曾根崎キッドの日々

現実の街、大阪「曽根崎デッドエンドストリート」。そこで蠢く半架空の人物たちによる半現実小説、他ばか短編の数々。

その32

2006-03-31 01:55:44 | 続き物お話
 どうやらみなさんの「ふつーの男」に関する興味は見事にしぼんでしまってるみたいだ。「人の噂は7.5分やん」と曾根崎キッドは思い、そして安心した。
 目の前にあることが即座にその興味の上塗りをしていくタイプなのだ。そんなやつほんまにようおるが、こいつらはその典型だ。
 その映像には音はない。スキンヘッドは女の顔を張っていた。くそみたいなやつだ・と曾根崎キッドは思った。その様子をほんの五分間ほどの間の退屈を紛らわせるために食い入るように見ているこいつらも・ゴミだ。
 女はスキンヘッドに殴られ続けていたが、ある時スキンヘッドのきんたまを蹴った。輪郭がぼやけているからスローモーションのように見えたがスキンヘッドがその後身体を二つ折りにぴょんぴょん跳んでたからけっこう効いたのだろう。今度はヅラが女の腕を捻っていた。ヅラのもう片方の腕は女の胸を鷲掴みにしていた。
 その時カメラがズームした。こんなのもありなのか・と曾根崎キッドが思った瞬間、女の顔がエネルギー体のままアップになった。鼻と顎の線がゆうそっくりだった。エネルギー体が横を向き、曾根崎キッドはそのことを確信した。
 曾根崎キッドが突然立ち上がったのと、ウエイトレスが斜めうしろで「はーい、おまたせ」と声を出したのがほぼ同時だった。ウエイトレスは突然トレイを下から曾根崎キッドの肩で突き上げられ、ズブロッカの入ったグラスは宙に舞い、たっぷり液体をウエイトレスの顔に振り注いだ後、地面に落ち、割れた。
 「なにすんねん、こらあ」
 ウエイトレスは男に戻っていた。
 「なにすんねん、こらあ」
 ウエイトレスは曾根崎キッドの胸ぐらを掴んで持ち上げた。足が宙に浮き、顔と顔が同じ高さだった。アイシャドウが滲んでいた。テーブルの四人の興味は一瞬にして目の前の出来事へと移った。 ウエイトレスは両腕で曾根崎キッドの胸ぐらを掴み直し、さらに上へと持ち上げた。プロレス技のネック・ハンギングに近かった。シャツの襟が絞られて頸動脈が圧迫される。拳は顎に当たっていて痛かったが曾根崎キッドは身動きが取れなかった。このままでは失神してしまうだろう。(つづく)  
   

その31

2006-03-29 18:07:12 | 続き物お話
「あ・安本ブラザーズや」
「何チャン?」もう一人の男が訊く。
「153」
 スキンヘッドと九一ヅラの二人組が大柄の女を引きずって路地の中へ消えていった。
「次どこや?」「ちょっと待ってな。あ・オッケー、97」
 曾根崎キッドも手元のキーボードを叩く。真っ暗の画面で何も見えない。曾根崎キッドの不思議そうな顔に応えるかのように「BRのボタン」と夏木マリが言う。言われたようにすると赤いエネルギー体が三体浮かび上がってきた。赤外線カメラかなんかだろうと曾根崎キッドは思った。
 シルエットからスキンヘッドとヅラの区別はつく。スキンヘッドが女の胸ぐらをつかんでいた。いやな想像が曾根崎キッドの中に生まれた。

 ゆうは部下Bとぐったりした女を地下の特別室と呼ばれる部屋へと案内した。
「あんまりむちゃしたらだめよ。この子今日初日でしょ」
「わかってるって。ビデオ回さんでええで」
「当たり前でしょ。社長にバレたらどうすんの。明日の朝、絶対寝過ごしたらだめよ」
「はいはい、わかってまんがな」
 部下Bは地下室のドアにロックをした。時計をみると5:00だった。時間はたっぷりある。今日は仕事はこれで終わりやし、と部下Bは思い携帯をポケットから取り出した。
「もしもし、さゆりちゅん、寿司二人前とお酒もってきてえや」

