コンクリートの通路にトンボが一匹とまっていた。
「とまっていた」と言うより群れからはぐれ
「さて、どうしたものか」と思案気なふうにしている。
街中でもよく見るウスバキトンボだ。
けど、近寄って行ってもピクリともしない。
あー、大切なお役目を果たしたのと引き換えに
寿命をはかなく尽きさせたようだ。

ウスバキトンボは「精霊トンボ」とも言う。
お盆の頃になると、日本各地で群れて飛ぶようになり、
それで南の方からご先祖様の霊を乗せてやってきたのだ、
そんな言われ方をしているのである。
ちょうど、お盆も過ぎた頃だ。
ご苦労様。このトンボは立派にお役目を果たしたのだろう。
真面目な話、ウスバキトンボは熱帯原産で、
毎年4月から5月になると、大群になって渡り鳥さながらに
南の国から海を越えて日本にやってくるのだそうだ。
そして、田んぼで卵を産み1カ月ほどでトンボになる。
そのトンボが日本列島のあちこちに移動し、
田んぼに卵を産み、そうしながら数を増やし、分布を広げていく。
ちょうどお盆の頃、日本中で群れをなして飛ぶことになり、
それが「精霊トンボ」のいわれになっているわけだ。

もともと熱帯のトンボだから寒さに弱い。
日本の冬を越すことは、とてもできない。
お盆の空を埋めんばかりに群れをなして飛び回っていた、
ウスバキトンボは冬の寒さで全滅してしまうのだ。
彼らは生まれ育った熱帯の地には決して戻れない。
それでも春になると、再び日本目指して飛んでくる。
帰ることは出来ないと分かっていながらだ。
何とも、はかない運命──。
そう言えば、秋雨前線が1週間ほども居座って
雨を降り続けさせ、そのせいで気温も下がった。
ひょっとすると、あの通路のトンボは気温が下がったせいで
命を落としたのかもしれない。
そして、それは秋近しを告げていることにもなる。

亡骸を通路に放っておくのは忍びない。
家に連れ帰り、ベランダの植木に乗せってやった。
また来春新しい仲間たちが海を越えてやってくる。