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甲府盆地の風林花山

日頃、お世話になっている写友の皆様、山友の皆様へ 近況報告です。

深 草 観 音

2017-01-29 16:00:00 | 山歩き

 

 

 

  先 日 、 要 害 山 の 登 頂 後 に  立 ち 寄 っ た   深  草  観  音  で す。

  以前 、 深 草 観 音 の 存 在 を 知 っ た 時 に 、 い つ か 訪 ね て み た い な 、 

  名 前 か ら し て  き れ い な 、 神 聖 な 場 所 な ん だ ろ う な  と 、 

  勝 手 に 想 像 し て い た 場 所 で し た 。

 

① 要害山の頂から 道標に従って  深草観音まで 行ってみました。

② 尾根の陽だまりを 快適に、 昔の道しるべ (こんなので分かったのかな?) を見たりして、

③ しかし、深草観音に近くなると  沢沿いの 日陰の路になって、 ・・・・・ 大変でした。

④ 見上げるような 大きな岩を幾つか過ぎると、岩場に囲まれた 神様の領域 のような場所になりました

⑤ 前方の崖に、梯子が見えます、 あの梯子を登るのかな ?

⑥ 近寄ると 垂直に見える  20m位高さがある 鉄製の梯子です   しっかり固定されているようですが、 

⑦ 梯子には、昭和 3年4月に奉納とあります、 90年近くも 経っている  大丈夫かな ?

⑧ 少し離れた場所に、急な石段の路がありました、手すり状の鎖を伝って 岩壁を登ると、 岩壁の中程に、

   人ひとりが 潜り抜けられる位の穴があり、洞窟に入る事ができました。 入ってきた穴を撮りました。

⑨ 洞窟のなかは、3人位の人が座れる広さの 奥の院と呼ばれる 観音堂 でした、 お参りすることができました。

⑩ 外に出て、岩壁の窪みや 岩の上の石仏を見ていると、 美しく 気品のある お顔の石仏と  出会いました。  

   幽玄な雰囲気の中で、 しばし 見とれてしまいました。   文政12年の銘がありました。

⑪ 帰路は深草林道を双体の石仏などを見ながら、 積翠寺に立ち寄って帰ってきました。

 

 

   

 深草観音(岩洞観音)

 

深草観音の案内には、創建のことなど詳細は何も記載されていませんでしたので、帰宅して調べてみました。

山梨県立図書館が、「深草観音の由来を知りたい」 という問い合わせに  回答していました (2010年11月) ので

その回答から一部引用させてもらいます。

   ・ 山梨県甲府市上積翠寺町深草にある瑞岩寺の奥の院「深草観音堂」は、高さ数十メートルもの巨岩の

     中腹を切り抜き、その洞窟内に本尊を安置している。  

     行基開創の伝説をもち、古くは岩洞(がんどう)観音とも称した。  甲州三十三観音霊場の第六番札所。 

     本尊の十一面観音菩薩は現在は瑞岩寺に保管されており、深草観音堂の岩穴の中には3体の観音像が

     祀ってある。

また、山梨百科事典(山梨日日新聞社 1989年発行)等に次の様な記載があるそうです。

   ・  瑞岩寺は縁起によれば 746年(天平18年)に、僧行基の開山。

      奥の院を「深草観音堂」という。   深草は、瑞岩寺の山号「深草山」から。

   ・  深草観音は行基菩薩の御策にして 村落を距る事十八丁余、 山中巌壁層々老樹翁礬の所にあり。

   ・  本尊を安置する断崖上の九尺余の石室に拠り、之に高さ五尺五丈の長き梯子を架け以て参詣に弁し

      奥の院と称す。

   