 ビデオはさっき回さないと言ったけども、さゆりにモニターをチェックしとくように、とゆうは指示した。そのときさゆりの携帯電話がなった。
「お寿司とお酒やって」
「すぐ、調子こくんだから、あのバカ。やっぱりビデオ回しとこう。社長にチクってあげよう」
「今度はどうやって怒られんのかな」
「怒られてもすぐ忘れるからいいのよ。アタマ小学生だもん。きんたまだけはなぜか三人前。どーぶつ」
「ふふ」
「しっかり見張っといて。アホなことやってたら、水でもかけなさい」
 「わかりました。ゆうさん、出かけるの?」
「うん、少し気になることが、ね」
「キッド?」
「それもあるけど、ちょっとね」
 「あの人少しかわいいけどね」
「あんまりやさしくしちゃだめよ。あとよろしくね」
  ヒールのあるブーツを履いて背筋を伸ばして歩いていくゆうを見送りながら、さゆりは「今度はいつなんやろ」と呟いた。
 「今度あの人に・・・・・・」(つづく)

死の場所・再生の地・・熊野行

2006-03-29 16:26:15 | メタ短編小説
 スケジュールの隙間を縫って「熊野詣」をしたい。

 いつものような晴れがましい心理状態ではなく、何かに追いかけられ、追いつめられるかのような気持ちで紀伊半島南部へ向かうのはこれまでの感覚から言えば、熊野大権現には申し訳なく、はなはだ失礼極まりない所業であるような気もする。とはいえ、このような心境から、いても立ってもいられず熊野へと向かう決断をした人々が過去にも間違いなくいたはずであるし、そういった心に傷をもつ人間に対して分け隔てなく慈悲の目を向けてくれるのが「熊野大権現」であることもまた感覚的にわかるのだ。それは事実である。

 本地垂迹説に従えば、印度におわしました「阿弥陀如来」が自らは家都美御子(けつみみこ)大神=すさのおのみこと・となり、「薬師如来」である熊野速玉(はやたま)大神=いざなぎのみこと・「千手観音菩薩」である熊野夫須美(ふすみ)大神=いざなみのみこと・を伴い「大斎原(おおゆのはら)」へと「三体月」となって舞い降り、本宮・那智・速玉の由来となるわけだけれども、熊野自体、過去より、吉野とともに「山岳修験」の重要な聖地でもあった。
3moon001s_H13.jpg「Three MOONs」
 そもそも熊野という土地は、熊野灘を流れる黒潮がもたらす暖気と水蒸気によって有数の多雨地帯であって、その水のチカラによって豊かな森が存在し・その水はいくつもの大きな滝となり岩を浸食し、多くの渓谷・奇岩を造り上げている。その深い森はどこまでも続き、一旦迷い込めば永遠にこの緑にむせかえる空気を呼吸し続けなければならないのだ・と諦めかけた頃、突然目の前には雄々しく荒い・しかし日本海のそれのようなさびしさはかけらもない大きな海が現れる。その海にはその色よりもさらに濃いみどりの熊野川からの森の栄養をたっぷり含んだ水が流れ込む。

 この森・川・海は宝物であり、熊野の人々はこの土地でこれらの宝物からの恵みによって暮らしてきた。大きな森・大きな川・そして大きな海。それらはそれ自身宇宙であり・曼荼羅であり、そのことは多様な動植物の生態系を担保し、それはまた生命とともに移動するエネルギーの流れでもある。

 熊野の人々の知性は、同時に、生きる糧をもたらしてくれるその圧倒的な「自然」に「不思議と畏れ」を見・感じていた。その先にあるもの・それは「神」なのだけれど、かつてのそして現在の熊野の人々と同じような感覚は、ぼくたちもその・特に森に一歩足を踏み入れれば、誰だってその言葉が無力に感じる思いにとらわれるだろう。印度の仏が神として熊野に降りて来たことを「当たり前」のこととして理解することができるだろう。

