「ヒロシマ」から60年。
今 平和に生きていられる
すべてのことに 感謝。
「そんなもん読まずにコレ読みなさい」
と、新聞広告の裏紙に カタカナと漢字だけで
「オ國ノタメニ」「陛下ノタメニ」とびっしり綴られた自作の詩を
バスの中でマンガを読んでいた私に渡した 生還兵のオジサン。
「本当は思い出したくない、忘れたいんだ」と
被爆の体験を話してくださった先輩声優。
空爆に恐れながら爆弾を作っていたと当時を話してくださった
中学の社会科の先生。
経験した人にしかわからない、たくさんのこと。
同じことが起こらないように伝えてくださる たくさんの人々。
自分の意思など無関係に命を落とさざるをえなかった たくさんの人々。
色々なことの積み重ねで、今日という日があるということ。
そんな、普段 忘れがちな「当たり前になった平和」を
噛みしめて 感謝する。
そんな日は必要なんだと思う。
決まりました。
俺は3+年ぶり、来週の08/11~08/17に、友達と日本へ行きます。
(夏コミケでイラン人に成ってしまうかも。)
飛行機の切符(無料)もホテルの準備(高過ぎ)もOKでした。
出没地区は東京都と(多分)横浜市だけ。
皆さんの愛を待っているぜ!
そして8月6日は広島に原爆が落とされた日です。
どちらも考えさせられる日になりました。僕のおじさんも沖縄戦で亡くなっています 時々戦跡や資料館などを訪れて資料などを見たりしますが心が締め付けられるほど苦しくなったり悲しくなったりします。
戦争は本当にやってはいけないと戦跡や資料館を訪れるたびに思います。
いろいろ書きたい事もあるのですが長くなりそうなのでここまでにしますね!
それではまた書き込みします!!
遠くなったねぇ・・・
高野連の「原爆は広島だけのこと。他の選手を巻き込むのはいかがなものか」
という理由で開会式で黙祷をさせなかったのが象徴的かな・・・
※15日の午後0時にまとめてやってるからだってさ
8月14日未明に、投稿しているのであなたの目には触れないかもしれません。でも伝えておきたいことがあります。
戦争に突入していった過程を調べると、「失敗すると判っていても、方向転換できない体質」があちこちに見えます。これは戦争中もそうですし、戦後もたいして変わっていないように思えます。
つい最近も電車脱線事故がありました。その前には某自動車の欠陥隠し、某公共事業、さらにはバブル経済とその崩壊もそうではなかったのでしょうか。
淳子さん、日本は失敗を教訓にするのが苦手な国です。それゆえ、再び戦争に向かう危険を感じます。
日本に限らず、そういうものだと私は思います。戦争も政策の一つでしかない…。冗談じゃないですよね。今だってその犠牲となって、自衛隊がイラクへ行ったまま帰ってこられないですし。
私たちに出来ることは何なのか。本当は、いざそういう事態になったときに参戦を選ばないことの出来る政治家を選ぶことと、参戦しないことなんでしょうけれど…前者は残念ながら無理なので、唯一「参戦しないこと」だけなのかも。
非国民と言われようとも、植民地になろうとも、どんな事態に追い込まれようとも、参戦しない。
…ものすごい決意が必要ですけれどね。
米のイラク出兵のとき「日本も参戦することになれば、私は旦那の足を折ってでも行かせないつもりです」と話したら、ある戦争体験者の方は驚いた後 とても複雑なお顔をされていました。『戦争を知らない』故の厚顔無恥な発言だと思われて呆れられたのかも…。
でも、全国からメールやら署名やら送られたはずなのに、ブッシュ止められなかったし。個人レベルでしか 出来ることってないと思うんですよね…
まだまだ勉強中ですが。
大々的な報道ではなかったですが、アメリカはイラクに化学兵器がなかったことを認め、情報収集のまずさを改善するとアメリカ国民に誓いました。
アメリカは日本よりも「失敗だったと分かれば方向転換ができる」国なのです。
だから、私の思う「私たちに出来ること」は、自分の身近な場所では「失敗したら原因を調べて改善するのが当たり前」にすることです。
そして…、当然、次の選挙でもそんな政治家と政党に一票を投じたいと願っています。