曾根崎キッドの日々

現実の街、大阪「曽根崎デッドエンドストリート」。そこで蠢く半架空の人物たちによる半現実小説、他ばか短編の数々。

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その2

2008-07-09 19:28:54 | 続き物お話
 デッドエンドストリートの地上げの話は5年ほど前からあった。ただ曾根崎コア再開発という会社が金がないらしく、少し盛り上がっては立ち消えになり、また盛り上がっては立ち消えになり、とそんなことが繰り返されるうちに、デッドエンド住民は、狼少年を見る村の人の感覚になり、「そんなん・ないない」という態度を取るようになっていたわけで、社長にとってもそれは正に青天の霹靂だったのだろう。A美によれば、デッドエンドストリートの土地を持っていた大家はトドムンドの大家でもあり、その土地とトドムンドの建物を曾根崎コア関連会社へと売り払ったらしく、他の店はそれぞれ建物は別の所有者がいるから、まずはトドムンドに来たんじゃないかな、という話だった。

 髪の毛を切ってもらって、A美は曾根崎キッドにそのまま残っとかないか、と誘ったが、曾根崎キッドは帰ることにした。ちょっとパチンコしないとお金がなかったし、本日は居酒屋気分だった。

 デッドエンドストリートを出て新御堂側まで歩く。そこはかつてシブい店が建ち並んでいた。物外館もあった。鰻屋もあった。テンプル・バーは残っている。曾根崎キッドは知らなかったが、この辺りをうろうろするようになって以来、学習したことは、このデッドエンドストリートへと続く露地はなかなかいい、ということだった。お初天神通りと新御堂を繋ぐ露地は数本あるが、この路が一番シブいと思う。一番暗く、一番すたれている。すたれてるのがいいぢゃん・と曾根崎キッドは思う。社長が言っていた。
「すたれてるっていうけど、すたれるためにはかつて賑やかでないとあかんわけよ。ここの露地はおれが来た頃は新御堂側の店はなんかちょっと昔ながらの敷居のやや高い店とかまだあったよ。大親分の妾さんの和食屋とか。行ったことないけど。あと物外館やテンプルバーにてんつくてん。コックピットはオヤジがアホやけど。どっちかいうとこのデッドエンドの方が絶望的やった」

 曾根崎キッドは梅田の地下へと吸い込まれていった。
                                <つづく>

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