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『仕掛人藤枝梅安』【作品】

2019-05-18 05:21:00 | 享保~寛政の改革、エカテリーナIIとアントワネット
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『仕掛人藤枝梅安』【作品】
2009/5/8(金) 午後 7:07

『仕掛人・藤枝梅安』の映像化
1972年、緒形拳(テレビ)
1973年、田宮二郎(映画)
1973、74年、緒形拳(映画)
1981年、萬屋錦之介(映画)
1982~83年、小林桂樹(テレビ)
1990~91、93年、渡辺謙(テレビ)
2006年、岸谷五朗(テレビ)

劇画
仕掛人藤枝梅安』仕掛之四十七「梅安荒梅雨」
原作;池波正太郎
脚色;北鏡太
作画;さいとう・たかを

1798年、小杉十五郎が偽名を名乗って、松平定信の用心棒になる話。
ここで松平定信が十五郎に語った話によって、1745年に吉宗が将軍職を家重に譲ってから田沼時代を経て寛政の改革、そして1793年定信失脚までの歴史が簡潔に述べられている。

定信の祖父・徳川吉宗は大奥の「美女」を大量に解雇したが、この劇画では定信もやっていたことになっている。
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暴れん坊将軍 大奥 解雇 で検索

さいとう・たかをは白土三平とともに「劇画」の先駆者とされている。
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さいとう・たかを 白土三平 劇画 で検索

しかし、「梅安荒梅雨」が掲載されている『コミック乱Twins』を観ると『梅安』以外の漫画の中で『梅安』より写実的なものが結構ある。この雑誌は「時代劇画」の雑誌なので当然かも知れないが、石川賢とダイナミックプロによる時代漫画もある。石川賢や永井豪の作品を劇画とする人はいないだろう。中にはギャグ漫画風の画風の四コマ漫画も『乱Twins』にある。
今の漫画に比べると、さいとう・たかをの劇画は昔風のデフォルメが強いほうで、これが「劇画」なら劇画と漫画の区別は初めからなかったと言える。
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劇画 漫画 で検索

このことは小林よしのりが『挑戦的平和論・下巻』(幻冬舎)でも触れている。

2013年09月16日(月)
劇画版「仕掛人・藤枝梅安」で梅安の仲間・小杉十五郎が松平定信の護衛係になったのは1798年で、火付盗賊改方長官だった長谷川平蔵(1745~1795)が没してから3年経った時代であった。
posted at 22:14:02

2014年10月8日
春日太一氏は「なぜ時代劇は滅びるのか」で岸谷五朗を酷評しており、梅安としても秀吉としても「緒形拳には及ばない」という見方か。こちらの感想としては岸谷五朗の梅安役の無表情さと秀吉役の表情出し過ぎのギャップに演技の幅を感じた。
posted at 17:56:57

Y!Blog>『仕掛人藤枝梅安』【作品】
15:50 - 2014年10月8日tweet

2006年の岸谷五朗版「仕掛人・藤枝梅安」については、当時、岸谷五朗を余り知らなかったので、個人的には、藤田まことの演じた音羽屋の元締に注目していた。
17:59 - 2014年10月8日

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関連語句
仕掛人 梅安 
藤枝梅安 梅安 2006(twilog)

参照
Y!Blog>
江戸に「仕掛人」がいた
Y!Blog>『仕掛人藤枝梅安・梅安荒梅雨』で描かれた半世紀
Y!Blog>『暴れん坊将軍』第9部再放送「大奥の改革」「すい星激突」
Y!Blog>一般時代劇vs必殺シリーズ(2009年5月1日~15日)

T-CupBlog>【時代劇の時代設定】鬼平犯科帳


『仕掛人・藤枝梅安 梅安荒梅雨』で描かれた半世紀

2019-05-17 20:09:00 | 享保~寛政の改革、エカテリーナIIとアントワネット
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2009/6/16(火) 午後 4:02
『仕掛人・藤枝梅安 梅安荒梅雨』で描かれた半世紀

