通訳クラブ

会議通訳者の理想と現実

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豚の年

2019年01月01日 | 『毎日フォーラム』コラム

ニュースで久しぶりに「豚コレラ」 swine fever が話題になっていた。知らない言葉ではないが何となく耳慣れない感じがすると思ったら26年ぶりだそうだ。豚インフルエンザ swine flu のような人獣共通感染症 zoonosis ではないので人にうつる心配なはい。

それにしてもせっかく来年の干支なのに、気の毒なことだ…、なんて書くと「いやいや、猪でしょう」と突っ込まれそうだが、実は日本以外の干支がある国々では year of the pig なのである。西遊記の猪八戒が豚の妖怪であることからも分かるように、本家中国では猪は豚を意味するのだ。では豚は?と思ってGoogle翻訳にかけてみたらイルカだそうな。ついでに河豚(フグ)と入れてみたらフクロウだと教えてくれる。ややこしくなってきたのでこの辺でやめておこう。

子供の頃豚の貯金箱を持っていた方も多いと思うが、一般的に貯金箱は豚の形をしていなくても piggy bank と呼ぶ。もともと pygg と呼ばれる粘土で作られた壺に小銭をためていた習慣から貯金箱が生まれ、その後、音から派生した豚の形がポピュラーになったらしい。おんぶや肩車は piggyback だが、これは語源がはっきりしないながらもどうやら豚とは関係ないようだ。

豚に真珠 casting pearls before swine なんていう聖書由来の諺があるせいでお馬鹿さんの印象が強く、pig-headed と言ったら頑固なへそ曲がりのことになってしまうが、最近の研究でひょっとすると犬より賢いかもしれないと言われるようになってきた。チンパンジー、イルカ、ゾウなどに加えてブタも鏡像認識 mirror self-recognition ができる動物として確認されている。ヒトの子供は2歳くらいで鏡に映った自分を自分だと認識できるようになるそうだ。

賢くてきれい好きで躾がしやすいとミニブタ・マイクロブタはペットとして人気が高まっているそうだが、うっかり食べさせ過ぎると160キロまで巨大化した例があるそうなので注意が必要かもしれない。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2018年12月号掲載)
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ロシアの目立ち方

2018年12月17日 | 『毎日フォーラム』コラム

アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされたIcarus「イカロス」に登場するモスクワ・ドーピング検査所のグレゴリー・ロドチェンコフ元所長はロシアの国ぐるみのドーピングの黒幕mastermindで、何と学生時代からperformance enhancing drugスポーツ選手が使う違法薬物を作る研究をしていたという筋金入りだ。身の危険を感じて国外に逃亡中の彼がインタビュー番組にメイクで変装しシャツの下に防弾チョッキを着こんで出演しているのを米国出張中に偶然目にしてしまった。

その説明によるとソチ五輪のドーピング検査を行っていた施設ではセキュリティゾーンとノーマルゾーンが隣り合っていて、境界線にある二つのラボの壁には検体容器を通す穴が開けてあった。普段はキャビネットで隠されていたというなんとも原始的な建物側の仕掛けと、世界ドーピング防止機構WADAが誇るtampering-proofいったん閉めたら絶対開かず壊すしかない検体ボトルの開け方を開発してしまったロシアの「天才」達の組み合わせで、前代未聞の規模の不正が行われたのだと言う。

結果、過去最多のメダル獲得数で日本中が大いに盛り上った平昌五輪でもvisibly absentその不在がなんとも目立ったのがロシア国旗だった。国自体の資格停止に個人資格で出場できた選手たちはオリンピック旗を代わりに背負いながらどんな思いでいたのだろう。不正を働いて手に入れたメダルにその国はどんな価値を見出していたと言うのだろう。

2年前に行ったモスクワは壮麗な伝統建築と近代的なビル群が隣り合う明るい街でそこに住む人からも共産主義の暗いイメージなどもはや感じなかったのだが、その後、その時のホストである業界団体が呆れたことに会費の不払いですったもんだの挙句国際組織のメンバー資格を失ってしまった。大統領が国を挙げての不正を指示する国ではどうやらまだ世界の常識は通じないらしい。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2018年3月号掲載)
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責任放棄と優しさと

