”一人旅”で取り上げなかった場所をご紹介しますので
「39:知立宿 2011.12.30」ブログと併せてご覧下さい。
「39:知立宿」
バスは、8時に横浜を出発し、第二東名に入り、車中でのお昼
の弁当を食べ終わった頃に、知立の町に着きました。
・無量寿寺・八橋かきつばた園
旧東海道を北の方角へ1キロ程外れ、寄り道して、無量寿寺
へ向かいます。
三河八橋は、昔から、5月に開花する”かきつばた”の
名勝地として知られていたそうです。
平安時代の歌人・在原業平が、東国に赴任するにあたり、
当地に立ち寄った際、かきつばたの花を見て、
”かきつばた”の文字を句頭に入れて詠んだことで有名です!
(か)らごろも
(き)つつなれにし
(つ)つましあれば
(は)るばるきぬる
(た)びおしぞおもう
(着古した着物の様に、長年連れ添ってきた妻を都に残して
来たので、はるばる来たこの旅がいっそう侘しい。)
懐かしい~! 高校の古文「伊勢物語」で習ったな~!
そうか! この場所だったんだ!
在原業平は、東国に赴任するために、江戸の隅田川辺りまで
来たので、隅田川の周辺には、言問橋、言問通り、京成・
業平橋駅などが地名として残っています。
しかし、残念なことに、業平橋駅は、東京スカイツリー駅に
駅名が変更になってしまいました!
歴史ある地名は、残して欲しいと思うのですが・・・
下の写真は芭蕉の句碑です。
”かきつばた 我に発句の おもひあり”
・来迎寺の一里塚
旧東海道の両側に左右一対の来迎寺の一里塚があります。
右側の塚の前には下の写真の様に、公民館が建てられ、
せっかくの一里塚が街道から見えません!
民家なら仕方ないけど、公民館なら、東海道でも珍しい貴重
な左右一対の一里塚を意識して建てて欲しいと思います。
(怒)
・馬市の碑
・浮世絵
次の浮世絵は、知立の馬市が開かれている様子です。
小さくてよく見えませんが、中央の松の木の下に大勢の人々
が集まり、値段を決めているみたいです。
・知立神社
マムシ除けで有名だそうです。
う~ん? マムシねぇ?
現代では余りご利益なさそう・・・
写真の池の鯉の像が、池鯉鮒(ちりゅう)の由来を意味
しているのでしょうか?
江戸時代に、知立神社の池に住んでいた鯉や鮒が、「池鯉鮒
(ちりゅう)→知立」の地名の由来です。
知立神社には、着飾った七五三の親子連れがお参りしていました。
知立宿は交通の要所として馬市や木綿市が開かれていました。
・知立古城跡
知立古城は、桶狭間の戦いで落城し、江戸時代には、将軍が
東海道を移動する際のみに、休泊用の御殿として使われた
そうです。
(総持寺)
・あんまき
知立といえば、「あんまき」です。
老舗の小松屋では、店頭でおじいざんが生地を焼いて、若
奥さんがアンを巻いて、お婆さんが表面に写真の「小松屋
本家」の焼き印を押しています。
アンは白と黒の2種類です。
焼きたてのあんまきは、外はぱりぱり、中はもちもちに
アンの甘さが加わり美味しいです。
・阿野一里塚
道路の両側に一里塚が残っていて、国の史跡になって
います。
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