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なぜ吉宗は家重を後継者に指名したか 

『コミック乱Twins』2005年7月号掲載、劇画版『仕掛人藤枝梅安』(原作:池波正太郎、脚色:北鏡太、作画:さいとう・たかを)の「仕掛之四十七・梅安荒梅雨」で徳川吉宗が将軍の座を家重に譲ってからの53年間が述べられている。

小杉十五郎が木之内左衛門と名乗り、松平定信(1759~1829)の守役になったのが1798年6月。
そこで定信が半世紀余りの歴史を十五郎に語っている。要約すると以下のようになる。

吉宗の次男・宗武(むねたけ)を家祖とするのが田安家。
吉宗の四男・宗尹(むねただ)を家祖とするのが一橋家。

家重には執政能力がなく、宗武と宗尹は将軍の座をめぐって対立。

吉宗が家重に将軍の座を譲った。
6年後、吉宗が没すると、政治の実権は家重の側用人・大岡忠光に握られた。

家重の長男・家治が10歳で将軍になると、小姓上がりの田沼意次が側用人から老中になった。
一橋家の2代目当主・治済(はるさだ)と田沼は手を結び、治済の子・豊千代を将軍にしようと考え、陸奥(みちのく)白河の松平越中守定邦に後継ぎがいないことをいいことに、将軍後継者争いのライバルとなる田安家の定信をその養子にすることで、奥州白河に飛ばそうと考えた。

1774年(安永3年)定信は17歳で心ならずも松平定邦の養子になった。田安家では定信の兄・治察(はるあき)が2代目を継いでいた。

5年後、家治の世子だった家基(いへもと)が急病で死去。
代わって一橋家の長男・豊千代が8歳で世子に。豊千代はのちの家斉(1773~1841)である。

その後、田沼意次の息子で若年寄だった意知(おきとも)が新番士の佐野善左衛門によって私怨を理由に斬られた。
事件から2年後、1786年(天明6年)に家治が没し、田沼意次は失脚。
翌年、御三家の推挙で定信が老中首座になった。そして豊千代が11代将軍・家斉となった。

ここで幕府の財政は破綻同然。
大奥の美女を罷免する政策は、吉宗がやったらしいが、この劇画では定信もやったことになっている。

家斉は父・治済に「大御所」の尊号を送ろうとしたが、定信は治済が将軍経験者ではないということで、これに反対。
1793年(寛政5年)、定信は志半ばにして老中を罷免された。

それから5年後に小杉十五郎が定信の守役になった。これが「梅安荒梅雨」で描写された家重ら家斉までの歴史である。
定信は参勤交代で江戸へ向かった。定信の駕篭(=駕籠、かご)の警護には小杉十五郎も加わっていた。
「仕掛之四十七」の最終コマ、定信の一行が両国の陸奥(福岡県南部)の白川(ここでは白河でなく白川という表記)にさしかかったのは1798年の7月に入ったころ。

2013年09月16日(月)
劇画版「仕掛人・藤枝梅安」で梅安の仲間・小杉十五郎が松平定信の護衛係になったのは1798年で、火付盗賊改方長官だった長谷川平蔵(1745~1795)が没してから3年経った時代であった。
posted at 22:14:02

延享2年(西暦1745年)から寛政10年(西暦1798年)まで53年間。
200年ずらすと昭和20年(西暦1945年)から平成10年(西暦1998年)まで53年間。
5:54 - 2019年(令和元年、寛政231年)5月18日 

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仕掛人 梅安 
藤枝梅安 梅安 2006(twilog)

参照
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徳川光圀と吉宗の年齢変遷
『仕掛人藤枝梅安・梅安荒梅雨』
大黒屋光太夫が歩んだ歴史I
『仕掛人藤枝梅安』【作品】

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【時代劇の時代設定】必殺仕掛人   



『暴れん坊将軍』第9部第34話「女お庭番の涙!怪盗夜がらすの正体は?」

2019-04-03 05:28:00 | 享保~寛政の改革、エカテリーナIIとアントワネット
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2010/4/21(水) 午前 10:52
『暴れん坊将軍』第9部第34話「女お庭番の涙!怪盗夜がらすの正体は?」

お庭番だった女(おゆう?)が辞めて落ち着いたあとの話がある。
現役のお庭番は「はやと」と「さつき」か?