2018年12月17日 | 『毎日フォーラム』コラム
責任放棄と優しさと

 年明けに札幌の実家に帰省したのだが、1週間もいると普段東京で暮らしている時にはついぞ使わない北海道弁がなんとなく戻ってくる。最近出来るだけ歩くことを心掛けているので、出かける用事がない日でも実家の周りの雪道を散歩していたのだが、母がすっかり東京暮らしが長くなった娘を心配してくれる。「ちゃんと手袋はいたかい?」「大丈夫、はいたよ。」そう、北海道では手袋は靴下やズボンと同じように「履く」ものなのだ。体の一部を上から下に向けて身につけるからかしらと思う。数え方も一足、二足だ。

 インクの切れたボールペンを「まだ書かさるかと思ったけど駄目みたい」と言う時の「~さる」も独特の表現だ。炊飯器のピー音に「ご飯、炊かさったみたいだからもって(よそって)」など、自分が能動的に関与していない結果を説明するのに使われる。PCのマウスやカメラのシャッターがうまく「押ささらない」とか、逆にポケットに入れていた携帯が「押ささって」電話が「かからさっちゃう」こともある。ただ自分が書いたのに「なんか変に書かさっちゃった」と言い訳するのは意図していないことが起こってしまった、不可抗力だと言っているようなものだから、責任転嫁や放棄に便利な言い回しだと言われることもある。

 母が洗って水切り籠に入れてあった食器を拭きながら片づけていたら汚れが落ちていない小鉢がある。年齢から握力も弱くなってきているのだろう。洗い直しているところを見られてしまったので「なんかこれ、きれいに洗わさってなかったからね」と説明しながら、相手のせいにもしなくてすむ、本当に便利な表現だと気が付いた。書類の表の見栄えが悪いのを指摘するのに「変なところに線が引かさってる」と、あたかもコロポックルがいたずらでもしたかのような物言いをするのが北海道人なのだ。あんまり便利なものだから意識していないとついつい言わさってしまいそうだ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2018年2月号掲載)
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犬が食べちゃった?!

2018年01月14日 | 『毎日フォーラム』コラム

戌年という事で面白かったり可愛いかったりのワンちゃん動画が色々と話題になっているようだが、その一つがアラバマ州の警察署で屈強なお巡りさんと一緒に腕立て伏せ push-ups をする警察犬。「伏せ」「立て」を繰り返すシェパードに二人の警官が合わせているだけなのだがそのシンクロ具合が絶妙で全員の強面ぶりと相まってちょっといい味を出している。

署内での彼らの所属が K-9 Unit、犬、イヌ科を意味する canine のごろ合わせでアメリカでは警察犬部隊を一般的にこう呼ぶ。ちなみにこうした数字を使った略語は広義の numeronym と呼ばれる。World Wide Web Consortium の略称が W3C なのもこの例だ。

人類の最も古い友たる犬だけに成句も多い。The dog ate my homework. は宿題を忘れた子供の誰も信じない言い訳。準備不足の部下や同僚に Don’t tell me the dog ate your homework.「しょうもない言い訳は通用しないよ」のように使える。喜びを隠せないほど嬉しそうな様子を茶化す like a dog with two tails は犬が尻尾をぶんぶん振り回す様子が想像できて面白い。同じ尻尾でも the tail wagging the dog は「尻尾が犬を振る」という逆転現象、つまり本末転倒だ。釈迦に説法の犬バージョンが teach a dog to bark、ただし、面と向かっては使わない方が良い。

「鉄は熱いうちに打て」「矯めるなら若木のうち」に近いのが You can’t teach an old dog new tricks. 老犬に新しい芸は覚えられない、と言う訳だが、実はこれ、必ずしも正しくはないようだ。成犬の方が集中できる時間も長く子犬より躾けやすいのだと説明するドッグトレーナーがいた。また、新しいことを覚えるのに時間はかかるものの、老犬の方がその後の推論、応用に優れていたという研究結果もあるという。人生百年時代ともいわれる今、人間もいくつになっても学び続ける姿勢が必要なのかもしれない。「もう歳だから」は a dog-ate-my-homework excuse になりつつある。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2018年1月号掲載)
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アクティブ・ラーニング

