自死遺族とうきょう自助グループ みずべの集い
大切な人を自死で亡くされた方へ。
私たちは自死遺族だけで、わかちあいの会を運営しています。
 



初夏のような爽やかな日に5月の「みずべの集い」の分かち合いの会を渋谷会場でしました。 参加者は19人で、その内、初参加者は5人でした。 立場別では、お子さんを亡くされた方が8人、親2人、伴侶8人で、恋人1人でした。 女性が14人、男性5人が参加下さいました。 いつもの様に自己紹介から始めて2つのグループに分かれました。 家族や周りの人にも日常ではなかなか話せないそれぞれの方の感じているいろいろ . . . 本文を読む

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




今年も命日の3日後の今日がMの誕生日。 午前中に、Mの友人からバースディ―プレゼントが届き、手紙が添えられていました。 Mのことを今でも忘れないでいてくれることがただただ有難いとともに限りなく哀しい。 あの日から何度か、一人でわが家の近くまできて、思い出の道を歩いていたYちゃん。 Mの学生時代からの友人であり、婚約者だった。 . . . 本文を読む

コメント ( 10 ) | Trackback ( 0 )




世田谷区・渋谷区の後援事業として承認されました。 . . . 本文を読む

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




私たち自死遺族は、やり場のない悲しみはもちろん、 さまざまな想いを抱えて日々を過ごしています。 私たち『みずべの集い』の目的。 それは、大切な人を失ったという同じ立場、悲しみ、辛さを語り合うなかで、 想いをわかちあい、支えあうことによって、 共に、生きなおす力を培ってゆくことです。 . . . 本文を読む

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




ベランダの青色の小さな花、忘れな草を見て、「この青い色って心が落ち着くね」と君が言ったのは亡くなる1か月ほど前だった。 あの時君は「忘れな草」の意味を込めて、「この花が好きだ」と言ったの? 忘れていないよ。M君。 どんなに年月が過ぎても決して忘れることなどないんだって、わかった。 . . . 本文を読む

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




深い谷に渡した丸太の橋を渡る時に、 谷底がはっきりみえる人と見えない人がいて、 見える人は怖くて橋は渡れないが、何も見えない人は平気で橋を渡ることができる。 思春期に生きにくさを感じる人は、丸太の上から谷底が見えてしまう人だと聞いたことがある。 あまりにもいろいろなものが見え、感じられるから、生きにくくなる。 怖くて一歩が踏み出せなくもなる。 繊細であることは素晴らしいことであるけれど、時に生きにくさに繋がるのかもしれない。 . . . 本文を読む

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




突然の永久の別れで遺されると無念さがいつまでも消えない。 「もしもその日が最後の日とわかっていたなら、どんな声をかけただろう、どんな態度をとっただろう」と、 あの子との最後の一日を反芻し、心の痛みを覚える。 でも、命の終わりがおおよそわかり、一日、一日、終わりに近づくのを見ているのも、やるせない。 痩せ衰えた母の手を握って帰る車中、今日が私を娘と理解できている最後の日かもしれないと思うと心は痛 . . . 本文を読む

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




衆議院第一議員会館で5月18日にシンポジュウムが開催されます。 . . . 本文を読む

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




5月にあの子と出会い、五月にあの子と永久の別れをしました。 喜びと無念さのわき起こる月が五月です。 誕生日の3日前にあの子は旅立ちました。 あと2週間生きていてくれれば、多分、違う展開になったと思います。 いつまでたってもこの2週間が残念でなりません。 彼なりに精一杯生きたことは理解しています。 生きていくのが辛すぎると彼が感じていることも知ってはいました。 今はその苦しみから解放されて、きっ . . . 本文を読む

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )