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通訳クラブ

会議通訳者の理想と現実

色々なタイアップ

2014年02月18日 | 『毎日フォーラム』コラム

 急ぎの用で海外支部に電話をかけるがだれも受話器を取らない。ややあってようやく電話に出た現地採用の部下が Sorry, we’re all tied up here. えっ?まさか強盗にあってみんな縛り上げられてる?!・・・いえいえ、そうじゃなくって。tie up は止める、忙殺する。受動態だと忙しくて手が離せないという意味になる。

 タイアップと言えば早い段階から日本語の仲間入りをした外来語の一つだろう。企業間の広範な提携 business tie-up やドラマと主題歌、アニメ映画とおもちゃなど相乗効果をねらった協力関係や、異なる業種間でのタイアップ広告 tie-up advertising などが良く知られているが、逆に停滞させると言う意味がかすんでしまった。遅れてきた同僚が There was a tie-up on Yamate-dori. とうんざりした様子だったら traffic jam と同様、渋滞に巻き込まれたという意味だ。
 
 ある会議に数年毎に招かれるアメリカ人講師は会社の役員でプロのピエロでマジシャンという珍しい肩書きを持っている。講演(公演?)テーマは自由な発想 Out-of-the-Box Thinking や効果的なプレゼンテーションなど様々だが、なかなか暖まらない日本人オーディエンスを相手に毎回大熱演。ピエロの扮装こそしていないもののマジックを見せたり椅子から転げ落ちて見せたり。主催者も気を利かせて桜の質問を用意する plant some questions ように呼び水的に笑ってくれる人を頼んでおけば良いのに、と思ってしまう。

 「仕事はたまっているのにどうしても忙しくて手が回らない tied up ってことありますよね」となめらかに話しながら手元でひもに結び目を作っていく。そう、ひもが結ばれていく tied up との語呂合わせ pun。「でも本当のタイドアップとは、こういうことを言うのです」と紙袋の中にひもを垂れ下げてから引き上げると、結び目には Tide という名前の洗濯石けんの小箱がくくられてぞろぞろ上がって来るという趣向。楽しいのだが一筋縄ではいかないスピーカーなのである。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年2月号掲載)

午年なので、馬の話題あれこれ

2014年01月15日 | 『毎日フォーラム』コラム

 昨年11月にニューヨーク市長選挙が行われたが、民主、共和両党の両候補とも賛成なのでイシューにならないトピックがあった。それがセントラルパークで観光客を乗せて闊歩する馬車の廃止だ。動物の権利を主張する団体 animal rights activists がしばらく前から訴えていた。排気ガスで汚れた空気を吸わせながらの重労働、夏の熱中症 heat stroke、冬の低体温症 hypothermia のリスクなどを考えると残酷なビジネスだと言う。しかし使役動物 working animals の代表、馬との歴史は実に3000~4000年にもなるのだ。力が強いという特徴を最大限に生かして発展してきた馬と人間の関係、それを生かす仕事を奪ってしまうのが、本当に馬にとって幸せなのかとちょっと考えさせられてしまった。

 多くの文化が馬との密接な関係を育んできたが、誰もが思い浮かべるのはモンゴルの遊牧民 nomads が小さな子供の頃から見事に馬を駆る姿だろう。わずかに取れる馬乳から作られる馬乳酒の、摂取量が少ない野菜や果物に変わる健康効果が、最近注目されている。

 ところで鯨飲馬食という四文字熟語は、一度に大量の飲み食いをすることという意味で使われることが多い。しかしどうも馬には飼い葉をがっついているイメージがなく、のんびりはんでいるという絵の方が浮かぶ。そこで調べてみたら、サラブラッドの場合だが、1日15~20キロの飼い葉を10~20時間かけて召し上がるのだそうだ。のんびり、は当たっている。大量の、も正しかった。ちなみに英語でも eat like a horse とそのまま使える。でも飲む方は drink like a fish と、いきなりスケールがちっちゃくなる。

