goo blog サービス終了のお知らせ 

まじ卍

生活の中で気が付いたことを書いています。

出会い

2025-04-19 | 反省
先日喫茶店で、「結婚するのに勇気がいりませんでしたか?」と聞かれました。
気が付けば、その場には私たち夫婦を除けば独身女性ばかりが集まっている。
すかさず妻が「若かったので勢いで結婚したのでそんなことは考えませんでした。」
と答えているのを耳にしながら
たしかに若かったことによる勢いもあったが、勇気も必要だったことを思い出した。
しかしその勇気というのは、「妻を幸せに出来るか?」という勇気であって
自身についてプラスになるとかマイナスになるかというような勇気ではない。
ある程度の年齢を重ねると、収入のことや家族親族とのこと仕事のことなど
年齢を重ねると失うものが増えて、ますます結婚するのに勇気がいるようです。
また他の人が楽しそうな結婚生活をしているのを我慢してきた分、
もっと幸せになるんだという意気込みが強くなって
もっといいパートナーを求めるあまり、出会いがないと言われるようです。

しかしパートナーとは一緒に成長していくものなのだが
ある程度の年齢になれば、出来上がったパートナーを求めるため見つかりにくい。
結婚相談所の話だといい人から売れていくらしいので
後になればなるほど、見つかりにくくなるらしい。

「出会いがない」という話はよく耳にするけれど
山奥に棲む仙人でもない限り出会いはある。
昔、改札口に人が居た頃、私の友人で駅員からメモを渡されて
付き合った人を知っている。
社会の中で生活し、道を行き来しているのだから必ず誰かに出会っている。
出会いがあってもいい出会いと感じないところに問題があり
せっかくの出会いに気付けないことが多いのではないだろうか。
ある方が「人はちょぼちょぼ同士が一緒になるのだから、
いい人に出会うには、自身を高めることが必要」と言っておられた。
たしかに「類は友を呼ぶ」という言葉もあり、
いい人を探すよりは、人を見る目を養うことが大切なのだろう。

我が家のトイレ事情

2025-03-17 | 反省
私はトイレが近い。夜中に何度も起きてトイレに行く。
さっきもトイレに行こうと起きたら、一歩先に妻が起きてトイレに入った。
廊下で待っているのは寒いから、リビングで電気を点けて待っているが
一向に出てこない。

「そうか大きい方かもしれないなあ」って思って
もうしばらく待ってみるがこれがけっこう長い。
「まあ、そういう時もあるはなあ」と思いながら気長に待ってみるが
それにしてもかなりの長さである。
一度廊下に出て様子を窺うが、電気はまだ点いたままである。
もう少し我慢して待ってみるが、一向に出てきそうにない。
「相当硬いんかな?」と心配になってきた。あまりに長すぎるからだ。

話は逸れるが私がトイレに入ると、便が少し流れず残っていることがある。
そんなときは妻に「便が出て良かったね」と言いながら出てくるが
妻は「そのことには触れず、そっとしておいてほしい」と言われている。
しかし便が順調に出るということは、感謝しなければならないことであり
私は子どものように「便が出た」と妻に報告している。

話は戻り、気になって恐る恐るトイレの戸を開けてみたら「あれ、いない。」
電気を消すのも忘れてスヤスヤと眠っていた。
「終わったんならリビングに声を掛けてくれりゃいいのに」と
腹を立てながら自分もやっと用を足す。

まあこんなことはしょっちゅうあることである。
自分も気が付かないままに同じことをしているかもしれないし
「結果、間に合えばいいんだ」と言い聞かせて再び床につく。

スタートラインは、みんな同じだと思ってた。

2025-03-06 | 反省
スタートラインは、みんな同じだと思ってた。   
頑張ってるのに、一生追いつけないのかな。
わたしは、未来を選べないんですか。

というACジャパンのCM。

あのCMを見るたびに思うことがある。
家庭の経済格差が生み出す、子供の教育格差は確かに問題ではあるが
何らかの援助を受けられれば、挽回できる可能性がある。
しかし障がいをもって生まれてきた子どもたちには
挽回する可能性がない。

私自身も先天性の障がいがある。
比較的軽いため障がい者手帳は取得できない。
そのため健常者の一員として生きてきました。
しかしながら本当の健常者の中では常に落ちこぼれ
いつもみんなと同じようにはいかない。
ず~っと自分はダメな人間だなあと思ってきたが
本当はそうではない。
本当はみんなの何倍も頑張り、努力もしてきたが
もって生まれた障がいがあるために100点は取れない。
挽回も出来ないまま年齢を重ねてきて
これまでの若さだけでなんとか食らいついてきてきた
体力も落ち来るし、気持ちも萎えてきている。

