えられるような走りをしたいと思っていた。そこに関してはできたかな」とうなずいた。
自身は今季、ケガを乗り越えた。前年の箱根駅伝後に仙骨を疲労骨折。落ち込みかけたが、トレーニングや生活習慣を見直し、約3週間で練習再開にこぎつけた。7月には1万メートル27分55秒15の国学院大記録を樹立。さらに11月の全日本大学駅伝では、駒大の主将、鈴木芽吹らを上回るタイムで区間賞を手にした。
この日は目指していた区間賞には届かなかったものの、青学大・黒田朝日から19秒差、駒大・鈴木には6秒差の3位と奮闘。「負けちゃったけれど、この借りは来年の箱根で返したい。また、北陸の人に元気を与えられるような走りができれば」。最上級生となる24年。故郷への思いを背負い、さらなる高みを目指す。【奥岡幹浩、濱本神威】
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出雲駅伝2位の創価大は往路7位。3区(21・4キロ)の山森龍暁(4年)は1時間4分19秒で区間19位だった。
3位でたすきを受け取ったが、8位でつなぐ形となった。「順位を落とし、前が見えない位置でたすきを渡すことになってしまった。次の区間の野沢には本当に申し訳ない」。2年連続で3区を走ったが、「なかなかイメージと体が合わず、苦しい走りだった」と振り返った。
福井・鯖江高出身。地元は前日、激しい地震に襲われた。「心配な気持ちもあった」と明かすが、実家や知り合いの無事を確認。「大丈夫とのことで、そこはひと安心しながら。ただ、被災を受けた方のためにも頑張らないと、という気持ちで走った」。
描いていたような結果とはならなかった。それでも全力を振り絞り、懸命にたすきをつないだ。【奥岡幹浩】
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中央大の前回2区区間賞のエース・吉居大和(4年)が、区間15位の1時間8分04秒と奮わなかった。
1区で出遅れた前回1区区間4位の溜池一太(2年)から、「思ったような展開ではなかったが、それでも自分の走りをしよう」と19位でたすきを受け取った。だが、ペースが上がらなかった。17位まで順位をあげるも、前回区間賞の本領発揮とはならなかった。「15キロ過ぎから自分の走りができなくなってしまった。自分の持っているすべてを出し切れなかった」。たすきをつなぐと、中継所のテント内で左耳と頭の痛みを訴え、うずくまった。「終わった後に耳というか頭が急に痛くなった。今は問題ない」と話した。
前回大会でエースが集う2区(23・1キロ)を走り、駒大・田澤廉(現トヨタ自動車)、青学大・近藤幸太郎(現SGホールディングス)とのデッドヒートを制し、1時間6分22秒で区間賞を獲得。22年ぶりの表彰台となる総合2位に貢献。しかし、今季は10月の出雲未出走、11月の全日本3区区間11位と、調子が上がらずにいた。最後の箱根駅伝を終え、「(大学4年間を振り返り)今年に関してはいろいろ、出雲で走らなかったり、全日本と箱根でも自分の目指していた記録は出せなかったので、すごく残念です」と悔やんだ。
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9年ぶりシード権を目指す大東文化大(大東大)が、1区のまさかの転倒を乗り越え、5時間28分54秒の往路8位でゴールした。
1区の18キロすぎ、10人の3位集団の後方を走っていた西川千青(3年)が、他の選手と接触して転倒。区間13位と出遅れた。
「六郷橋を上り切って、そこから攻めて行こうと思った時に転倒した。後ろを走っていた自分の責任。前に出ていなかったのでまだまだ実力が足りない証拠。両膝と手のひらと指と肩に擦り傷を負ったが、骨などはまったく異常なくて、そこは不幸中の幸い」と西川。
12月半ばにインフルエンザに感染して体調を崩して「監督から1区だけが不安と言われていた」という。転倒後はすぐに立ち上がって集団を追いかけてトップの駒大と55秒差と1分以内でタスキを渡した。「一番不安だと言われたけど、それは乗り越えた」。突然のアクシデントにも大崩れせず、粘りの走りでチームの往路8位に貢献した。
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4区(20・9キロ)で中央学院大の黒岩勇禅(ゆうぜん、2年)が、父からの“力水”を受け取った。
15キロの給水場所で登場したのは、同校陸上部出身の父。現役時代は箱根路を走ることができなかったが、この日はしっかりと息子と数秒間並走し、水とともに力強いエールを送った。
中高時代には、ともに大会にも出場したという。解説を務める瀬古利彦氏から「いい走りしていますね」と評される走りを見せた父は、水を渡し終えると一礼。黒岩はそれに答えるように、前を見据えて力走を続けた。
給水はチームメートが手渡すのが一般的だが、要項では「各チームの部員あるいは各チームが許可した大学関係者であること」となっている。
この一幕にはSNSでも感動の声が続出。「普通の人ならばかなわないことをやってくれた」「お父さんが給水してる姿にグッときました」などと称賛のコメントが並んだ。
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9年ぶりシード権を目指す大東文化大(大東大)が、1区のまさかの転倒を乗り越え、5時間28分54秒の往路8位でゴールした。