 中世から近代、人は・老いも若きも・やむごとなきひとびともお百姓さんも熊野を目指した。その人々が歩いた路・熊野古道は、今それを歩くものにとって、路であって路ではない何か・である。熊野大権現へ至る路であると同時に、それは熊野の生態系へと同化していく過程でもあり、果てしなく長い栄光のエア・トンネルであり、その精神においては「疲労と憧憬」という相容れぬ感情がないまぜとなり、熊野大権現へ至らずとも熊野大権現を体験する場でもあるのだ。一遍上人も熊野本宮へとは未だ至らない地点で熊野大権現と出合っている。しかし、よく考えてみると、今踏みしめている土や周りに生い茂る草、そして苔むした地面を這い回っているムシたちから無数にある杉木立・さらにはその中でひときわ大きい杉の背後で息を凝らし、ぼくたちをじっと待っているかもしれない熊にいたるまで、実はそれは熊野大権現の化身なのである。

 熊野古道を疲労の中歩くことや、R168を小さなヨーロッパ車でかっとんで熊野本宮大社へと至ることは自らに「死の予感」を感じさせる行為である。いや、ぼくたちは実際に一度死ぬのだ。雲取越の円座石(わろうだいし)や熊野川の尋常ではないその緑色は実はこの世のものではないのだ。あれが現実であるはずがないじゃないか。ぼくたちはその瞬間確かに死んでいるのだ。そして死ぬことこそが最も重要な熊野詣の必要条件なのだ。

 神武東征の最終段階・八咫烏が神武を大和へと導いたその路が熊野古道のプロトタイプではなかったのか。ぼくたちはその路を意識の上では逆にたどって本宮へと向かう。

 大斎原や本宮を体験し、湯の峰のお湯につかり、森・川・海の恵みを味わい、持参のワインや酒の酔いに負けて意識が奈落の底へ落ちていくとき、人は「熊野詣による死という現象」の最後を向かえる。そして寝ている間にその魂は身体を離れ、熊野の森を飛び回り、熊野大権現と触れ合い、朝方戻ってくる。

 朝、目が覚めても、人は自分が一度死んだことには気づかない。温泉で炊いた粥を食べ、温泉コーヒーを飲み、温泉で茹でた卵を剥き、熊野詣は終わろうとしている。家に戻って軽い疲労感の中「もやっ」とした感情が胸の辺りにあることに気づくが、人は日常に紛れてそんなことがあったことも忘れてしまう。しばらくして新しいものの考え方をしていることに気づく人がたまにいる。その中の何人かはその考え方が殻をもっていることに気づく。そしてその中の何人かはその殻をむいてみる。そこには「おまえがどのように変容しようともわたしは森・川・海・生き物とともにここに永遠に存在している」というエネルギーの体を成したメッセージが飛び出す。運のいい人はそのメッセージを読み取ることができるだろう。

