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通訳クラブ

会議通訳者の理想と現実

困ったトロールたち

2014年12月14日 | 『毎日フォーラム』コラム

 思い入れのある小説が映画やドラマになると、何となく嬉しく誇らしい気持ちを覚えることもあれば、それまで抱いていたイメージとの間にギャップを覚えることもある。私にとって初めてのそんな経験はムーミンだった。田舎の小さな小学校のちんまりとした図書室の一角にフィンランドの女流作家トーベ・ヤンソンのムーミン・シリーズがひっそりと並んでいた。夢中になって読んだ不思議な生き物たちの世界を幼いなりに頭の中に描いていたのだろう。大人気になったアニメだがその映像に違和感を覚えてのめりこめなかったのを覚えている。

 主人公の名前はムーミントロール。トロールとは北欧の妖精とか精霊を意味していて、小人だったり巨人だったりいろいろな姿で描かれるが基本的に不細工だ。オリジナルムーミンも日本のアニメのようなお目めぱっちりではないのでますます間延びしたカバっぽいのがご愛嬌だった。そんな思い出があるので私の中ではトロールとは愛すべき存在だったのだ。ところが、である。

 いつの間にか全くかわいげのないイメージが定着してしまっているのだ。特許関係の会議のために勉強していて知ったのが patent troll、特許不実施主体 Non-Practicing Entity の別名だ。何らかの方法で手に入れた特許を商品化するのではなく大手企業を特許侵害で訴えるという手段で手っ取り早く monetize 金にする輩への蔑称で、自国へ未進出の企業の商標を取得して、後に真の権利者に買い取らせる trademark squatter と並んで健全なイノベーションや商取引を阻害する嫌われ者だ。

 インターネットの世界で跋扈するトロールは挑発的な provocative 書き込みなどでサイトの炎上 flaming を引き起こす「荒らし」のことだ。今年生誕100年を迎えた故トーベ・ヤンソンも、これには天国でため息をついているかもしれない。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年12月号掲載)

一言余計か、足りないか

2014年11月21日 | 『毎日フォーラム』コラム

 管理職研修のグループ演習で、日本人6人に来日間もないアメリカ人が1人混ざった班ができ、日本語はウィスパリングで、彼の英語は逐次で通訳することになった。議論は楽しく盛り上がったが、班としての結論に彼の意見は通らなかった。議長役が「皆さんこれで大丈夫ですか?」さらに彼にも Are you all right? 虚を衝かれた様子のアメリカ人に通訳者があわてて補足する。He means “Are you alright with this?”

 Are you OK? も同じように間違って使われているのをよく耳にするが、いずれも「具合でも悪いの?大丈夫?」の意味だ。そんなに打ちのめされた様子に見えたのか、と彼はびっくりしたのだ。相手が日本人の英語に慣れていないとむっとされる可能性もあるので、たかだか2語だが最後の with this を忘れずに。

 国際会議の最終日、お別れ夕食会で仕事の終わった通訳者と数カ国の事務局スタッフが10人ほどで同じテーブルを囲んだ。和気あいあいと裏話の交換などしている中、向かいに座った女性が少し飲みすぎたのか、他人の気に障る発言を連発し始めたが、まあ疲れていることだし、とみんな大人の対応で受け流していた。やがて卓上のワインがなくなりどれを頼もうか、と水を向けられた彼女が I’m easy. どちらでもかまわないわ、と言い放ったとたん、私の隣にいた2人の男性が小声で ”She’s easy.” と顔を見合わせにやっと笑った。それまでの彼女の様子を annoying うざったいと思っていた彼らが「尻軽だってさ」と悪態をついてこっそり憂さを晴らしたのだ。 I’m easy to please. と最後まで言えばこんな陰口を言われなくてもすんだのに、たった2語を惜しむものではない。

 逆についつい余計な言葉を付け加えてしまう間違いもある。なんだか元気のない同僚に What’s the matter with you? これでは「おまえ、どうかしてるよ」と非難してけんかでも売っているようだ。相手を心配する時は What’s wrong?/What’s the matter? で止めて、間違っても with you をつけてはいけない。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年11月号掲載)