2017年12月30日 | 『毎日フォーラム』コラム

かつて教えていたことのある英語の専門学校では毎年生徒のスピーチコンテストを開催していて、スピーチ経験のない多くの講師が指導にずいぶんと苦労をしていた。教えられない講師が悪いのではない。英語が教えられるのならスピーチ作りも教えられるという誤った思い込みをしている雇用者が悪い。まずはその教え方を講師に教えなくては何も始まらない。だから本気で企業研修に取り組む企業はトレーナーを育てる Train-the-trainer 研修にも力を入れている。

ある高級車ブランドはディーラーの営業や技術の人材を育てるトレーナーの育成を体系的に行っている。トレーナーたちはまずイギリスの研修専門の会社が開発したモジュールを用いた3~4日間の研修を受ける。そこで学んだスキルをその後の半年間実践して習得する。その後2度目、3度目の研修を半年ごとに繰り返し最後に4度目の研修で認定を受けてようやく終了、まるまる2年間のプロセスだ。

トレーナーが習得を目指す手法が最近日本でも話題のアクティブ・ラーニング。「教える」のではなく様々な手法を駆使して「能動的に学んでもらう」と言う学習者主体のアプローチだ。テーマの導入、参加者のアクティビティの設定と説明法、その結果の発表とその間のディスカッションの進め方、最後のまとめのキーメッセージに至るまで、細かいノウハウがぎっしり詰まったメソッドで微に入り細を穿つ丁寧な指導が行われる。最後の認定では模擬セッションを行うトレーナーにこれまでの学びが生かされなかった箇所が指摘されさらに改善のアドバイスが提供される。

プロの研修を4回受け2年かけてもそうなのだ。決して簡単に身につくものではないし教える側にも深い理解と経験が必要だ。新学習要領によるとアクティブ・ラーニングが2018年から小中学校でも導入されるそうだが、それを主導する教員に対するトレーナー研修は十分な質と量が提供されることを切に願う。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2017年12月号掲載)
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「ワーク」の正しい使い方

2017年12月25日 | 『毎日フォーラム』コラム

デジタルトランスフォーメーションの時代、日進月歩で進化するデジタル技術の活用でこれまでのビジネスモデルを大胆に破壊し作り直すことが成功する企業には求められていて、そうした取り組みはいやおうなしにそこで働く人々の生活や雇用に影響を及ぼす。今の第4次産業革命に先立ついずれの革命期にも失われた職があり、新たに生まれた職種があった。

2013年にオックスフォード大学の研究者たちがはじき出した米国の47%の職が自動化される可能性があると言うもっともらしい数字が独り歩きして、今の「AIに奪われる職」議論が燃え上がっているらしい。自動化の黙示録 automation apocalypse のようなキャッチーな見出しや Automation is blind to the color of your collar.「オートメーションは(ブルーだろうがホワイトだろうが)カラーの色(カラー)を見分けられない」といった名言が生まれた。(ちなみにこの二つのカラーは発音が異なる。)

しかし未来への楽観論も多い。自動化されるのは職 job ではなくその職を構成する様々なタスクのうちの定型的 routine な部分だけなのでつまらない mundane 作業に時間を割かなくて良くなるというのは説得力のある主張だ。ケインズは孫の世代にはテクノロジーのおかげで1週間15時間労働の時代が来ると予言していたそうだが、確かにITはそもそも人間の生産性を上げるはずのもので、逆にそのおかげの常時接続で1週間どころか1日に15時間も仕事に縛られる現状には軌道修正が必要だ。

ただし自動化によって浮いた時間で付加価値を生み出せなくては意味がないので人事HRの世界では今より高度なスキルを身につけてAIによる荒波を乗り切ってもらおうという reskilling が新たなキーワードになっている。そんなにうまく行くかしらWill it work?と言う懐疑論は根強いと思う。でも今は We’ll make it work!「うまく行かせてみせる」という覚悟が問われているように思う。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2017年11月号掲載)
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「ワークする」とワークの未来