その30

2006-03-27 23:57:22 | 続き物お話
 10人ほどの男女が一斉にこちらを振り向く。一瞬の沈黙の後、歓声があがった。屋上だった。曾根崎キッドは男の後を歩いて大理石と思われる楕円テーブルの勧められた席へついた。そのテーブルには男が2人・女が2人、曾根崎キッドを見つめていた。好奇の目だった。しかし、曾根崎キッドは「人の噂も75分」ということはわかっていたから、熱を持って見つめてくれることはかえってありがたかった。このテの興味はゲインが高けれゃ、サステインは反比例して短いはずだから。
 「なんか、でもふつーだよね」ブロンディみたいなウィッグ(だろう)を着けた女が誰に話すでもなく言った。
 曾根崎キッドは敢えて無表情を崩さなかった。もうひとり夏木マリみたいな女が「どうぞ」とシャンパーニュを注いでくれた。曾根崎キッドは口を付けた。おいしいシャンパーニュだった。こいつらもあのケーブルTVの映像を見たわけだ。あのインパクトの怪人と今彼らの前のふつーの男、共通点をみんな探っているのだが、そんなものあるわけがない。自分でも見てびっくりしたぐらいだから。居心地の悪い時間を過ごすことになった。曾根崎キッドはもっと強い酒をたくさん飲みたくなった。見回すとバー・カウンターにバーテンダーと巨大なウエートレスがいた。軽く手を挙げると、その巨大なウエートレスは大股でやってきた。きれいに化粧してウエートレスの衣裳も似合ってはいるが「むっちゃおとこやん」と曾根崎キッドは思った。ヒールを合わせると190cmはあるな。胸もぱんぱんだったが、中身は生理食塩水だろう。
 「ズブロッカある?ロック・レモントゥイスト」「かしこまりました」「わたしも」ブロンディが言った。近くで見るとウエートレスのカオはかなりでかかった。
 大企業の会議室みたいなモニターがひとりひとりの前にあった。曾根崎キッドの前にもあった。それはテーブルに埋め込まれていて、「UP」と書かれたスイッチを押してみたら立ち上がってきた。勝手に画像が映りスクロールし始めた。画像を見ていて曾根崎キッドは理解した。このモニターには新世界のすべてのカメラからの画像が映る。そしてその数はざっと今見ただけでも100は下らないようだった。新世界キッドが言っていることは正しく、しかし、そのカメラの数はそれを超えていた。
「あ・安本ブラザーズや」夏木マリが叫ぶ。(つづく)

その29

2006-03-25 00:39:32 | 続き物お話
 しばらくして男はボトルとショット・グラスと氷と水の入ったグラスをトレイに乗せて戻ってきた。
「ちょっとくせあるかもしらんけど、きっと気に入ると思うわ」と言いながら二つのショット・グラスに七分目ほどウィスキーを注いだ。
「じゃあ、出合いに乾杯しよう」グラスを上げ、曾根崎キッドもそれにつられてグラスを上げた。
 たしかに少しオイルの香りがする個性的な味だった。「いける?」と男が目で言うから「そうやね」と曾根崎キッドも目で応えた。
「ロッホ・ロモンドって言って、蒸留所の名前」「はあ」
 寒いぐらいに空調が効いていた。

 いったい、この男は自分になんの用があるんだろう。単なる旬の興味か。
 大阪湾の上にある空が血の色をしていて、この夕焼けを毎日見ていると、なにか「ふつう」なことでは満足できなくなるだろうな・と曾根崎キッドは思う。中庸でいる自分が許せなくなったりしないだろうか。ひょっとしてこの男もそうなっているのだろうか。間違いなく金持ちみたいだし。
 「ぼくら曾根崎キッドのファンやねん」
 ファンって・・・突然そんなことを言われても困ってしまうのだ。「これから友達にも紹介するから。今日時間だいじょうぶ?」
 曾根崎キッドはそのウィスキーを一気に喉に流し込んだ。重い液体が食道を通っていった。喉の奥には熱さが残った。しばらくおいて氷の入った水でその熱さを薄めた。
 金持ちたちの一時の慰み者になるのはいやだな、と曾根崎キッドは思った。こいつらはきっと今日・明日ぐらいはちやほやして、対象を消費した後は路であっても目も合わさないタイプだ。
 「そろそろ行こうか」大阪湾はその色を失い、高速の灯りの背景へと成り下がっていた。
 曾根崎キッドは、しかしこれからゆうのところへ戻っても、曖昧な気持ちのまま戻っても仕方がないな、夜遅く帰って寝るだけにしようと思い、時間をつぶそうと決めた。それにはこいつらのようなスノッブは都合がいいかもしれない。
 男についてエレヴェーターに乗った。男は一番上の数字ではない横長のボタンを押した。「IL SALONE」と読めた。下の数字は39まであった。音もなくドアが開いた。(つづく)