 1769年にフランスのキュニョーが蒸気で動く初の自動車を発明しその後1886年にはベンツがガソリン自動車を完成させるが、1910年以降フォードのT型に代表される大量生産が一般的になるまで、馬と馬車は人々の生活に密着した大切な足だった。まだ automobile という言葉が生まれていない頃、自動車は馬無し馬車 carriage without horses と呼ばれていたという。セントラルパークの馬車が馬無しになる日も近い。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年1月号掲載)

ロスト・イン・トランスレーション

2013年12月18日 | 『毎日フォーラム』コラム

 アカデミーヒルズに通訳をしに出かけて、今年は六本木ヒルズが10周年だったと気づいて驚いた。東京の「新」ランドマークだと思っていたのがいつのまにかベテランになっていたのだ。

 2003年と言えば米国がイラク戦争を始めた年。京都で世界水フォーラムが開催されていて、会場に設置されたマルチモニターで開戦のニュースが流れ、見ていた人たちから一斉にブーイングが上がったのを覚えている。またアジアでSARSが流行し欧米人が軒並み来日をキャンセルしたため、通訳業界も少なからずあおりを食った。秋になって話題になったのはソフィア・コッポラ監督の Lost in Translation の公開だった。

 気になるタイトルだが、おかしな通訳が介在して妙なことになるのは trailer 予告編で流された部分だけ。でも言葉を移し替える時に失われてしまう情報やニュアンスは、通訳者・翻訳者にとっては永遠のテーマだ。特にユーモアが難しいし、それが pun 語呂合わせだったりするとお手上げだ。誰もが知っているエジソンの名言「天才とは1%のひらめきと99%の汗である」も、ひらめき inspiration と汗 perspiration が見事に韻を踏んでいることを和訳ではとても表現できない。諺の practice makes perfect が習うより慣れろで、p-p な-なの頭韻になっていたり make or break が伸るか反るかで脚韻になっているのは pure coincidence 完全な偶然で、こんなラッキーなことは滅多にないのだ。

 ある時、私の英語通訳のクラスを見学した中国語の通訳者が、その時の教材で line が家系という意味で使われていたことを取り上げ、英語の単語には意味が複数あるので難しいと言った。中国語は一つの言葉に一つの意味しか無いのだそうだ。

 なるほど、そう言えば英語のジョークにもその特徴をうまく使ったものがある。Q問題: What’s the difference between men and yogurt? 男とヨーグルトの違いは? A答: Yogurt has culture.

さあ、このcultureの二つの意味とは何でしょう?

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年12月号掲載)

カナリアになったカラス

2013年11月23日 | 『毎日フォーラム』コラム

 地球の裏側ブラジルでの会議の冒頭に流された現地紹介ビデオのハイライトは2016年のオリンピックに加えて2014年のサッカー・ワールドカップだった。ブラジル代表はFIFAワールドカップで唯一19大会全て出場の強豪で、日本のサポーターにもセレソン(ポルトガル語で「代表」)とニックネームで呼ばれているようだが、ファンでなくとも知っているのはユニフォームのホームカラーからついたカナリア軍団 Canarinho(ポ) Little Canary の呼称だろう。

 攻撃的なブラジルサッカーとは裏腹に実際のカナリアは小さく可愛い。常にさえずっているため昔は炭坑に入る最初の坑夫が籠に入れて携えた。人間よりも一酸化炭素などに敏感で発生を感じると鳴きやむことで危険を知らせたのだ。

 そんな「炭鉱のカナリア」 canary in a coal mine は「歩哨動物」 animal sentinel 一般の比喩にも頻繁に用いられる表現だ。ウィルス性疾患の流行や汚染の広がりなどを人間よりも敏感な動物たちが先に教えてくれることを指す。内分泌攪乱物質 endocrine disruptors が話題になったことがあったが、性転換した川魚や貝類が sentinel だった。

 蚊が媒介して脳炎を引き起こす西ナイルウィルスが西アフリカからアメリカに渡ってきたのは1999年のことだった。ニューヨークに端を発する流行 epidemic / outbreak はやがてブラジルを含む中南米にも広まる。その後2005年と2012年の流行を受けて米国の疾病管理センター Centers for Disease Control が今年10年ぶりに対策ガイドラインを改定した。流行を予測するのは不可能として蚊や鳥類などの媒介動物 vectors の監視 surveillance を推奨している。

