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通訳クラブ

会議通訳者の理想と現実

オーストラリアの英語

2011年10月11日 | 『毎日フォーラム』コラム

 英語圏には英語 British English と米語 American English 以外にも様々な英語がある。インド人は自分たちの英語こそ正当な King’s English だと主張するし、スコットランドやアイルランドの英語は聞き取りに苦労するが独特のリズムがチャーミングだ。シンガポール人同士は時制がなくて文末のラ~という音が印象的な Singlish で会話をする。フィリピンでは英語で始まったはずのニュース番組がいつのまにかタガログ語に変わっていたりしてちょっと面食らうが、どちらも公用語なので問題ないらしい。

 独特の進化を遂げた動植物相を守るため、厳しい検疫制度で海外からの種子や微生物の持込を防いでいるオーストラリアの英語もなかなか厄介だった。なにせエイがアイになるややこしい発音なのだ。グッダイ・マイト Good day, mate! は有名だがサーファーが Good waves, today! と喜んでいるのが Good wives to die.(死ぬことになっている善良な人妻たち)に聞こえてしまったりすると、もうわけが分からない。さらに難関は数字、特に年号で1999年はネインティーンネインティネインになってしまってお馴染みのナインがどこにも登場しないし、ネインティーンナイティアイトなんて言われると反射的に1998年かと思うが実は1988年が正解。何かの会議でずいぶん苦労した覚えがある。

 ところが久しぶりに来てみると、あれれ? 地元の皆さんの英語にそれほど違和感がない。あんなにはっきりとアイと言っていたaの発音がすっかりエイに近くなっているのだ。地元のニュース番組にチャンネルを合わせると、アナウンサーやレポーターの英語がCNNともBBCとも違うのだけれども、ずいぶんとニュートラルな感じになっている。

 英語が不可逆的に国際語になりつつある中、この国の英語も標準化の道をたどっているのかもしれない。聞きやすくなったのは確かだが、まるで方言が失われていくような一抹の寂しさも感じる。どんなに厳しい検疫でも言語は守れないのだ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2011年10月号掲載)