天使の分け前

2014年10月17日 | 『毎日フォーラム』コラム

最近強いお酒の消費が減ってきているとも聞くが、それでも根強いファンを持つのがウィスキー。その発祥の地と言えばスコットランドだ。スコッチウイスキーには大きく分けてシングルモルトとブレンデッドがあるが、後者の代表格ジョニー・ウォーカーのブランド・アンバサダーと昔、何度か仕事をしたことがある。バーやホテルで催されるテイスティングの会だ。

ブレンドに使われている代表的なシングルモルトの味を覚えてもらい、最後にジョニ黒の中にその特徴を見出そうという味覚も知性もくすぐられるイベントだった。「本場ではウィスキーを生で飲まない。少量でも水を加えることで化学反応が起こり本来の香りが目を覚ます」「ワインと違い味と香りが一致するので、ブレンディングは鼻で行う nosing」など、話したくなる豆知識も満載だ。

伝統的なキルト kilt の衣装に身を包みバグパイプを大音量で演奏しながら登場した髭のおじさんが、正装では下着を付けないのですぞ、と、前列の女性の頬を赤らめさせる。そんなお茶目な彼の自己紹介はいつも「応援するサッカーチームはスコットランドと、イングランドの対戦相手」だった。楽屋裏でも「人の国の女王の首を刎ねるなんて、とんでもない蛮行だ」とまるでついこの間のことのように憤慨していたのが、1587年のメアリー・ステュアート処刑の話。昔過ぎてついていけないが、先日の国民投票で独立派が急速な盛り上がりを見せた背景には草の根レベルのこんな過去へのこだわりもあったのかもしれない。

ちなみにスコッチは蒸留後にオークの樽で寝かせることで個性が生まれるが、その熟成期間中、樽の中身は毎年2%くらいずつ蒸発していく。これを Angels' Share 「天使の分け前」と呼ぶ。スコットランドの空にはほろ酔い加減の天使たちが機嫌よく漂っているのだそうだ。想像するとちょっと可愛い。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年10 月号掲載)

通訳者が沈黙するとき

2014年09月14日 | 『毎日フォーラム』コラム

 同時通訳中の会議通訳者が沈黙するのはタブーだと言う見解がある。でも英語が国際語になってしまったことで訛りの幅はとてつもなく広がってしまったし、日本語には同音異義語 homonyms が多いので文脈 context にあった言葉の判断に時間がかかることもある。私は本当に理解不能な時はちょっと黙って聞くことに集中した方が訳出精度は高くなると考える派だが、通訳音声を聞いている方々にとっては放送事故とも感じられるのだろう。では、ミーティング等ではどうか。

 通訳者の仕事は「何でもかんでも訳す」ことではない。その存在がなければ十分な意思疎通ができない二者(以上)の間に立ってコミュニケーションを成立させることこそが使命であるから、介在しなくても「通じ合っている」場面では私は喜んで沈黙する。最近では自己紹介くらいは英語で堂々とこなす日本人が多いので、名刺交換の時はにこにこ見守る程度のことが増えてきた。会議の席に着いてからも「通訳は大丈夫です」とおっしゃったり、通訳を遮るように英語で会話を続ける方もいらっしゃるが、20分もたった頃に「今までの話、皆に訳してあげて」とでも言われない限り、通訳者的には何の問題もない。

 困るのは「大丈夫です」が全然大丈夫ではなかった場合だ。こちらの CEO が話し続けている間はうんうんと頷いていたのに、投げかけられた質問に対する答えがとてつもなくとんちんかん…。「日本企業は海外の新規技術の採用に時間がかかると言われてきたが、最近はどうか?」という問いに「日本発の技術が世界的に普及する例がまだ少なく…。」

 分かっているふりだったのかつもりだったのか判別しようが無いが、かみ合っていないことだけは確か。些細なことなら良いのだがさすがに看過できない場合もある。通訳者が「いえ、そういう意味ではなくて…」と訂正に入ると角が立つ。そんな時は通訳者感をいっさい消して、まるで会合の参加者のように「逆方向はどうなんでしょうね?」とつぶやいて軌道修正を図る、という技も持ち合わせているが、…… 出来ることなら使いたくない。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年9月号掲載)

