今回はおいらではありません。
おいらの母上が首に腫瘍ができているのです。
そして今日検査に行きました。
結果がわかるのは金曜日ですが、先生に「癌かもしれません。」と言われたそうです。
なんでおいらではなく母上なのでしょうか?
母は今まで一生懸命生きてきました。
おいらの両親は小さい頃は貧しくてずっと苦労してきました。
自力でコツコツと幸せな家庭を作るために生きてきたんです。
そんな両親においらは幸せになって欲しいと願っています。
もしおいらが死んで母上が助かるのであれば死んでも良いと思います。
この考え方は家族全員に対して思っていることです。
もし家族の誰かが苦しむぐらいなら、かわりにおいらが苦しむ方がましです。
死ぬ覚悟というのがどういうものかわかりませんが、おいらは現在生き恥をさらして生きています。
死ぬことをずっと意識して生きてきたのも確かです。
確固たる「死の覚悟」を持っていた時期もありました。
その時期は「切腹」をするのもやぶさかではないと考えていました。
そして精神状態が最善のときは体が鍛え抜かれていて最高の状態を維持していました。
いまはたるんでしまっているので「死ぬ覚悟」が確かなものではありません。
悲しいことですが、「死ぬべき人間」と「生きるべき人間」というのは存在します。
死ぬべき人間の筆頭としておいらは「自分自身」を推薦します。
車を運転するときおいらは無意識のうちに死ぬ場所を求めて運転しているときがあります。
しかしどこで死ぬにしても誰かに迷惑をかけることになります。
そして家族は悲しむことでしょう。
おいらの母上が首に腫瘍ができているのです。
そして今日検査に行きました。
結果がわかるのは金曜日ですが、先生に「癌かもしれません。」と言われたそうです。
なんでおいらではなく母上なのでしょうか?
母は今まで一生懸命生きてきました。
おいらの両親は小さい頃は貧しくてずっと苦労してきました。
自力でコツコツと幸せな家庭を作るために生きてきたんです。
そんな両親においらは幸せになって欲しいと願っています。
もしおいらが死んで母上が助かるのであれば死んでも良いと思います。
この考え方は家族全員に対して思っていることです。
もし家族の誰かが苦しむぐらいなら、かわりにおいらが苦しむ方がましです。
死ぬ覚悟というのがどういうものかわかりませんが、おいらは現在生き恥をさらして生きています。
死ぬことをずっと意識して生きてきたのも確かです。
確固たる「死の覚悟」を持っていた時期もありました。
その時期は「切腹」をするのもやぶさかではないと考えていました。
そして精神状態が最善のときは体が鍛え抜かれていて最高の状態を維持していました。
いまはたるんでしまっているので「死ぬ覚悟」が確かなものではありません。
悲しいことですが、「死ぬべき人間」と「生きるべき人間」というのは存在します。
死ぬべき人間の筆頭としておいらは「自分自身」を推薦します。
車を運転するときおいらは無意識のうちに死ぬ場所を求めて運転しているときがあります。
しかしどこで死ぬにしても誰かに迷惑をかけることになります。
そして家族は悲しむことでしょう。