ブログを始めて、ちょうど1週間が経った。
やってみて、わかることがある。
まず、自分の思考の整理になること。表現の工夫をするようになること。そして、良い話題を探そうとすること。
何より、始めることに意義がある。と思い、始めた。始めて良かったと思う。
今夜は、刊行記念の講演&サイン会があるということで、丸善丸の内本店に足を運んだ。
一橋大学教授を経て、現在東京理科大学専門職大学院教授の伊丹先生が新刊を出した。
本のタイトルは『本田宗一郎』。
本田宗一郎という、一人の天才的技術者・経営者の人生を描こうとする評伝である。
副題は『やってみもせんで、何がわかる』。
今日の私の記事タイトルは、少しその副題に誘発された。
印象的だった箇所を、限定的となるが、2つばかり取り上げてみたいと思う。
まず、本田宗一郎の行動力の源泉は、とにかく試してみる、失敗してもいいからやり続けるという内なるエネルギーにあったと言えよう。本の中では次のように紹介されている。
宗一郎は、「成功は99%の失敗に支えられた1%である」とよく言っていた。失敗することは試みるということであり、宗一郎は「試みることの大切さ」を終生強調した技術者であった。<『本田宗一郎』123頁より引用>
行動するためには、あまり臆病であってはならないと思う。「石橋を叩いて渡る」ならまだしも、「石橋を叩いて叩いて、渡らない」という人は結構多いと思う。慎重であることと、臆病であることは少し意が異なる。ついつい理屈が先行して、胸騒ぎを抑え込んでしまうことがある。それは良くない。これはいけるかもしれない、と思った着想には一度、挑戦してみるべきだと私は感じた。本田宗一郎の言葉「やってみもせんで、何がわかる」は、我々を勇気付ける力強いメッセージと言えよう。才能と努力は何より大事にすべきもの。
そして、もう一つ。本田宗一郎は思想の人であり、理念の人であるということ。その理念の正しさに多くの人が共感した。本田宗一郎の言葉に次のような一節がある。
「私の哲学は技術そのものより、思想が大切だというところにある。思想を具現化するための手段として技術があり、また、よき技術のないところからは、よき思想も生まれない。人間の幸福を技術によって具現化するという技術者の使命が私の哲学であり、誇りである。」<『本田宗一郎』265頁より引用>
技術をもとに何が実現できるのか、その技術にはどういう価値があるのか、それに答えられる「思想」をもって技術と向き合う姿勢が大切だと感じた。思想があることは自信につながる。そして強みになる。目的的で盲目的なものづくりにならないためにも、よき思想を持つことを心がけたい。まさに、イメージできないものはマネージできない。
本田宗一郎の次の言葉も、深い格言である。書けば、まだまだ長い記事になりそうだ。今日の記事は、この表現をもって、しめくくることとしたい。
「理念なき行動は凶器であり、行動なき理念は無価値である」<『本田宗一郎』268頁より引用>
追伸:この記事は『本田宗一郎』という本を読んで、私が気に入った箇所を取り上げたに過ぎないものです。ぜひ、本田宗一郎の一生について理解を深めるためには、参考文献を読むことをお勧めします。
参考文献
伊丹敬之(2010)『本田宗一郎 -やってみもせんで、何がわかる』ミネルヴァ書房
やってみて、わかることがある。
まず、自分の思考の整理になること。表現の工夫をするようになること。そして、良い話題を探そうとすること。
何より、始めることに意義がある。と思い、始めた。始めて良かったと思う。
今夜は、刊行記念の講演&サイン会があるということで、丸善丸の内本店に足を運んだ。
一橋大学教授を経て、現在東京理科大学専門職大学院教授の伊丹先生が新刊を出した。
本のタイトルは『本田宗一郎』。
本田宗一郎という、一人の天才的技術者・経営者の人生を描こうとする評伝である。
副題は『やってみもせんで、何がわかる』。
今日の私の記事タイトルは、少しその副題に誘発された。
印象的だった箇所を、限定的となるが、2つばかり取り上げてみたいと思う。
まず、本田宗一郎の行動力の源泉は、とにかく試してみる、失敗してもいいからやり続けるという内なるエネルギーにあったと言えよう。本の中では次のように紹介されている。
宗一郎は、「成功は99%の失敗に支えられた1%である」とよく言っていた。失敗することは試みるということであり、宗一郎は「試みることの大切さ」を終生強調した技術者であった。<『本田宗一郎』123頁より引用>
行動するためには、あまり臆病であってはならないと思う。「石橋を叩いて渡る」ならまだしも、「石橋を叩いて叩いて、渡らない」という人は結構多いと思う。慎重であることと、臆病であることは少し意が異なる。ついつい理屈が先行して、胸騒ぎを抑え込んでしまうことがある。それは良くない。これはいけるかもしれない、と思った着想には一度、挑戦してみるべきだと私は感じた。本田宗一郎の言葉「やってみもせんで、何がわかる」は、我々を勇気付ける力強いメッセージと言えよう。才能と努力は何より大事にすべきもの。
そして、もう一つ。本田宗一郎は思想の人であり、理念の人であるということ。その理念の正しさに多くの人が共感した。本田宗一郎の言葉に次のような一節がある。
「私の哲学は技術そのものより、思想が大切だというところにある。思想を具現化するための手段として技術があり、また、よき技術のないところからは、よき思想も生まれない。人間の幸福を技術によって具現化するという技術者の使命が私の哲学であり、誇りである。」<『本田宗一郎』265頁より引用>
技術をもとに何が実現できるのか、その技術にはどういう価値があるのか、それに答えられる「思想」をもって技術と向き合う姿勢が大切だと感じた。思想があることは自信につながる。そして強みになる。目的的で盲目的なものづくりにならないためにも、よき思想を持つことを心がけたい。まさに、イメージできないものはマネージできない。
本田宗一郎の次の言葉も、深い格言である。書けば、まだまだ長い記事になりそうだ。今日の記事は、この表現をもって、しめくくることとしたい。
「理念なき行動は凶器であり、行動なき理念は無価値である」<『本田宗一郎』268頁より引用>
追伸:この記事は『本田宗一郎』という本を読んで、私が気に入った箇所を取り上げたに過ぎないものです。ぜひ、本田宗一郎の一生について理解を深めるためには、参考文献を読むことをお勧めします。
参考文献
伊丹敬之(2010)『本田宗一郎 -やってみもせんで、何がわかる』ミネルヴァ書房