相槌の正体

2014年08月13日 | 『毎日フォーラム』コラム

 最近の会議で時々あるのが「感想や質問を#(ハッシュタグ)xxxでつぶやいてください」という主催者からの呼びかけだ。ツイッターの機能で同じ#のつぶやきをまとめて閲覧できるので、会場の人たちと声を出さずに気持ちを共有したり、主催者としてもアンケートを取ることなく反応を量ったり、パネルディスカッションの最中であればリアルタイムで質問を拾い上げたりできる。このようにメインのプレゼンテーション以外で行われるコミュニケーションをバックチャネルするという。他のオンライン手法でも構わない。

 昔は back-channeling と言えば外交で裏ルートを使うこと意味したそうだ。交渉のためのメインのルート main channel があって、その裏に…ということなのだが、back には背後や裏と同時に逆方向に遡るという意味がある。そこで言語学的にはメインの話者が発話しているのに対して関心があることを示すために逆方向に発話をする「相槌」という意味になる。短い音や言葉で先を促すコミュニケーションの潤滑剤だ。

 気を付けたいのは一つ覚えのように同じ相槌を繰り返していると気のない返事に聞こえてしまうことだ。 I see. や Is that so? ばかりを多用していると心ここにあらずの感が否めない。相手の話に合わせて、そうなんだ Oh, really? (上がり調子も下がり調子もあり)、そうだよね I know!(ぁぃのーぅと know に強調を置くのがコツ)、凄い Awesome! うそでしょ You’re kidding. などバリエーションを持たせたい。

 ただしこれらは文脈さえ正しければどんな文章にも使えるある意味 generic な反応だ。ランチから戻った同僚から I tried unagi for the first time. と報告されたら Did you, really? と動詞と時制を合わせて応えると会話ががっちりかみ合う。The weather in Atami was gorgeous over the weekend. – Was it?  Sachiko’s waiting for you. – Is she? 何を隠そうこれが間髪入れず自然にできるようになった時には英語のレベルが一段上がったような気分になったものだ。お試しあれ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年8月号掲載)

恐怖の現場

2014年07月21日 | 『毎日フォーラム』コラム

 これまでの経験で難しかった仕事と言えば、理論物理学や古生物学など、科学の基礎をある程度抑えたうえで専門用語を覚えなくてはならない会議とか、「javaの開祖がプログラミングのコツを伝授!」のように、スライドを埋め尽くす式の読み方も覚束ないまま、集中力と瞬発力だけを頼りにひたすら直訳していくしかない講演とか、色々あるのだがこれらはまれなケース。もっと頻繁で恐ろしいものがある。社内会議だ。

 通訳者はどんな現場に行っても唯一の素人なので仕事の前には謙虚に勉強する。事前に頂いた資料を読み、調べ、できるだけ周辺情報をチェックする。でも哀しいかな、社内事情までは分からない。会長、社長の名前くらいは覚えて行くが、外国人役員の言うセイトーさんが佐藤さんなのか斉藤さんなのか、ウワキさんが尾脇さんなのか植木さんなのか非常に迷うし、セイジと言われれば「せいじさん」と訳すしかないが、日本人サイドが横山部長と呼んでいる人と同一人物だと認識できた頃には会議も終盤だ。

 若い頃出かけた現場で盛んに使われていた「ソーキ」が分からなくて通訳発注の担当者に質問したら、真面目な顔で「相当キているの略です」とおっしゃる。え?と目を白黒させていたら「嘘です。総合企画部です。」一度からかって満足されたのか他にもソージが総合事務課、ケンカイが研究開発部、と色々教えてくださった。その後も様々な現場で多様な社内用語にぶつかってきた。ジケイショは事業計画書だったしセッペンは設計変更。「それにはマルチが絡むから…」は超難問。漢字の知を○で囲んで知財のことをそう呼んでいた。

 部門報告会で若い課長が登壇、その第一声に通訳者は凍り付いた。「筋肉動画発表します!」え?何の動画って?担当していた通訳者がパニックする中、パートナーがハッと気づいてプログラムを指さした。営業部金融二課長、工藤慎二。「金二、工藤が発表します」だったのだ。笑いたい、でも泣きたい、恐怖の現場だ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年7月号掲載)

