Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

好きな父と嫌いな父

2023年11月19日 06時00分00秒 | エッセイ


友人夫妻は山登りを趣味にしている。
土、日曜日はほぼどこかの山に出かけている。
もちろん、九州域内が主だが、時に東北地方まで遠征することがある。
奥さんが、その時々の模様をブログに書くので、
どこへ行き、どんな楽しみ方をしているのかよく分かる。
奥さんは、いろんな花を訪ねるなど自然をたっぷり満喫しているが、
たまに沢登りに挑戦しており、その時の写真を拝見すると
つい「どうぞ、お気をつけて」と言いたくなる。
いずれにしろ、夫婦連れ立っての山登りとは羨ましい。

羨ましくあるが、「では、僕も山登りをやろうか」という気にはならない。
残念ながら、それほどの体力はなさそうだし、
ブログの写真を拝見するだけで尻込みしてしまう。


多良岳

ただ「山」ということでは、自然と父とのことが思い浮かぶ。
『多良岳』『諏訪の池』『東望の浜』──この3カ所、
父との思い出の地としてすぐに浮かんでくる。
銀行に勤めていた父は、登山同好会に入っていたので、
よく銀行の人たちと、あるいは一人で山に登っていた。
そして、たまに小学低学年の頃だと思うが、僕を連れて行った。
『多良岳』『諏訪の池』『東望の浜』は、いずれも父が連れて行った所だ。
鮮明に、事細かに覚えているわけではない。
改めて、どんな所だったか調べ「ああ、そうだったな」と記憶をつぎ足す。

多良岳というのは、長崎県と佐賀県の県境にある1000㍍弱の山だ。
実際のところ、小学低学年の子がこれほど高い山を登れたのかどうか。
ただ、鎖を引いて登ったことははっきり覚えている。
調べると、鎖場は山頂近くにあるから、やはり登り切ったのかもしれない。
また、南東側に轟の滝があることが分かった。これの記憶も蘇った。
長崎市に住んでいたから、登ったのは諫早市側からに違いない。
轟の滝はそちらのルートにあるのだ。


諏訪の池

それから諏訪の池。これは雲仙国立公園内にある。
灌漑用の人工池で、全国の「ため池百選」に選ばれている。
もちろん、そんなことは今知ったことだが、
とにかく広い芝生があったのは鮮明に覚えている。
銀行の皆さんと一緒にキャンプをした。
キャンプは初めてのことだったので、比較的記憶が残っているのだろう。

東望の浜。長崎市郊外にあった有名な海水浴場だった。
今は、埋め立てられ往時の面影はまったくないらしい。
父と一緒にどこか山に行ったのだろうが、
その帰り道にこの東望の浜に寄った。
海水パンツなんか用意していたわけではなかったから、
それこそパンツ1枚で泳いだ。
ここをなぜ覚えているかというと、
イラ(アンドンクラゲのことを九州地方ではこう呼ぶ)に刺されたからだ。
幸い、それほど大したことはなかったが、
大慌てで救護所を探し回った父の姿が、
東望の浜と重なって思い出されるのだ。

このようにかわいがってくれた父であったが、
大きくなるにつれ父とは口を利かなくなっていった。
むしろ嫌いだとさえ思うようになった。
6人の兄弟姉妹を「かわいがる子」と「冷たくする子」とに
分けていたように思えたからだ。
僕はかわいがられる方だったと思うが、
親が子供を区別するのは許せないとの思いだったのだ。

ただ、長い闘病生活の末尽きた父を見た時、
わだかまりは氷解していった。
やはり、親と子。自分が父親になれば分かることがある。
『多良岳』『諏訪の池』『東望の浜』の思い出は決して消えないだろう。



卵パック

2023年11月11日 20時48分04秒 | エッセイ


小さめに切った豆腐、椎茸は薄く平たい、それに細切りの長ネギ、具はこの3品。
味噌は自家製の赤味噌だった。
噌は「かまびすしい」と読み、つまり「がやがやとうるさい」との意であり、
味噌というのはまさに「うるさいほど豊かな味がある」とされる調味料だ。
味噌汁は、そんな味噌と具材がバランスよく調和した独特の風味がある。
刻んだ小葱がもう一つ香りと彩りを添える。
今朝は、それに卵がポトリと乗っている。
白身はほぼ固まっているが、黄身はまだ箸先でトロリと崩れ、具材にまみれる。
出来立ての味噌汁は一段と旨く、白ご飯がすすむ。
盆には高菜漬け、辛子明太子も置いてあり、これで十分に満足な朝食となる。