その28

2006-03-23 00:40:51 | 続き物お話
「ちょっと付き合ってくれへんかな」
 近くで見ると男はセルロイドのような皮膚をしていた。「すぐそこやねん」
 曾根崎キッドは残りの五百円玉を握りしめた。先に打った五百円分の玉もひとつも入らず、下の穴へと吸い込まれていった。
 この男から逃げることも出来たかもしれない。しかし、妙な磁力のようなものがその目にはあり、曾根崎キッドは金縛りにでも遭ったように、特に脚にチカラが入らなかった。
 男は曾根崎キッドを抱えるようにしてさっき信号無視をして渡った路まで歩いた。停めていたクルマに曾根崎キッドを乗せ、シートベルトをし、自分も運転席に滑り込み、キーを廻すと同時にアクセルを噴かし、タイヤを鳴かせ、強引にUターンした。またクラクションが鳴ったが、それらは曾根崎キッドにはなんだか遠くに聞こえたのだった。
 マセラッティは高層マンションの地下駐車場へと滑り込み、止まった。

「こっち」
 男は曾根崎キッドをクルマから下ろし、また身体を抱えるようにしてエレヴェーター・ホールへ。34という数字を押した。
 そのフロアすべてが男の家だった。一面の窓からは生駒山から大阪湾まで一望でき、通天閣にはすでに灯りが点っていた。
「この時間が一番いいねんなあ」
 男はそう言いながら曾根崎キッドにソファーを勧めた。適度な柔らかさの皮だった。脚のしびれはなくなっていた。
「何か飲む?ぼくはシングル・モルトにするけど」曾根崎キッドは頷いた。
「どこのんがいい。ご希望には沿えると思うけど」
 曾根崎キッドはトドムンドにあったシングル・モルトを思い出してみた。
「じゃあ、ハイランドのを」
「東西南北?」
「南」曾根崎キッドは当てずっぽうで答えた。
「任せてくれる」曾根崎キッドは頷いた。男は奥へと消えた。
 いったいここは何なのだ?と曾根崎キッドは考えた。やつは誰だ?逃げ出すことも一瞬考えたが、無駄なような気がした。
 曾根崎キッドは立ち上がって窓の外を眺めた。スパ・ワールドを見下ろすことになる。その街は上から見ると絶望的な光景だった。つい今までそこにいたのが嘘みたいな距離感を感じた。そして真下には飛田の街がこじんまりとしてそこにあった。曽根崎キッドはつい先ほど意識の中で倒壊させた建物の中に今いることに気づいて唖然とした。(つづく)

その27

2006-03-22 02:46:04 | 続き物お話
 目をそらさずじいーっと見られるのはあまり愉快とはいえない。が、しかし、今新世界では自分は「かなり有名人」なのだ、と曾根崎キッドは認識を新たにした。そうなのだ・そういうことなのだ。立山をお代わりし、雑炊用のごはんとねぎと卵も注文した。たばこに火をつけ一息ついた。雑炊の材料が来たから、たばこを置き、ごはんと立山少々を鍋に投入しコンロの火を強火にした。すぐに煮立ってきた。卵を溶いて上から廻し入れる。ねぎをぱらぱらと蒔いて素早くふたをし、火を止めた。三十数えて、曾根崎キッドはふたを開ける。卵が半熟で食欲をそそる。「うまそーっ」と声には出さず、レンゲでよそう。濃厚な旨さが凝縮されて、それで曾根崎キッドは立山を飲んだ。雑炊に夢中になっている間、視線と男のことは忘れていたし、それはなんぼなんでも、もうこっちなんか見てないに決まってる・と高も括っていたからだった。
 だから、雑炊を食べ終え、立山を飲み終え、たばこに火をつけて大きく煙を吐き出した時に依然としてこちらを見ていた男の目にはなにかパラノイアックな執着を感じ、背中に、すっと汗が一筋流れたような気になった。曾根崎キッドは悪いことした子のようにあわてて目を逸らしたのだった。
 店を出よう。
 店員に合図をし五千円札をカウンターにおいて釣りも取らず、店を出、ジャンジャン横丁の中を小走りに南へ。地下道を駆け抜け、信号が赤だったけどもクルマに手を挙げながらなんとか路を渡り、さらに南へ進んでパチンコ屋へと飛び込んだ。少し息が切れた。ハネものを探し、その座席の一つに座った。ポケットを探ると五百円玉があった。左上のスリットに入れ、出てきた玉を打ち出す。
 あっという間に負けてしまった。小銭はもうなかったから、両替に席を立った。台も替えよう。ポケットから千円札を出し、両替機に入れる。五百円が二つ出てきた。それをもって馴染みのある台を探した。レレレがあったからそこへ座る。玉を出してレバーを握ったその時だった。すーっと影のように隣の席に誰かが座った。とっさに曾根崎キッドはそちらを見た。
 あの男だった。
「曾根崎キッド・だね」と抑揚のない声でそいつは言った。
「あ・打って打って。終わるまで待ってるから」
 そう言って男はにっこり笑ったが、その目には感情がない・と曾根崎キッドは思った。(つづく)