2017年12月21日 | 『毎日フォーラム』コラム

 最近立て続けに日本語で「ワークする」と言うのが使われているのに遭遇した。まず「このストラテジはボラの高いマーケットでもワークするのか」と言うはたして日本語かどうかも怪しい証券マンの発言。Does this strategy work in a highly volatile market? と訳しやすいのはありがたいが、日本人に十分伝わるのかといらない心配をしていたら、本屋で「ワークする〇〇戦略」という書名を目にして、どうやら一部では市民権を得ているらしいと納得した。唯一気になるのは「想定通りに機能する」とか「結果を出す」「うまくいく」と言う日本語では駄目だったのかしらという点だ。

 今年に入って増えたと感じる会議や講演のテーマが Future of Work だ。日本の働き方改革は減少する労働人口を現在労働市場に出ていない潜在労働力でどう補おうかという話が中心のようだが、ILOやコンサルタント会社、海外メディアがもっぱら心配しているのはAIやロボット、RPA=デジタル・レイバーにより人間の仕事が奪われてしまうと言う未来だ。

 代替されやすい仕事トップ20なんていうリストの中にはたまに通訳が入っていたりする。確かに機械に辞書を覚えさせるのではなく、膨大な量の翻訳例を覚えさせてそこから正解である確率の最も高い解を見出させるというマシン・ラーニングをベースとする Google 翻訳のここ数年の精度向上は目覚ましい。私も自分が読めない仏語や独語の資料をあっという間に英語に翻訳してもらって、たいそう重宝している。

 でも、日本語が絡む通訳はしばらくは大丈夫だろうと思う。と言うのも、そもそも文法的に正しい日本語を話せる日本人が少ないことと、文法からの逸脱パターンが人それぞれで一般化できないことを日々痛感しているからだ。ちなみにさっきの証券マン氏の発言を Google さんは Does this strategy work even in the high market of Bora? と英訳してくれた。惜しいっちゃ惜しいんだが、これではまだ通訳の現場では使えない。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2017年10月号掲載)
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結婚のアップダウン

2017年12月20日 | 『毎日フォーラム』コラム

 一仕事終えて次の現場に行くまでに少し時間があったので何気なく入った喫茶店で流れていたのはダイアナ・ロスの Upside Down、1980年リリースのディスコミュージックだ。ディスコ世代には何とも懐かしい。題名の文字通りの意味は「上下逆さま」だが日本語でも「上を下への大騒ぎ」と言うように、訳の分からない混乱状態も指す。

 句動詞 phrasal verb の常連でもある up と down は break up が名詞化して breakup 破局となり、break down も同様 breakdown で衰弱、内訳。がっかりさせる let(人)down も letdown で期待はずれ、意気消沈という名詞になる。メモする、書き留める時に使う put down には人を批判する、こき下ろすと言う意味もある。ブラックジャック由来の double down は駄目を押す。Trump doubles down on his put-down.という見出しをどこかで見た。お得意の放言を反省どころか擁護して火に油を注ぐいつものパターンが目に浮かぶ。

 意外な芸能人同士の結婚でよく言われる格差婚。女性の方が地位も収入も安定しているケースが多いようだが、英語でも特に高学歴の女性について She’s marrying down.と言う事はあっても男性が marry down したとはめったに聞かない。言いたくても穏健な表現に言い換える water down、あるいはつまるところ愛さえあれば It all boils down to love.といったあたりに着地しているのかもしれない。逆に marry up 玉の輿は男女両方にあるようだ。

 アップとダウンは和製英語でも大活躍でその使われ方は秀逸だ。本来名詞の前もしくは動詞の後に来るべきなのだが、イメージ、コスト、プライス、ペース、レベルと言った名詞の後に置かれるとあたかも動詞のように上下の動きを表現する。逆に英語にしようとすると動詞選びがなんとも面倒くさいと思わせるほどだ。でも残念なことに英語圏の人には通じない。外来語を受け入れてはアレンジしてしまう寛容な日本語の世界でのみ成立するマリアージュだ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2017年9月号掲載)
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初めましてか否か