 もともとミステリアスなカラスの大量死が当時はほとんど知られていないこの病気の前触れだった。動物の大量死は世界各地で頻発している。原因は様々だろうが、自然のこうした異変は人間への警鐘として謙虚かつ冷静に受け止めたいものだと思う。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年11月号掲載)

どうする ダイエット

2013年10月23日 | 『毎日フォーラム』コラム

 2020年のオリンピック招致が決まり、翌日担当した会議では登壇する講演者の誰もがまずは東京を祝福した。何となく首都県全域がふわふわと浮き足立っている。景気の気は気持ちの気。みんなで浮かれてはしゃいだ方が元気が出るし、経済が活性化すれば復興財源も捻出しやすくなるに違いない(と信じたい。)

 海外から多くの観光客が押し寄せることを見越して道路標識のローマ字表記が見直されるらしい。意識したことがなかったが、言われてみれば国会正門前の交差点に掲げられた標識には日本語の下にアルファベットで Kokkaiseimon と書いてある。道路案内としては分かりにくいのでいずれ The National Diet Main Gate と変更されるそうなのだが・・・。

 デンマーク人のクライアントとタクシーで移動中、窓から見えた議事堂を指してあれは何だと聞くのであまり考えもせずに National Diet building だと答えたら National what? と聞き返された。ああ、しまった、議会を指すのに diet を使う国はもはやレア。あわてて parliament と言い換えたが、あれ?デンマークも diet じゃなかったっけ?昔勉強した時、辞書にそう載っていた気がしたが、あっさり否定されてしまった。

 気になって調べてみたら1950年代に二院制だった議会が一院制になった時にその呼称も変更された模様。もともと神聖ローマ帝国の帝国議会を指した言葉が翻訳されて、日本には明治時代に当時影響の濃かったプロイセンから輸入された。そう言えば明治憲法下ではローマよろしく帝国議会だった。今ではドイツも含め欧州の議会は parliament が主流で米州ではカナダ以外で congress が多く使われている。

 そんな中、予備知識無しで diet building と聞いた外国の皆さんは何を想像するだろう。摂食障害 eating disorder の治療施設とか、高タンパク high-protein ダイエット中のムキムキのお兄さん達が闊歩するジムとか思い描かれちゃったら・・・ちょっと、困る。


(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年10月号掲載)

Ladies Merely Glow 汗にまつわる表現

2013年10月01日 | 『毎日フォーラム』コラム

 この夏は記録破りの猛暑で尋常でない暑さだったから外に出る時間の長い人たちはきっとたくさん汗をかいたに違いない。「汗びっしょりだよ」 I’m soaked with / drenched in sweat! と嘆くのが日常化してしまったかもしれない。

 ある年輩の女性翻訳者は若い頃しばらく英国で暮らした。ある夏の日、暑い中を急いで英語の先生の元に向かい着いた時には汗だくだった。I’m sweating! と外の暑さを表現したところぴしゃりと言い放たれた。”Only horses sweat. Ladies perspire.” 「馬じゃあるまいし、淑女なら発汗しているとお言いなさい。」

 北米でも若い女性が sweat を使うと Animals sweat, men perspire, ladies merely glow. とたしなめられたりするそうだが、古めかしい Victorian/colonial と感じる人の方が多いようだ。ある男性などは長距離を走った後で You’re sweating! と言われたら誇らしい気持ちになるが You’re perspiring! なんて言われたら馬鹿にされていると思うそうだ。確かに「いい汗かいてるね」という頑張った感は sweat でしか表せない。額に汗する様子は by the sweat of sb's browと 表現する。

 ちなみに glow とは肌が赤みを帯び汗でうっすら濡れて光っている様子。数年前日本の研究者が運動をした時の発汗は男性の方が多く、女性が汗をかくには体温上昇が必要と言う論文を発表した時、複数の英語メディアがそれを取り上げ見出しに women glow を使っていたのが面白かった。古くさいが誰もが聞いたことのある言い回しということなのだろう。