   

その26

2006-03-20 15:19:05 | 続き物お話
 これ以上話してても、新世界キッドのおじいさんはなんとなく核心からは距離をもってるな、と曾根崎キッドは感じ、「ちょっと一杯行ってきます」とミファソを出た。さつきがやってくるかもしれなかったが、なんとしてもさつきと話をしなきゃ、という気分でもなかった。
 曾根崎キッドはジャンジャン横丁へと向かった。また串カツでも食べようかと思い、先日ゆうと行った店に行こうと思った。店の前には意外にも行列が並んでいた。日曜日だった。串カツ屋は地元以外のヒトが来る日だった。曾根崎キッドはきびすを返してジャンジャン横丁の入り口を横に入った路地の空いている店に飛び込んだ。 少し酔いたい、と思った。
 日本酒のラインナップを見て、曾根崎キッドは少し嬉しくなった。立山の普通酒があった。それを頼むと10秒で出てきた。串カツもあったから数種類頼み、モツ鍋も注文した。すぐに店員が目の前のコンロにふたのしてある一人用鍋を持ってきてかけた。「10分ほどで」と言い残して去っていった。立山を飲みながら、なぜトドムンドの社長は自分の事をバラしてしまったのだろう、と考えた。それによってすごくやりにくくなったのは事実だし、実際にこちらへ来てからいろんなことがありすぎて、何をするのかがよくわからなくなってきた。ゆうは味方ではないとは思うが新世界キッドのおじいさんやさつきにしてもどこまで信用していいのやら、そして根本的なとこではトドムンドの社長だって、一体何を考えているのか。 全然わからない。
 コップ酒を三口ほどで飲み干し、お代わりと黒ビールを頼むと、串カツがいっしょに出てきた。
 「芥子をください」と店員に言うと、小皿にチューブからうにっと絞ったのを持ってきてくれた。ソースをつけ芥子をつけ、涙出そうなくらい辛い串カツを食べ、黒ビールを飲む。時計を見れば5:30だった。串カツを大方食べ終わった頃にモツが煮えてきた。ふたを開ければ湯気と共にやや危険な香りが立った。その香りは曾根崎キッドを挑発しているかのようだった。一旦はしをつけるともう止まらなかった。立山をお代わりし、モツと野菜を食べ、濃厚なスープを啜り、立山を飲み、曾根崎キッドは「トドムンドの赤ワインもいいが、こっちのこういうのも捨て難いな」と思う。多少自堕落になっているかな。それもヨシじゃないかな。
 立山をもう一杯お代わりしようと顔を上げたとき、視線を感じた。L字型のカウンターの反対側に男がいた。その視線はそれまで数分間曾根崎キッドに固定されていたのだな・という気がした。(つづく)  