2017年09月24日 | 『毎日フォーラム』コラム

ン十年選手のベテラン会議通訳者でも時にレセプションなどのアテンド業務に呼ばれることがある。若くてきれいな通訳者がいっぱいいるのだから、華やかな場にはそうした人選をすれば良いのにと思うのだが、ありがたいことに百戦錬磨の安心感を求める顧客も多いのだ。

数百人の顧客やビジネス・パートナーを招待する恒例のレセプションのために毎年来日するあるCEOには悩みがあった。彼の名刺を持って控える女性と遠くからでも居場所が分かるように赤い風船をもってついてくる女性、さらには必要な時に割って入る通訳者、時には大切な顧客を彼に紹介しようとする営業担当者など、小さな大名行列状態で練り歩く自分のもとに、ひっきりなしに名刺交換に訪れる参加者と、初対面なのかそうでないのかが分からないことだ。

英語では初対面か二度目以降かであいさつが異なる。前にも会っている人に Nice to meet you. 初めましては失礼だし、逆に初対面の人に Nice to see you. と言ってしまったら自分のことを調べてでもいたのかと勘繰られそうだしどうしよう、と言うので気にしなくても良いとなだめるのだが納得しない。相手が言ってくれるのを待ったら?と提案したら reserved もったいぶった感じになるのは嫌だ、と何ともネアカのアメリカ人らしく面倒くさくも可愛らしいことを言う。じゃあ、どちらか不安な時は How are you? で行きましょう、要通訳なら日本語で何とかするから大丈夫と言いくるめて、その日私は「お世話になっております」を連発した。だって、初対面だろうが何だろうがビジネス上何らかの取引があるのは間違いない。

そうこうしているうちに明らかに昔からよく知っているパートナーが上機嫌で歩み寄ってきた。CEOも両手を広げて友人とのあいさつモードに入ったところ相手が先に喜色満面 Nice to meet you!

なるほど、日本人にとってはどちらでも構わないのだね、と妙に得心して彼は帰国の途に就いた。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2017年7月号掲載)
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私の七つ道具

2017年08月23日 | 『毎日フォーラム』コラム

誰にでも七つ道具のようなものがあると思うが通訳者にもいくつか定番がある。まず同通に欠かせないイヤフォン。Bang & Olufsen の高級品を愛用する通訳者もいるが、音楽を聴くわけではないし、それよりカナル型 in-ears が苦手で交代の時にコードが絡まってもたつくのが嫌なので私は専らダブル巻取りの耳掛けタイプだ。コードに負荷がかかるので寿命は短いが消耗品 expendables だと割り切ることにしている。

パートナーとの交代のタイミングが大切なのでタイマーも必須だ。サイレントモードがあってカウントダウンとカウントアップ両方できて、文字が大きく見易いのが良い。これは数日間の出張の時にも役に立つ。初日の夜、風呂に湯を張る時にカウントアップで時間を計り、翌日からは音が出るようにしてカウントダウンする。丁度の湯量になるまでバスルームを何度も覗きに行かなくても良いというのが小さな幸せなのだ。

小型のスイスアーミーナイフで使用頻度が高いのが栓抜きと一体になったマイナスドライバー。資料のホチキス止めを外したい時に重宝する。小型の双眼鏡は投影スクリーンが通訳ブースから遠い時や資料が手元にない時の頼もしい味方。倍率が7倍もあると画面が一覧できずレーザーポインターを追っていると乗り物酔いのように気持ちが悪くなるので昔は3倍でプラスチック製の安いオペラグラスを便利に使っていたが、4倍でお洒落かつコンパクトなのを見つけた時は小躍りしたものだ。

通訳者は必ず辞書を持ち歩く。電子辞書が一般的になって重たい紙の辞書を何冊もカバンに入れて歩かなくて済むようになったのは福音だった。ところが最近通訳学校に電子辞書すら持参しない生徒がいる。調べる時はスマホだ。これも時代かと思うが実はプロにはNG。セキュリティが厳しくカメラや通信機能付きのデバイスを持ち込めない現場がある。さらに恐ろしいことに特定の事業者の携帯しかつながらない現場さえあるからだ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2017年7月号掲載)


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