おゆうが備前屋で働いて「さいぞう(才蔵?)」の子を懐妊。
以前観たときは「才蔵」と「茜」だったような気がする。
この話の才蔵は紀州に取り残され、紀州に恨みを持っているらしい。

劇中に登場する女性が吉宗が将軍になったとき12歳、すべて観たのでないので何年前かよくわからない。
劇中で外見20歳なので16歳以上とすると西暦1732年以降になるか。

北町奉行が「まがきたてわき」。元は大阪町奉行。
才蔵の墓のシーン、カメラが横から背後にまわるが惜しいところで墓の裏面が見えず、何年没かわからない。
Wikipedia 暴れん坊将軍>脇役の活躍

北町奉行の奉行と筆頭与力が悪の黒幕か?
信頼できるのは現役のお庭番、江戸城の御意見番、それと南町奉行の大岡忠相だけとは、この作品の幕府は人材不足だったようだ。吉宗の任命責任が問題。

21日水曜日が34話。
22日木曜日は35話か。
26日月曜日が36話。
27日火曜日が37話。吉宗がニセ将軍になる話らしい。
28日水曜日が38日になるとすると、これが第9部の最終回。
吉宗と宗春の最後の勝負。宗春の失脚がその2年後であった。
宗春の失脚は1739年なので、1737年前か。

忠相の養父・吉兵衛が出てきた話は『暴れん坊将軍VIII』のようである。
Y!Japan 大岡忠相 養父 暴れん坊将軍 吉兵衛

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関連語句
暴れん坊将軍 享保 
暴れん坊将軍9 宗春 暴れん坊将軍 再放送(twitter)

参照
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T-CupBlog>『暴れん坊将軍』の爺と御庭番とめ組の歴史


自分もいま見てます。リアルタイムなのが面白いです。お庭番と一日に何度も会ったらそれだけで怪しまれるじゃないか(笑) 削除                        

2010/4/21(水) 午前 10:56 [ 沖之太夫 ]



東京テレ朝『暴れん坊将軍8&9』再放送(2014年)

2019-04-03 05:26:00 | 享保~寛政の改革、エカテリーナIIとアントワネット
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東京テレ朝『暴れん坊将軍』再放送
2014/2/3(月) 午後 0:56

西暦2014年(平成26年)
1/27月『暴れん坊将軍9』第34話「女お庭番の涙!怪盗夜がらすの正体は?」 
1/28火『暴れん坊将軍9』第35話「大岡越前失脚!?誘拐された恋女房」
1/29水『暴れん坊将軍9』第36話「悪徳商法をつぶせ!二人の父を持つ若女房」
1/30木『暴れん坊将軍9』第37話「悪妻教育指南!ニセ将軍になった吉宗」
1/31金『京都地検の女9』第6話「「鶴丸あや、殉職…!?死なないで!雨の京都に響く悲痛な叫び!!」名取裕子
2/1土
2/2日 
2/3月『暴れん坊将軍9』第38話「「天下取りの野望!吉宗vs宗春、涙の対決」
2/4火『暴れん坊将軍8』第1話「登場!吉宗を振った女」
2/5水『暴れん坊将軍8』第2話「狙われた新妻・殺意を呼ぶ過去」
2/6木『暴れん坊将軍8』第3話「居酒屋の女の告白」
2/7金『暴れん坊将軍8』第4話「妖しく光る銀かんざし・出会い茶屋の女」(ソチ五輪開幕)
2/8土
2/9日
2/10月『暴れん坊将軍8』第5話「汚された花嫁たち」 
2/11火『民教協スペシャル 嗣治からの手紙』
2/12水『暴れん坊将軍8』第6話「犯された母の仕掛けた罠」
2/13木『暴れん坊将軍8』第7話「美しき婚約者の悩み」
2/14金『暴れん坊将軍8』第8話「「怒りの吉宗・棺おけの中の策略」
2/15土
2/16日
2/17月『暴れん坊将軍8』第9話「彼女を賭けた決闘!」
2/18火『暴れん坊将軍8』第10話「陰謀に巻き込まれた黄門さま!?」
2/19水『暴れん坊将軍8』第11話「のぞかれた大奥・女たちの陰謀」
2/20金『暴れん坊将軍8』第16話(なぜか第13~15話省略)「おとうとよ・江戸に来た姉の想い」 
 
