goo blog サービス終了のお知らせ 

アイデアの散策

仕事・研究・日常の中で気付いたことのエッセイ。

情報の本質

2011年02月06日 | イノベーション・技術経営
 「情報」とは何か。

 その特徴を考えることは興味深い。いわゆる「モノ」と違って、基本的に目に見えないことが多い。言語化し、見える化すれば、ある程度わかった気になる。知ることができる。かといって、誤って理解する場合もあるだろう。さりとて、我々は、日々「情報」に接している。

 「情報」には、一般的につぎの3つの特徴があると、『見えざる資産の戦略と論理』に記されている。以下要約しながら引用したい。

(1)受け手の頭脳による理解と共有が必要
(2)排除性がない
(3)排他性がない

 まず、情報というものが意味を持つためには、情報の受け手がそれを理解し、また受け手が集団ならば、その集団の中で共有されることが必要である。その理解のためにも、共有のためにも、じつは時間がかかる。
 しかし、いったん理解すると、その情報を理解した人の頭脳から排除する、返却させることはできない。知られてしまったら、取り戻せない(排除不可能性)。
 また、一つの情報を誰かが使っている場合に、他の人が使えなくなるということはない(排他性がない)。情報は多くの頭脳に同時に記憶として収まることができる。別な表現をすれば、同時多重利用可能であるということになる。

(伊丹敬之・軽部大編著『見えざる資産の戦略と論理』日本経済新聞社、pp28-29を要約)

 あるいは、次のようにも整理することができる。『経営戦略の論理(第3版)』から引用したい。

(1)同時に複数の人が利用可能
(2)使いべりしにくい
(3)使っているうちに、新しい情報が他の情報との結合で生まれることがある。

(伊丹敬之著『経営戦略の論理(第3版)』日本経済新聞出版社、p245より引用)

 近年、ICT(情報通信技術)によって、形式的な「情報」の複写が容易になった。多くの人に「情報」を同時配信することもできるし、一方で特定の情報を限定的な人にのみ送る工夫もある。いわゆる情報の非対称性は、その情報流通システムがどうデザインされるかにより生じる。
 オープンな情報流通システムにおいては、人は多量の情報にアクセスすることができる。インターネットはまさにそうだ。情報大爆発という言葉に象徴されるように、最近は情報にあふれている。だが、一人ひとりの人間は、必要以上の情報を処理できない。個人の処理能力を超え、飽和状態になる。

 これからは情報流通社会とともに、情報編集社会が大切になるような気がする。情報通信技術(Information and Communications Technology)のみならず、情報編集技術(IET:Information Edition Technology)が重要性を増す。それは、物理的な技術のみならず、個人の情報リテラシーの意味で、情報編集能力を高める時代になる。何気ない情報に、どういう意味付けをするかのセンスは経営においても必要だ。

 「情報」を機械的に流通し、共有・蓄積するのみならず、「情報」を能動的に活用し、編集・発信するための、情報への目利き力。情報という概念について、今一度認識を深めることは大切かもしれない。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。