いつかこんな日が来るかもしれないとずっと思っていたが
なるべく考えないようにしてきたけれど
だんだんと現実味が増してきた。
まだまだどん底とは思っていないけれど
まあ自分のペースやっていきますが
あのCMを見るたびに腹が立ってきます。

参考:スタートラインは、みんな同じだと思ってた。(ACジャパン)

ブログの更新

2025-03-05 | 反省
毎日飽きもせず、当ブログを読ん下さりありがとうございます。
心より御礼申し上げます。
しかも皆さまのためになるような立派なブログならともかく
私が思い付くままに内容を考えて書いているため
精度にバラツキがあり、批判めいたものから
昨夜見たつまらぬ夢の話まで
「よう付き合ってもらえるものだな」と感心する時もあります。

1月26日「お知らせ」より
2月3日の「ブログの再開」まで
パソコンの不具合を理由にお休みをいただいていましたが
同時にあの時期から私の体調が思わしくなく
次第に外出する機会が減り、社会参加していないことから
ブログに書くテーマが思い浮かばなくなり、
2月中は本当に苦戦してきました。
いわゆる「生みの苦労」というやつで
出てこない時は、もう飛んでも振っても出て来ず
七転八倒の苦しみを負います。
作家先生たちの御苦労が身に沁みます。
もっとも私の場合、中止すればいいことなんだけれど
そこをなんとか継続したい。
そこをなんとか継続したいけれど思い浮かばない。
1月末のお休みでさえもパソコンの不具合とはいえ
本当に苦渋の決断でした。

おかげさまで今月に入り、体調はずいぶん良くなり
3月1日に訪れた『おむすび』セット公開展バーガーKINGから
急に外出するようになると、足の筋力の衰えからか
「自分の体重を足で支えることが重く感じる」
「その体重をうまく支えながら器用に二足歩行できるもんだ」
というこれまで経験したことの無い感覚を覚えるようになりましたが
同時にブログに書きたいことがポンポン浮かぶようになり
下書き作りに時間が足りないほどになってきました。
本当に「社会と繋がった」というのを実感しています。

まあ今月は、入院の予定もありますが
「いつ入院したんだろうか?」と思わせるくらいに
休まずに書けそうな気がしてきました。
前にも書きましたが、
毎日だいだい10人くらいの方々に読んで頂けると幸せですが
過去に辛い思い出もあるので100人越をしたら消すようにしています。
10人くらいになるようなつまらない内容を目指して
今後とも書いていきたいと思います。
宜しくお願い致します。

ふぐに当たった?

2025-02-26 | 反省
年末に買っておいた冷凍のトラフグのアラ(4尾分)が邪魔になってきた。
本当は正月中に鍋にして食べようかと思ってきたが
いざ食べようかと思ったら冷凍でカチンコチンになっていて
すぐには食べられず、前もって解凍しておかなければならない。
そのまま冷凍室の肥やしになっていたが
今晩こそトラフグを食べてしまおう。
ほとんど身はないけれどいい出汁が出るからてっちりにしよう
と考えて昼間からキッチンに出しておいた。
しかし夜になっても自然解凍できておらず
結局、水道水に浸して解凍して鍋に入れた。
トラフグのアラからは相当量の美味しい出汁が取れ
残ったアラに付いていたふぐの身も4尾分もあったので
夫婦二人では十分すぎる量があった。
出汁を別の鍋に移し、豆腐や白菜、長ネギ、
牡蠣などを入れて美味しく頂いたのだが
なぜか舌先がおかしい。
なんだか痺れているような気がしている。
ふぐの白子を食べると命に関わるような話は知っているが
ふぐ調理の専門家が調理したアラを食べて当たる訳がない。
しかし素人の私たち夫婦には白子が少し残っていても気が付かない。
妻は出汁はもう捨てようといったけれど美味しいので
不安なまま翌日もふぐから取った出汁に野菜を入れて頂いた。
3日目の朝、まだ舌先が痛い。
先端というよりはやや右寄りの所が一点だけ痛む。
おそらくアラに付いていた身をこそげて食べる時に
骨が舌に突き刺さったのであろう。
まだ痛みはあるが、そのうちに治まるだろう。