@kyojitsurekishi テレ朝「暴れん坊将軍9」は紀州出身の吉宗と尾張宗春の対決だった。TBS「水戸黄門」第37部最終話は水戸家と紀伊家の対決の話で、悪事の黒幕は吉宗の父・光貞であった。
Twitterkyojitsurekishi 虚実歴史研究家 - 28分前
12:41 - 2014年2月3日
東京のテレビ朝日。2014年2月11日火曜日は昼前に「民教協スペシャル 嗣治からの手紙」の放送予定で、「暴れん坊将軍」の再放送はないようだ。
17:35 - 2014年2月4日
 
@kyojitsurekishi暴れん坊将軍8」第9話
鶴姫と若侍・柳生兵庫による6年前の剣術の稽古が回想シーンで流れた。この6年前がいつかなのが問題。第10話に登場した水戸綱條は1718年没。その6年前の1712年当時、吉宗は紀伊藩主で、忠相は伊勢山田奉行。
posted at 14:53:10
 
@kyojitsurekishi暴れん坊将軍8」第5話で大岡忠相の養父・吉兵衛が登場。「史実」では忠相の養父は忠真(1637~1700)。TBS加藤剛版「大岡越前」では忠相の父は忠高(1633~1701)で、片岡千恵蔵が演じた。NHK東山紀之版では津川雅彦が忠高を演じている。
posted at 13:59:04
 
徳川綱條は1718年(享保3年)没。 西川如見が吉宗から下問を受けたのは1719年。 宗春の失脚は1739年(元文4年)。 今朝、再放送された話では、劇中の対決から2年後に、幕府が宗春に隠居を言い渡したことになっている。
6:04 - 2019年(平成31年)4月3日 

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大岡越前「叱られた将軍様」

2019-03-17 19:44:00 | 享保~寛政の改革、エカテリーナIIとアントワネット

【時代劇の時代設定】吉宗評判記 暴れん坊将軍
1716年、徳川吉宗が将軍に就任。1717年、大岡忠相が町奉行に就任。1721年、山下幸内が目安箱に投書し幕政を批判。吉宗の母・浄円院は1726年没。徳川宗春が尾張藩主になったのは1730年。


NHK BSプレミアム 東山紀之主演
「叱られた将軍様」
吉宗が城を出て、江戸の貧しい庶民に大金を恵んでやったら、その町人がカネの出所を疑われ牢屋にぶち込まれた話。大岡と将軍の働きで新犯人が捕まって事件解決。
叱られた将軍様
- Twitter
19:34 - 2019年3月17日 

東山紀之主演 「叱られた将軍様」 今回、吉宗(演:平岳大)は白州を見学しただけだったが、加藤剛が大岡を演じたTBSのシリーズでは吉宗(演:山口崇)が白州に出て証人になったことが2回あった。 松平健が吉宗を、田村亮が大岡を演じたテレ朝の「暴れん坊将軍」でも同じような場面があった
19:37 - 2019年3月17日

BSスペシャル時代劇「大岡越前」 第二回「叱られた将軍様」
19:39 - 2019年3月17日

東山紀之主演
「叱られた将軍様」 劇中の設定では、この回の事件を切っ掛けに「目安箱」が設置されることとなった。目安箱は西暦1721年(享保6年)、江戸城辰ノ口の評定所前(現在の東京驛北口付近)に置かれたらしい。  
@kyojitsurekishi 目安箱 - Twitter検索
19:43 - 2019年3月17日

 

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大岡越前 目安箱
 
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BS時代劇 大岡越前 - NHK

BS時代劇 大岡越前「叱られた将軍様」 将軍・吉宗(平岳大)が城を抜け出し、江戸市中へ。捜索を任された忠相(東山紀之)は、吉宗を見つけるが、逃げられてしまう。吉宗は貧乏長屋の彦兵衛と懇意になるが…。