瑞岩寺の開山が 746年とありますので、 深草観音も同じ頃の創建だとすると、1270年位前に祀られた

のですね。

昔から、梯子が設置されていたとは驚きです。

平安時代(794年~1185年)後期から江戸時代は観音信仰が盛んで、多くの人が観音霊場の札所を

巡ったそうですので、当時は参詣者も多かったと思われます。  

美しい お顔の石仏様は、文政12年(1829年)ですから、徳川十一代将軍家斉の時代のものでした。 

190年位の間、 風化もしないで 美しい姿のままだったのは 観音様のご加護 があったからでしょうね。

次は、 緑が萌える若草の頃に、またお会いしたい 石仏様でした。

   


要  害  山

2017-01-25 17:00:00 | 山歩き

 

  

 

  要 害 山 は 山 梨 百 名 山 の ひ と つ で す が 、 武 田 信 虎 が 築 い た

  山 城  「 要 害 城 」  の 跡 で す 。

  武 田 氏 館 (現在の武田神社) の 緊 急 時 の 備 え と し て の 山 城 で し た が 、

  武 田 氏 滅 亡 後 も  修 繕 ・ 整 備 さ れ 、 遺 構 の 状 態 が 良 く 、 記 録 も

  豊 富 に 残 さ れ て い た た め   平 成 3 年 に 国 の 史 跡 に 指 定 さ れ て

  い ま す 。

  今 日 は 快 晴 で、 風 も 無 く 暖 か か っ た の で 、 要 害 山 か ら 深 草 観 音

  ま で 足 を 延 ば し て き ま し た 。

                                        ( Canon C5X )  

 

◎ 積翠寺温泉要害(今月末で閉館だそうです)の所から歩き始めました。 要害山の西側が見えます。

◎ 山路からは、南アルプスや富士山が望めます。

◎ 一帯のアカマツ林が 山梨の森林100選  に選定されています。

◎ 途中の 武田不動尊  江戸時代後期に建てられたとのこと。

◎ 城跡の説明板があります。 遺構の状態が良いらしいのですが、素人の私には良く分かりません。

◎ 頂上に着きました、 武田信玄公誕生之地の石碑もあります。

                                                       深草観音は長くなりますので次回にします。

 


大 寒 の 渓 谷

2017-01-20 16:00:00 | 撮影日記

 

  

 

  今 日 は 大 寒 で し た が 、 朝 の 冷 え 込 み も 少 な く 、 日 中 に  風 も 無 く

  穏 や か な 一 日 で し た 。

  お 昼 ち か く に 少 し 時 間 が あ っ た の で 、 昨 夕  T V で 紹 介 し て い た

  昇 仙 峡 近 く の   板 敷 渓 谷 の 大 滝  の  氷 瀑  を 見 に  行 っ て き ま し た 。

  板 敷 大 滝 は 水 量 が 少 な い た め か 、 迫 力 に 欠 け る 氷 瀑 で し た が 、

  途 中 の 渓 流 で   き れ い な  氷 や  つ ら ら  を 撮 る こ と が で き ま し た 。

                        ( K-1 + DFA 100 ㎜macro  ・  DA 200 ㎜ 他 )

 

◎ 板敷大滝 

◎ 渓谷の中程にある小さな滝 

◎ 遊歩道も凍て付いています、 軽アイゼンが必要です

◎ 渓流の氷 や つらら

 

  


石 和 の 夜 景

2017-01-14 16:00:00 | 撮影日記

 

 

 

  石 和 町 と そ の 周 辺 の 夜 景 で す 。

  大 蔵 経 寺 山 の 山 頂 か ら  登 山 口 に 停 め た 車 に 戻 り 、 一 眼 レ フ と 三 脚 を 持 っ て 、

  再 び 、 落 石 防 止 壁 上 部 の 展 望 台 ま で 登 っ て 撮 影 し た  労 作 で す 。  苦労した意味の労です。

  体 力 を 使 っ た わ り に は 、  平 凡 な 写 真 で 終 わ っ ち ゃ っ て  ま す 、 

  体 力 よ り も 、 技 術 と 感 性 を 使 わ な い と  ダ メ な ん で す  ね 。

                   ( K-1 + DFA 28-105 ㎜  ・  SIGMA 18-200 ㎜ )