「チョッパー」の不思議

2014年06月16日 | 『毎日フォーラム』コラム

 会議の休憩時間に眺めのいい窓辺で雑談をしていたアメリカ人が "There’s a chopper" と外を指さした。相手の日本人女性はそれまで無難に英語で対応していたのだが、さすがに目を白黒させているので助け舟を出した。 "Can you tell if it’s an emergency HELICOPTER or a broadcaster’s chopper?" 「緊急ヘリか放送局のか分かる?」

 会議終了後、難を逃れた彼女が帰り際の私に話しかけてきた。何故ヘリコプターがチョッパーなのか訝しがっている。答えはオノマトペ。あの羽がパタパタパタパタと忙しく回る様子を英語の擬音で chop-chop-chop と表現するのである。

 ヘリコプターといえば空中での静止飛行、ホバリングができるのが特徴だが英語の hover には親鳥が雛を抱くとか人が誰かを心配して付きまとうという意味もあり、そこから生まれたのが helicopter parents という表現だ。よくドラえもんのタケコプターのようなプロペラを頭につけて子供のもとに飛んで行くパパ・ママ姿で漫画に描かれる。わが子の成績不振や苦境を静観できず本人やその周りにいる教師などにうるさく口を出す過保護 overparenting ぶりを皮肉る言葉だが、日本でも時々問題になるモンスターペアレント同様、揶揄する言葉ができたからと言ってそうした行動が減るわけではない。言われている本人に自覚が無く他人事だと思っていると言うのもよくある話だが、傍から見るとちょっと不思議だ。

 インターネットで地図を検索していてうっかりマウスのホイールを回してしまい、いきなりある地区にズームインしてしまった。目に飛び込んできたのはたくさんのⒽマークだ。一瞬ホテルかと思ったが、どう考えてもホテルが乱立している地区ではない。そのうちⓇマークを見つけて納得がいった。高層ビルの屋上のヘリポートだったのだ。ヘリが着陸できる helipad が H で R はホバリングして救助活動 rescue ができる建物だ。ちなみに英語の heliport は空港のようにいろいろな設備が整った大掛かりな施設のことなので「マンションの屋上にヘリポートがある」のつもりで "We have a heliport on our mansion" なんて言うと「大邸宅の屋上に飛行場」と、まるで航空母艦のような家に住んでいる人になってしまう。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年6月号掲載)

ソーシャルの時代

2014年05月13日 | 『毎日フォーラム』コラム

 Social engineering を普通の辞書でひくと社会工学、すなわち貧困や公害などの社会学的テーマを工学的に解決することを目指す学問分野だと説明されている。しかし同じ言葉をネット検索してみると、サイバー犯罪だの人心操作術 the art of manipulating people だのなにやら物騒な説明が上位を占める。現代のソーシャルエンジニアリングとは、だましたり他人になりすましたりしてIDやパスワードを盗み取るハッキングの手法、つまり社会と言うより社交術の方の social なのである。流行の SNS のソーシャルも同様だ。

 今や私のような通訳者風情でもこれなしには仕事にならないほど日常に溶け込んでしまったインターネットだが、その商用利用が解禁されたのは1990年代半ば、たかだか20年前のことだ。同時期にWWWと GUI ベースのブラウザ、ネット対応 OS が登場し、あっという間に一般に普及した。便利なものができれば人はいろいろな使い方を考える。企業はホームページを立ち上げて自社の宣伝を始め、個人でもまだ使い方の難しかったソフトウェアを必死に覚えては情報発信をする人たちが現れた。やがてブログのプラットフォームが複数出来上がり発信は格段に容易になった。

 一方向だったコミュニケーションは双方向へ、多方向へと発展する。一人のネット上でのつぶやきに友人ばかりか顔を見たこともない不特定多数の人たちが反応する。多くの人々の琴線に触れればそれはあたかもウィルスのように瞬く間 viral に広がり世界中をめぐる。インターネットは今や巨大な社交場だ。

 各国で電子政府 e-Governments への取り組みが始まったのは2000年前後だが、ベーシックな情報の電子化やインフラ整備はもはや当たり前。今や米国政府等でソーシャル活用への動きが活発化しているらしい。個人レベルでつぶやいて満足している場合ではない。いかにソーシャルを取り込んでいるかで行政の効率・効果が変わり、政府の先見性が測られる。


(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年5月号掲載)

褒められ上手、褒め上手

2014年04月20日 | 『毎日フォーラム』コラム

 クライアントへのプレゼンを終えたアメリカ人が日本人の同僚に尋ねた。 How did I do? Did I do OK? 同僚は答えた。 OK! 尋ねた方は一瞬驚き、やがて不満そうに言った。 Just OK?