 ところで sweat shirt をトレーナーと呼ぶのは和製英語だ。英語の trainer はコーチのような人や訓練用の装置、身につけるものであれば運動用の靴のことを言う。対になるトレパンは sweat pants だ。うっかり I’ll wear training pants tomorrow. なんて言わないようにしたい。「おむつを取る練習用のパンツをはくんだ」の意味になってしまうから。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年9月号掲載)

他人の靴で歩く距離

2013年08月22日 | 『毎日フォーラム』コラム

 「いつやるか?今でしょう!」で一躍時の人となった東進ハイスクール講師の林修先生が、子育てに悩む母親達相手に子育て論の授業を行うというテレビの企画があった。何気なく見ていたのだがさすが有名予備校の人気講師、なかなかの説得力だ。でも参加者の言葉の端々に「子育てしていない人に言われても・・・」的な感想が見え隠れし、やっぱり未経験者の言うことは簡単には納得できないのだなと再認識した。でもそれって、ちょっと残念なことだ。

 シンパシー sympathy という言葉がある。他人の立場を理解して同情したり支持したいと思う感情を指す。英語では良く Try and put yourself in his shoes. 「彼の身にもなってみたら」と靴を使って表現する。ところが人間の共感能力はそこでは止まらない。エルビス・プレスリーは靴を履かせるだけでは不十分とばかりにそのまま1マイル歩け Walk a mile in my shoes. と歌った。

 求められているのはより高次の共感、感情移入に近い empathy である。小説を読んだり映画を見たりした時に、実際に経験したことのないことでもあたかも自分の体験であるかのように感じられる能力、このイマジネーションこそ人間が人間たるゆえんであり、これこそ子育て中のお母さんに是非信じて欲しい人間のポテンシャルなのに、と私は思ったのだ。

 とは言うものの、何の背景もなしに共感するのは確かに難しい。(林先生だって職業上、色々な母親の子育ての成果物=思春期の受験生を日々相手にしているからこその説得力だろう。)そこでアメリカで10数年前に始まったあるイベントがある。その名も Walk a Mile in Her Shoes。女性への暴力撲滅と被害者支援を目的に男性がハイヒールを履いて1.6キロを歩くというチャリティ・ウォークだ。ちょっと笑える彼らの姿に、まずは歩いてみてからものを言う、もう未経験とは言わせないという男らしさを感じる。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年8月号掲載)

私はどこ?!

2013年07月14日 | 『毎日フォーラム』コラム

 大学時代の話になるが、友達同士でたわいもない話をしたり学生らしくちょっとは哲学的な議論をしたりするうちに、形勢が悪くなると安っぽいドラマの真似をして記憶喪失よろしく「私は誰?ここはどこ?」で笑いを取ってお茶を濁す、と言うのが流行ったことがある。さらに混乱している様子を表すのに両者の関係を入れ替えて「私はどこ?ここは誰?」と日本語的には成立しない文で落とすのが定番だった。

 そんな時に私がこっそり面白いと思っていたのは、これらの最終形を直訳すると英語ではちゃんと意味をなす makes perfect sense ことだった。Who is here? は「ここは誰」ではなく、誰がここに来ているのかを尋ねる疑問文として成立するし Where am I? こそ「ここはどこですか」を正しく表している。

 日本人はこれをよく間違って Where is here? と言ってしまうのだそうだ。でもこれでは「さっきから言ってる here ってどこの事?」という確認の意味しかない。ここがどこかを知りたい時はまさに「私はどこ(にいるのですか)」と尋ねないと通じない。何故なら英語の発想では「ここ」というのは今自分がいる場所を指すからだ。英語は結構、人間中心なのである。

 ご職業は?と尋ねたい時、ついつい What is your job? と言いたい衝動 temptation に駆られるが、これではダイレクトすぎるし文脈によっては「この会社で何をしているの(役に立ってるの)?」と聞こえかねない。やっぱり相手を中心に考えて What do you do? と聞く方がずっと感じが良い。同様に「お住まいは?」は Where do you live? 「ご趣味は?」は What do you do for fun? で house も hobby も登場頻度は低い。

 ただし Why 文には要注意だ。来日目的を尋ねるのに Why did you come to Japan? では詰問調でまるで警察官の職務質問みたいだ。何よ、来ちゃいけなかったの、なんて思われないためにも、ここはエレガントに What brings/brought you to Japan? で行こう。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年7月号掲載)

チャレンジします?!