1区の18キロすぎ、10人の3位集団の後方を走っていた西川千青(3年)が、他の選手と接触して転倒。区間13位と出遅れた。
「六郷橋を上り切って、そこから攻めて行こうと思った時に転倒した。後ろを走っていた自分の責任。前に出ていなかったのでまだまだ実力が足りない証拠。両膝と手のひらと指と肩に擦り傷を負ったが、骨などはまったく異常なくて、そこは不幸中の幸い」と西川。
12月半ばにインフルエンザに感染して体調を崩して「監督から1区だけが不安と言われていた」という。転倒後はすぐに立ち上がって集団を追いかけてトップの駒大と55秒差と1分以内でタスキを渡した。「一番不安だと言われたけど、それは乗り越えた」。突然のアクシデントにも大崩れせず、粘りの走りでチームの往路8位に貢献した。
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“山の名探偵”が、箱根路をかけた。早稲田大(早大)の5区(20・8キロ)を走ったのは、1年生の工藤慎作。人気アニメ「名探偵コナン」の主人公、工藤新一と同じ名字とメガネ姿から、同様のニックネームで親しまれている。
「入部前につけてもらって。オリジナルでいいかなと」
視力は0・05。中学時代から、メガネはスポーツタイプではなく市販品を着用して競技に取り組んでいる。
初の山登りで力走を披露。6位から5位に順位を上げて見せると、SNS上では「山の名探偵」がトレンド入りを果たした。「この先期待」「眼鏡で視界が遮られた中で20キロ以上、1時間以上走ったことはすごい」などと応援のコメントが続出。記録にも記憶にも残る箱根デビューとなった。
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9年ぶりシード権を目指す大東文化大(大東大)は、5区の菊地駿介(4年)が区間4位の快走で、14位から一気にシード圏内の8位に引き上げた。
仙台育英高校の監督時代の教え子で、全国高校駅伝でも主将として優勝した愛弟子の大健闘に、真名子圭監督は「かけ声をかけながら涙が出そうになりました。高校駅伝優勝の時よりも光ってました」。
昨年4月に大東大の監督に就任して再び2人の師弟関係が再開。それだけに「みんな平等ですが菊地への気持ちはひときわ強い」という。「レースに集中していて監督の声は聞こえなかった」という菊地に対して、「あの野郎! でも、だからよかったんだ」と終始笑顔だった。
復路については「8位に入ったのは良い意味での誤算。アドバンテージとして有利に働く。創価大(往路7位)、東洋大(同4位)くらいまで狙っていける」。愛弟子に力をもらった真名子監督の声が大きくなった。
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中央大は前回2区区間賞のエース・吉居大和(4年)が2区で1時間08分24秒と奮わなかったこともあり、往路は5時間30分35秒の13位だった。前回2位で今大会も上位候補の一角ではあったが、復路での巻き返しを期す。
藤原正和監督は年末にエントリー16人中14人が発熱で体調を崩していたことを明かした。往路を走った5人中、吉居大を含む4人が、せきが止まらない状況が続いた。同監督は「つらい思いを選手にさせたのが、自分自身はしんどかった。これでも戦えると信じていたところもあって…」と渋い表情。3日の復路で期待している吉居大の弟駿恭(2年)は体調万全であることはプラス材料だ。「最低限、シード権を」と願った。
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駿河台大は1区のスティーブン・レマイヤン(1年)がスタートから飛び出し、17キロ付近まで区間賞を獲得した駒大の篠原倖太朗(3年)とトップを競り合った。「最初から行けと言った。勝てるとは思ってなかったけど、区間15番以降の大学との差が開けばいいと思っていた」と、徳本一善監督はレース後に理由を明かした。
実はレマイヤンは駅伝は初めての経験で、ふだんの練習もあまりやりたがらないという。2区での起用も予想されていたが「2区はまだ最後の3キロが攻略しきれないと思った」(徳本監督)。1区のスタートからトップギアで走らせることで、駅伝の厳しさを経験させる狙いもあった。
結果は篠原と32秒差の区間6位。「2番で合格。6番だったのでそこが彼の課題として伝えたい。まだ成長していないし、逃げるところがある。これがきっかけでもう一段上がってくれるという期待はしている」と徳本監督。
チームは19位でタスキを受けた5区の倉島啓人(2年)が、区間5位の快走で往路14位まで浮上した。「順位よりも、シード権内に30秒差(正確には34秒差)で、1分以内という目標を達成できた。往路に全ふりしているので、明日は耐えてくれとしか言いようがない」。復路は一転して我慢のレースになる。
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22位の神奈川大は往路に主力の4年生4人を並べたが、下位に沈んだ。
1区の巻田が区間21位と出遅れる苦しいスタート。1年で箱根を経験していた3区の宇津野は区間10位で16位まで押し上げたが、その後が続かなかった。予選会は7位通過、2年ぶりの本戦は厳しい結果となった。
(以上 日刊)
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