先 日 、 要 害 山 の 登 頂 後 に 立 ち 寄 っ た 深 草 観 音 で す。
以前 、 深 草 観 音 の 存 在 を 知 っ た 時 に 、 い つ か 訪 ね て み た い な 、
名 前 か ら し て き れ い な 、 神 聖 な 場 所 な ん だ ろ う な と 、
勝 手 に 想 像 し て い た 場 所 で し た 。
① 要害山の頂から 道標に従って 深草観音まで 行ってみました。
② 尾根の陽だまりを 快適に、 昔の道しるべ (こんなので分かったのかな?) を見たりして、
③ しかし、深草観音に近くなると 沢沿いの 日陰の路になって、 ・・・・・ 大変でした。
④ 見上げるような 大きな岩を幾つか過ぎると、岩場に囲まれた 神様の領域 のような場所になりました
⑤ 前方の崖に、梯子が見えます、 あの梯子を登るのかな ?
⑥ 近寄ると 垂直に見える 20m位高さがある 鉄製の梯子です しっかり固定されているようですが、
⑦ 梯子には、昭和 3年4月に奉納とあります、 90年近くも 経っている 大丈夫かな ?
⑧ 少し離れた場所に、急な石段の路がありました、手すり状の鎖を伝って 岩壁を登ると、 岩壁の中程に、
人ひとりが 潜り抜けられる位の穴があり、洞窟に入る事ができました。 入ってきた穴を撮りました。
⑨ 洞窟のなかは、3人位の人が座れる広さの 奥の院と呼ばれる 観音堂 でした、 お参りすることができました。
⑩ 外に出て、岩壁の窪みや 岩の上の石仏を見ていると、 美しく 気品のある お顔の石仏と 出会いました。
幽玄な雰囲気の中で、 しばし 見とれてしまいました。 文政12年の銘がありました。
⑪ 帰路は深草林道を双体の石仏などを見ながら、 積翠寺に立ち寄って帰ってきました。
深草観音(岩洞観音)
深草観音の案内には、創建のことなど詳細は何も記載されていませんでしたので、帰宅して調べてみました。
山梨県立図書館が、「深草観音の由来を知りたい」 という問い合わせに 回答していました (2010年11月) ので
その回答から一部引用させてもらいます。
・ 山梨県甲府市上積翠寺町深草にある瑞岩寺の奥の院「深草観音堂」は、高さ数十メートルもの巨岩の
中腹を切り抜き、その洞窟内に本尊を安置している。
行基開創の伝説をもち、古くは岩洞(がんどう)観音とも称した。 甲州三十三観音霊場の第六番札所。
本尊の十一面観音菩薩は現在は瑞岩寺に保管されており、深草観音堂の岩穴の中には3体の観音像が
祀ってある。
また、山梨百科事典(山梨日日新聞社 1989年発行)等に次の様な記載があるそうです。
・ 瑞岩寺は縁起によれば 746年(天平18年)に、僧行基の開山。
奥の院を「深草観音堂」という。 深草は、瑞岩寺の山号「深草山」から。
・ 深草観音は行基菩薩の御策にして 村落を距る事十八丁余、 山中巌壁層々老樹翁礬の所にあり。
・ 本尊を安置する断崖上の九尺余の石室に拠り、之に高さ五尺五丈の長き梯子を架け以て参詣に弁し
奥の院と称す。
瑞岩寺の開山が 746年とありますので、 深草観音も同じ頃の創建だとすると、1270年位前に祀られた
のですね。
昔から、梯子が設置されていたとは驚きです。
平安時代(794年~1185年)後期から江戸時代は観音信仰が盛んで、多くの人が観音霊場の札所を
巡ったそうですので、当時は参詣者も多かったと思われます。
美しい お顔の石仏様は、文政12年(1829年)ですから、徳川十一代将軍家斉の時代のものでした。
190年位の間、 風化もしないで 美しい姿のままだったのは 観音様のご加護 があったからでしょうね。
次は、 緑が萌える若草の頃に、またお会いしたい 石仏様でした。