 とっさに使えるボキャブラリーが少ないとついつい相手の使った言葉を繰り返してしまいがちだが、可もなく不可もなし、まあ一応こなしたね、では相手もがっかりだ。こう言う時はやっぱり盛大に褒めておくのが定石だろう。日本語でも「大丈夫だったかな?」という口調がよっぽど自信なげであれば「大丈夫、大丈夫」と励ますこともあるだろうが、そうでなければその問は「なかなか良かったでしょう?」と言う自信の裏返しだ。英語でも同様で、謙遜しているわけだから That was impressive / splendid / brilliant. くらいに盛って答えた方が良いし、発音に自信がなければ心を込めた Great! だってかまわない。褒める言葉を惜しんではいけないのだ。

 日本人には珍しく仕事の相手を自宅で接待した人がいた。立派な邸宅に加え奥方が料理自慢で素晴らしい晩餐会だったのだが、ホストであるご主人が家や調度や奥様の手料理や、何を褒められても No,no,no. It’s nothing. と答える。しまいには招かれたアメリカ人が通訳者に What does he mean “It’s nothing”? といぶかしげに尋ねる始末だ。褒める側もデザインや素材や盛りつけや、具体的に取り上げて工夫を凝らしているのに、その努力まで否定されているようで面白くなかったのに違いない。謙遜が美徳であり日本では正しい礼儀なのだと説明したが、完全には納得できない様子だった。

 こんな時は You have an eye for art! 芸術にも造詣が深いとは! I’m truly flattered. いやあ、照れますな。 Coming from you, it’s really a compliment. あなたほどの方に褒められるとは光栄です、等々、上手に褒められることも大切だ。それが相手を褒め返すことにもなる。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年4月号掲載)

テールゲート事件

2014年03月24日 | 『毎日フォーラム』コラム

 もう何年も前の話になるが「セキュリティ」の会議をすると言うので出かけてみたら、日本側からはネットワーク・セキュリティの専門家、アメリカ側は国家安全保障の専門家が参加していて、どうにも議論がかみ合わないのを隔靴掻痒の思いで通訳したことがある。日本でITセキュリティが話題になり始めた頃のことで、運営側が人選を誤ったのか、安全保障にも深く関わることを啓蒙したかったのか、いまだに謎だが、最近ではさすがに幅広いセキュリティのどの部分を話題にするのか、と言う意識合わせ alignment にギャップを感じることはなくなった。

 コンピュータのウィルス対策も国の安全保障も大事だが、自分の家の防犯対策だって大切なセキュリティだ。うちのマンションもオートロックで時間によっては警備員さん security guards が入り口で目を光らせているが、ある時不審者の侵入という事件 incident が起こった。その手口が「共連れ」。住人が鍵を開けて入った後にちゃっかりこっそり付いて行ってしまうことをそんな風に呼ぶことを初めて知った。

 英語では tailgating と言う。テールゲートと言えばステーションワゴンやバンなどの後ろの荷物室のこと。昔はそれに -ing をつけると、野球場の駐車場なんかで車の後ろを開いてそこに食べ物・飲み物を並べ、試合観戦の前にパーティーで盛り上がることを意味していたのだが、そんなのんびりした時代ではなくなってしまったらしい。世知辛い世の中では車を運転していて前の車の後ろにぴったりくっついて煽ることがそう呼ばれるようになり、最近ではオフィスに入るドアに、ちゃんと自分のICカードを読みとらせてから入ることを促すために No Tailgating のポスターが貼られていたりする。

 会議のさなかのテールゲート禁止もある。誰かの発言の後にすぐ自分の発言を継ぎ足すようなことをしていると You’re tailgating me. とうざったがられることがある。tailgater にはならないよう、要注意だ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年3月号掲載)