流し台に味噌汁に入れられた卵の殻が2個分置いたままになっていた。
妻は少しだけ残っていた白身を人差し指につけて頬に塗った。
「何だ パックしてるのか」冷やかし半分に問えば、
「そうよ。これで、少しはしわが伸びるんだもん」
笑いながら、もう一度卵の殻に指を入れた。
その指を見ていると、ふぅーっと70年も前の母が呼び起こされた。

        

朝鮮戦争が終わって2年か3年、僕は小学3年生だった、と思う。
学校から戻ると、家には誰の姿も見えなかったが、
風呂場からザァーザァーと水の流れる音がする。
「かあちゃん」と風呂場に呼びかけると、
「ああ帰ったんね。お帰り」くぐもった声が聞こえた。
母はなぜ、昼間に風呂に入っているのだろう。
しかも、昨日の夜も入ったはずなのに……。
しばらくするとタオルで髪を拭きながら出てきた母は、
「かあちゃんが昼に風呂に入っていたことは内緒ばい。誰にも言わんごと」と言うと、
すぐに戸棚から卵を1個取り出した。
そして、吸い物椀でカチンと割ると上手に白身だけを椀に入れ、鏡に向かったのである。

椀の中の白身を指につけ、それを何度も何度も顔に塗っている。
たちまち、母の顔はてかてか光り、ぱんぱんと張ったようになった。
「母ちゃん 気色ん悪か」
「何ば言うとね。ちょっと待っとかんね。顔のしわがピンと伸びた
美人の母ちゃんの顔ば見せてやるけん」
「いや、見とうなか。遊びに行ってくる」
「言わんとばい。父ちゃんには絶対」背後に母の声が追ってきた。

朝鮮戦争後の日本は大変な不況だった。
当家も例外ではなく、食べるのも事欠くなど苦しい生活を強いられていた。
だから、卵が食卓に出ることはめったになかったのである。
そんな貴重な卵ではあったが、母はやはり女性なのである。
たまには、きれいな顔をしてみたいと思ったのであろう。
卵を使ったことが皆に知られないよう
誰もいない昼間に風呂に入り、卵パックをしたのだと思う。
もちろん、そんなことが分かるようになったのは、ずっと後のことである。

この母を真似るように、2人の姉もまた年頃になると顔に卵を塗った。
その頃は僕はもう中学生。
後ろから姉にそろりと近寄り、脇の下をこちょこちょとくすぐった。
「こらっ、止めんね。笑わしたら、せっかくのパックがダメになるとよ」
「姉ちゃんは、卵を塗らんでもきれかやない。卵がもったいなか」 
僕は笑いながら、姉の咎めの手から逃げ回った。



博多の夜を彩る

2023年11月06日 12時37分24秒 | エッセイ


博多の秋の風物詩となっている
「博多旧市街ライトアップウォーク 千年煌夜」が2日~5日行われた。
市街に点在する長い歴史を持つ寺社の建物や庭園を
色とりどりにライトアップし多くの人を楽しませている。
日本夜景遺産に認定されているほか
照明学会照明デザイン賞、アジア都市景観賞、
福岡市都市景観賞「活動賞」・「市民賞」を受賞している。


承天寺





博多祇園山笠の祖である聖一国師によって仁治3(1242)年に創建されている。
その開山堂、洗涛庭、小路を暖かく落ち着いた雰囲気で照らす。
ここの象徴ともいえるのが洗涛庭。
玄界灘を模した枯山水、その奥に茂る樹木に
「華」をイメージしたライトアップがされている。
また、泉水庭は庭園全体を巨大な生け花のように演出している。

東長寺





弘法大師によって大同元(806)年創建された日本最古の寺院。
大仏殿には日本最大級の木造座像「福岡大仏」が鎮座する。
真言宗九州教団の本山となっている。
今年のテーマは「華」。
本堂壁面をキャンパスとして、扉面いっぱいに春夏秋冬のさまざまな花や
福岡にゆかりの花、仏教的な意味を持つ花など、
繊細でシンプルな美しさ、色とりどり、多彩な美しさを演出している。
また五重塔は四季をイメージしたライトアップで季節それぞれの華やかさを表現。

妙楽寺

月堂宗規によって正和5(1316)年開山。
ここでは「華」の蕾が出迎えてくれた。

   
                   