 

  

◎ 真下に、石和温泉駅と駅から甲府バイパス方面に伸びる道路が見え、正面には富士山です。

◎ 陽が沈んで、富士山に残照が残ります。 (18-200㎜)

 

◎ 正面の富士山より左手方面です。

◎ 富士山よりも右手の方面です。 

◎ さらに 右手の方向です。

◎ 石和温泉駅に電車が停車中です。 (18-200㎜)

◎ 富士山が見えなくなってきました。

 

◎ カメラを通さないで直接見ると、もっと きれいなんです。

  


大蔵経寺山

2017-01-13 10:00:00 | 山歩き

 

  

 

  J R 石 和 温 泉 駅 の す ぐ 北 側 に 聳 え 、 山 腹 の 大 き な 落 石 防 止 壁 が

  痛 々 し く  目 に 付 く 山 が 大 蔵 経 寺 山  ( ダイゾウキョウジヤマ 山梨百名山 )   で す 。

  中 腹 か ら の 展 望 が 素 晴 ら し い と  聞 い て い た の で 、 夜 景 を 目 的 に

  昨 日 の 午 後 か ら 歩 い て き ま し た 。  

  山 名 の 由 来 と な っ た  「 松 本 山 大 蔵 経 寺 」 か ら 歩 き 始 め ま す が 、

  も と も と 石 切 り 場 で あ っ た 落 石 防 止 壁 ま で は 、 つ づ ら 折 り の 車 道

  歩 き で し た 。

  落 石 防 止 壁 を 過 ぎ た 所 か ら 、 岩 混 じ り の 急 斜 面 に な り 、 山 歩 き を

  楽 し む こ と が で き ま し た 。

                          〔 Panasonic LUMIX DMC-TZ70 〕
                

 

◎ 猪や鹿の進入防止ゲートを開け閉めして歩き始めます、  右上に落石防止壁が見えます。

◎ 車道歩きです、ゲートの所から車両は入れません。

◎ 30分位で、「甲州伊沢暁」の立て札がある第一展望台です。  富士山と石和の市街が一望できます。

◎ 落石防止壁の上部も展望台になっています。    ここを過ぎると本格的な山歩きになります。

◎ 山路の途中、足元に落ち葉に半分埋もれて、文字の彫られた石がありました。

◎ 頂上近くの尾根に出ると広い山路。   ここには大堺と掘られた石がありました。

◎ 小さな祠にお参りして、頂上へ。 頂上は木立のなかで展望はありませんでした。

  

 

 

 

    「大堺」  「界」 と 彫られている 石

    山歩きで、宗教上の祠や石仏はよく見かけますが、 「大堺」 や 「堺」 と 彫られている石を見たのは初めてでした。

    何なんだろう、 どんな意味があるんだろう と 頂上で ちょっと 気になってしまいました。

    下山時に注意してみると、「大堺」の石から山頂に向っての尾根上を、左右に分ける境界線のように 大きな石が並べて

    置いてありました。 また境界線と思われるところの右手は、杉が植林されており、左手は雑木のままでした。

    帰宅して、ガイドブック ( 山梨百名山 山梨日日新聞社刊 H10.3.30. )で、 大蔵経寺山の項を読んでみると、

    「 石和温泉駅から見ると、山頂部分から右と左に尾根が張り出し中央が窪んだ逆U字形をしている。

    右の尾根は春日居、左の尾根から中央にかけてが石和分になる。 」        の記載がありました。  

    尾根に登り着いてから、文字の彫られた石が設置してあったこと、 現在は春日居も石和も笛吹市となっていますが、 

    昔は別々の町だったので、 その境界を示すために石を並べて置いたのだとは思うのですが、

    大昔に置かれたものだろうが、わざわざ、こんなに石を置いて 境界の目印にするなんてことがあったんだろうか ・・・・ ? 

 

 

  もう少し  調べてみよう  と思います。