背後からの電柱の光を浴び、前方に黒づくめのシャドー巨人が出現した。
両腕を横に大きく広げ、対峙するのは全身を鋼で包み黒光りする怪物である。
そのいかつい巨体の怪物が今にも向かってきそうで、
シャドー巨人がそれを阻止しようと身構える。


その怪物の愛称は「キューロク」と言う。
図体に対して、何とも可愛げな名がついている。
かつての花形蒸気機関車・9600型29612号である。
決戦の場は、すっかり日の落ちた「豊後森機関庫公園」(大分県玖珠町)。

JR九大本線豊後森駅、そのすぐ側にある。
ここは、昭和9年から廃止された同46年までの間、九大本線の石炭、水などの
補給基地、あるいは機関車の入れ替え作業など重要な役割を担ってきた。
直径が20㍍弱の転車台を中心に放射線状に線路が機関庫へと延び、
それに従い機関庫は扇型となっている。
原形のまま残る機関庫は、九州ではここだけで、
国指定の登録有形文化財・近代化産業遺産である。
90年近くもの間、雨風に打たれ続けてきた機関庫は、
打ち捨てられたビルのようにコンクリートの壁面は黒ずんだ灰色をさらす。
また、ところどころに戦時中米軍機に機銃掃射された
痕を残しているのだというが、
どれがそうなのか確かめようはない。
割れるにまかせた窓ガラスは、もうその役割を放棄し、
その破片が窓枠にしがみつく。
転車台、そこから機関庫へ延びる線路は、言うまでもなく赤茶けている。
そして、機関庫と転車台を後ろに従えるように、
あの怪物「キューロク」がいる。
夜になり、それらノスタルジックな構造物がライトアップされると、
幽玄の世界となって浮かび上がり、フォトジェニックな世界ともなる。

僕は、シャドー巨人となって「キューロク」と向かい合っている。
80近い爺さんの一人遊びである。
すると、機関庫の奥の方に、
いくつもの小さな光がチカチカと飛び交っている。
季節からしてホタルではない。
遠くを行き交う車のライトが、割れた窓ガラスに乱反射しているのか。
分からない。幽玄の世界に迷い込んだらしい。