車中泊を楽しむ

2023年11月04日 21時02分03秒 | エッセイ


車中泊を始めて10年ほどになる。
写真撮影を趣味とする妻。それも主に自然の営みを撮るのに夢中で、
特に朝日や夕日が織りなす自然の輝きは、格好のテーマになる。
それを逃さず捉えるには、時間に縛られるホテルなどの宿泊施設では
思うように動けない。
その点、撮影ポイント近くに車中泊していれば、まだ明けやらぬうちから、
あるいはすっかり陽が落ち、暗くなるまで撮影できる。
こんな思いから、車もセダンからバンに買い替え、
本やネットでいろいろと調べながら、車中泊の旅を始めたわけだ。




何せ自由気ままだ。
一応事前にどこに行き、どこに泊まるか計画を立てておくが、
ここはつまらないと思えば、ではあちらへ行ってみようかと
気軽に、自由に予定変更できる。
あちらこちらナビを頼りの気ままな旅、これこそ車中泊の良いところ。

とは言っても、最初は怖くて不安な夜を送ったものだ。
とにかく周囲の物音、話し声が気になってしようがない。
道の駅に暴走族らしい若者がエンジン音を吹かせ、たむろすることもたびたび。
襲われはしないかヒヤヒヤのし通しだった。
そう言えば、宮崎のえびの高原の駐車場では、
夜中に女性の〝叫び声〟に飛び起きた。
実は鹿の鳴き声だったのだが、まさに悲鳴であり、大いに驚かされたものだ。
また夜が明け、さて出発とエンジンキーを回したところ、
スカ、スカと音がするばかり。バッテリーが上がっていた。
他に誰もいない駐車場だ。
さて、どうしようと思っていたところに一台の乗用車がやって来た。
駆け寄って助けを求めると、幸いにケーブルをつないでいただき
無事エンジンを始動することが出来た。
こんなことが、たびたびだった。





だが、何事も慣れというものだ。
回を重ねるたびにそうした不安もなくなっていった。
旅程も1泊2日から4泊5日まで延びるようになった。
これまで島根、鳥取方面へ、また四国西部の愛媛、高知へ
共に4泊5日の車中泊に出かけている。
走行距離はどちらも約1400㌔だった。

今は長くても300~400㌔がせいぜいだが、
それでも気の向くまま、あちらへ、こちらへ。
その地、その地の四季折々、さまざまな自然に触れ、
思い切り空気を吸い込めば心和んでいく。



近いところでは、前週、今週と2週続けて佐賀県へ出かけた。
前週は養殖ノリの種付けが始まったので、
その撮影のため鹿島方面へ。
そして今週はバルーンフェスタを狙って佐賀市へ行ってきた。
妻の指示に従い撮影ポイントを求め、あっちへ行き、こっちへ行き。
往復の走行距離はどちらも約200㌔程度だった。
4泊5日、1400㌔の車中泊は、さすがに無理になってきたが、
1泊2日程度なら、まだまだ大丈夫。
次の楽しみはどこだろうか。あちこちから紅葉の知らせだ。



『AIチャットくん』に弄ばれる

2023年11月02日 08時56分01秒 | エッセイ


驚きと笑いは、たちまち怒りに変わった。
「人をおちょくるのもたいがいにしろ! 『AIチャットくん』」
ちょっとした調べものをする時、
スマホの『AIチャットくん』に頼むことがある。
この時もそうだった。
ある経済団体の歴代会長を知りたくて、『AIチャットくん』を呼び出した。
返信も早く、重宝することがしばしばだが、これは何としたことか。

初代・2代目=石原裕次郎 3代目=宇崎竜童 
4代目=宮沢章夫 5代目=西城秀樹 6代目=森脇健児 
7代目=飯島愛 8代目=谷村新司 9代目=少年隊
10代目=堺正章 11代目=仲村トオル 12代目=山田邦子 
13代目=アグネス・チャン 14代目=カネボウ化粧品 
15代目=端島和久 16代目=織田裕二

経済団体の歴代会長を知りたくて尋ねたのに
芸能人の名前がずらり並んでいるではないか。
芸能人の何らかの団体と勘違いしたのではないかと思ってはみたが、
そんな団体は聞いたこともない。
おまけに「カネボウ化粧品」とは、どういうことか。
思わず笑ってしまった。

一方で、
「(この団体の)メンバーシップに関する情報を提供します」
ともっともらしい。
『AIチャットくん』に弄ばれているのではないか。
そんな思いに突然なった。
馬鹿にするのもほどほどにせよ。
2度と君に頼むことはすまい。