その25

2006-03-18 02:10:37 | 続き物お話
 新世界キッドの顔色が一瞬曇ったのを曾根崎キッドは見逃さなかった。曾根崎キッドは自分の勘に賭けようと思った。
 「おれが四天王寺で拉致されたとき、そいつらの中に、ゆうちゃんがいたし、あの建物から脱出するとき、手引きしてくれたのもゆうちゃんやったし、実は今夜の宿を提供してくれてるのもゆうちゃんなんですよ。拉致したヤツらの一味ってことをおれが気づいてるってことはまだたぶん向こうは気づいてないと思うんやけど」
 「あんた、飛田の広い路の突き当たりのあの家におるんかいな」
 「ええ、あの辺ふらふら歩いてたら、ゆうちゃんと偶然出くわして」
 「えらいとこいってもうたなあ」
 「やっぱ、ヤバいっすか」
 「今日は帰る言うてんの」
 「はあ」
 「そう言うて帰らへんのもなあ。まあ、遅なってもええから帰るか」
 「ゆうちゃんにはそう言ってるんですが」
  新世界キッドの眉間に一瞬深い皺が寄り、その表情はまさに新世界キッド・と曾根崎キッドは思った、がすぐにその皺は拡散し、喫茶店のマスターのおじいさんの顔に戻った。
 「なんにせよ、何時でもええから帰った方がええやろ。まあ、あんたのことはいっつも監視してるやろけどな」
  曾根崎キッドはゆうのいた家で見た新世界のケーブルTVのことを思い出した。
  「ケーブルTVのカメラは何個ぐらいあるんですか?」
  「わしが知ってるのは12カ所やが、その5倍はあるやろな、画面見てたら」
   ということは60カ所だ、少なく見積もっても。今こうしてキッド同士で話をしていることさえ、望遠レンズが捉えているのかもしれない。(つづく)

その24

2006-03-15 20:47:03 | 続き物お話
「社長のこと知ってはるんすか」
「隠しといても、しゃーないか。 別に隠す気ぃもないねんけどな。あのな、実はカズさんなぁ、さっちゃんの昔の彼氏なんや」
「それは、さつきさんに聞きました」
「結婚寸前まで行ったんやけどなあ」
「へーえ」
「それがなあ、なんや知らんけど式の日取りまで決めた翌日に、さっちやんが突然結婚やめる、言い出しよってなあ」
「ほーう」
「いまだにはっきりしたことはさっちやんも言うてくれんねんけど、どうもわしが思うにカズさんのオンナ関係やろ」
「はーあ」
「最近はええおっさんなっとるが、若い頃は、ちょっとおらんようなやさオトコやったしなあ」
「へーえ」
「何人もおったらしいで、オンナ」
「ほーう」
「そうそう、そんとき嫁さんもおったらしいわ」
「はーあ」
「嫁さんおったら結婚はできませんわ、そもそも」
「ふーう」
「さっちゃんの方がだいぶ入れ込んどったからな」
「へーえ」
「まだ短大出てすぐぐらいやったからなあ」
「はーあ」
「あんた、割におもんないオトコやのう」
「いや、聞いてるんですよ。そこらはよくわかったんですけどね、なんで社長はテレビであんなこと言うたんでしょう?」
「あんなこと、とは?」
「いや、だって、社長はおじいさんのことなぁんにも知らんみたいに言うてたじゃないですか。でもほんとはむちゃ知り合いなんでしょう?」
「よう知っとる」
「じゃ、なんで・・・・」
「あんた、だいぶ鈍いのう。わしとあんたがつるんでるいうことが誰かに知られん方がカズさんにとって都合良かったんやろな。言うてももうばれとるが」
「誰かって・・・・」
 曾根崎キッドはその誰かとは自分を拉致した組織に深く関係していることは理解できたが、では、ゆうはどうなのだろうか、と思った。新世界キッドなら知っているかもしれない。
 「あの・・ゆうちゃんて娘、知ってはります?」                          (つづく)