2013年06月18日 | 『毎日フォーラム』コラム

 ある会社の決起大会 a kick-off meeting で社員がそれぞれ決意表明をする場面があって、一人の日本人の営業マンが声高らかに ”I want to challenge my quota!” と宣言した。日本人の管理職の皆さんがうなずく中、外国人の役員は当惑した様子でお互い顔を見合わせている。何があったのかお分かりだろうか。

 人生最大の挑戦 the biggest challenge of my life のようにぴったり来る表現があるので挑戦=challenge の公式が定着してしまったのかもしれないが、実はこの両者、視点が違う。人生最大の挑戦をするのは自分、でも英語の challenge はその挑戦の対象となる難関を指すからだ。直訳すると不自然になるので別物だと思って語法を覚えた方が安全な言葉の一つだ。

 日本語のチャレンジは多分に精神論的ポジティブな意味合いで使われるようだ。ハードルは高いけどとにかく頑張ってみます、というチャレンジ目標 stretch goals、ダメモトでプロスポーツの入団テストにチャレンジする tryout、未知なる世界への挑戦 sail in uncharted waters 等々、何かを実現するための挑戦だ。

 一方英語で a challenge to world peace 世界平和への挑戦と言う場合、世界平和を脅かすもののことで、それを確立しようとするものではない。元来言いがかりや非難を意味していて、それが試練、挑戦、難題と時代を追って定義が増えたり変わったりしてきたのが challenge なのだ。  

 そこで動詞になっても人が相手の場合、挑戦状を叩きつけるような意味合いになる。She challenged her boss to prove her incompetence.「私が無能だというなら証明して見せなさいよと詰め寄った」という感じ。また目的語が人以外の場合は We must challenge the fairness of your statement.「発言の公平性に疑問を唱える」というように正当性を疑う意味で使う。つまり件の営業マンは「ノルマに挑戦します」と言おうとして「ノルマに異議あり!」と言ってしまっていたのだった。


(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年6月号掲載)

ご機嫌いかが?

2013年05月14日 | 『毎日フォーラム』コラム

とある日本の会社の会長さんはなかなか手強い人物 hard to please らしい。表敬訪問に向かう車中で聞かされてちょっと不安になったが、幸い杞憂に終わった。クライアントの社長がアートに造詣が深いことをさりげなくアピールした上で先方の会社のコレクションを褒めるという高等戦術で満足げな笑顔を引き出すことに成功。That was brilliant! と褒めると本人も I humored him well, didn't I? と嬉しそうだった。

この humor だがユーモアだけでなくその時の気分を表す言葉で She’s in good humor.「ご機嫌だね」とか He is ill-humored.「ご機嫌斜めだ」のようにも使う。(ギャグを連発しているわけでも冗談が分からないわけでもないことに注意)。動詞として使うと、持ち上げて喜ばせる、機嫌をとるという意味になるのだ。

英語には機嫌が悪いことを表す表現がたくさんある。ディズニー版の白雪姫に出てくる不機嫌なこびとの名前にもなった grumpy、ちょっとしたことでイラッとする irritable、何かに怒っているらしい cross、すねた様子の sulky等、形容詞だけでも挙げればきりがない。不思議なのが crabby で、どうして蟹?と思ったら、横に歩くし爪を振り上げるし持ち上げようとするとしがみついて抵抗するし・・・、で偏屈な頑固者のレッテルを貼られている模様。ちょっと気の毒だ。

Are you having a bad hair day? は「どうしても髪型がうまく決まらない日なのね」、転じて「ご機嫌斜めのようね」となる。He must've gotten up on the wrong side of the bed.ベッドの左側で目覚めると縁起が悪いとされたので、こちらも下手にさわらない方が無難なオーラを出している様子を表す表現だ。

ところで、気分を表す名詞には他に mood があるが、これが形容詞となるといきなりネガティブになる。My boss is moody. は決してムードのある素敵な上司ではない。冒頭の会長さんのように、気分屋でしょっちゅう機嫌が悪くなるボスのことである。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年5月号掲載)