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第一 捜査⑮ 強制採血・強制採尿

2005年01月29日 | 刑事訴訟法
一 概説
1 問題の所在
  血液、尿という人の体液は、体内のアルコール濃度、麻薬・覚せい剤使用の有無が問題となる事件において、直接証拠として決定的な役割を果たす。捜査の必要性という観点からは、被疑者が任意の採血・採尿に応じない場合に、強制的に採血・採尿する必要性は極めて大きいといえる。強制採血・強制採尿が強制捜査であることは疑いないが、憲法及び刑訴法はその許否及び許容要件につき明文の規定を置いていない。したがって、強制採血・強制採尿が必要な場合に、捜査官はいかにすべきかが問題となる。これには大きく二つの問題が含まれている。
  第1は強制処分法定主義から明文の規定がない以上強制採血・強制採尿という捜査方法はそもそも許されないのではないかという問題、
  第2は、許されることを前提にして、その法形式(捜索差押令状、身体検査令状、鑑定処分許可状のうちいずれによるべきか)及び具体的方法の問題である。

2 指針
  第1の問題点は、明文の規定のない強制的契機を含む捜査方法の是非の問題(強制捜査と任意捜査の項参照)とも関連するが、先の問題が主に盗聴や写真撮影等、権利侵害の態様がいわば無形的である捜査方法についてそれが強制捜査といえるか否かが議論されているのに対し、強制採血や強制採尿は、強制捜査であることについてはほとんど争いがなく、人体の損傷を伴う採血行為や、精神的な屈辱感を与えずにおかない採尿行為は、強制捜査としても許される限界を超えているのではないかということが議論されており、その議論の力点が異なることに注意してほしい。いずれにしろ明文の規定がない捜査方法である点については、盗聴や写真撮影と共通であり、強制採尿についての最決S55.10.23が示した解決方法(捜索差押令状によるとしながら、身体検査令状に関する218条5項を準用)は盗聴や写真撮影の問題を考える上で参考になる。

二 強制採尿

1 カテーテルを使用しての強制採尿(直接強制)は許されるか
(1) 否定説
  理由:①強制採尿は、屈辱感等の精神的打撃を与え、被疑者の人格の尊厳を著しく害する。
   ②身体を傷つける可能性及び人の生理機能に障害を与える可能性は否定できない。
(2) 肯定説(通説)
  理由:①他に有力な捜査方法がない以上、捜査の緊急的必要性から強制採尿も最後の手段として許容されるべきである。
   ②強制採尿は、屈辱感等の精神的打撃を与える行為であるが、検証としての身体検査においても同程度の場合がありうる。
   ③尿の任意提出に応ずれば容易に回避できるのにそうしなかったのであるからやむを得ない。
   ④医師等これに習熟した技能者によって適切に行われる限り身体上ないし健康上格別の危険性は比較的乏しく、仮に障害を起こすことがあっても軽微なものにすぎない。
  ※肯定・否定いずれの説に立つかは、被疑者の人権と捜査の必要性を比較しどちらを重くみるかの価値判断によるものであり、どちらが優れているとも言い切れないが、肯定説が通説である。答案を書くに当たって、否定説をとる場合には、肯定説の論拠への十分な反論が必要である。

2 強制採尿の法形式
(1) 身体検査令状説
   検証としての身体検査も、身体の外表のみの観察にとどまるものではなく、殊に、身体検査に付される条件(218条5項)の内容として医師等の専門家を補助者として行われる限り、鑑定の場合に準ずる程度の内部検査が許されて然るべきである。
  批判:①検証としての性質上その範囲は身体の外表の観察か、せいぜい肛門等の体腔を外部から検査する程度にとどまるべきである。
   ②医師等を実際上の実施者とするにしても、専門的知識・技術を要する事項について、法律上は捜査機関を主体として行うという体裁をとることになり不自然であり、かつ、実体とかい離し責任の主体を不明確にする。
(2) 鑑定処分許可状説
   体液の採取は、事柄の性質上医師等の専門家によって実施されなければならないものであり、またその体液は鑑定に付されることが通常予想されるものであるから、鑑定に必要な処分(225条、168条1項)として位置づけるのが最も適切である。
  批判:捜査機関の嘱託による鑑定には、裁判所の命令による鑑定について認められる直接強制の規定(172条)が準用されておらず(225条)、法文上は、直接強制、すなわちカテーテルによる強制採尿は許されないのではないかという疑問が残る。
(3) 鑑定処分許可状と身体検査令状併用説(従来の実務及び多数説)
   鑑定処分許可状と身体検査令状を併用し、前者でその目的を達し得ないときは、後者により直接強制し、その実施に鑑定人を立ち会わせることにより強制採尿をすればよい。
  批判:いったん体液の採取等は身体検査令状ではできず、鑑定処分許可状によらなければならないとしながら、直接強制の点になると、身体検査令状を再び持ち出すのは、余りに便宜的な解釈である。
(4) 捜索差押令状説
  最決S55.10.23の立場
  理由:①体内に存在する尿を犯罪の証拠物として強制的に採取する行為は、捜索・差押の性質を有するものと見るべき。
   ②尿は体液であるとはいっても、いずれは排泄される全く価値のない存在であり、その意味で、例えば体中に嚥下された異物などと基本的に異ならない。
   ③カテーテルという強制採尿方式は、その性質上、対象者の差恥心を害し、精神的苦痛を伴い、人権侵害にわたるおそれがある点では、一般の捜索・差押と異なり218条5項が準用されるべきであって、令状の記載要件として、医師等による実施を要する旨の条件を付することにすれば足りる。
   ④採尿は医師によって行われるが、得られた尿の検査はまた別個の化学者等によって行われるのが通常であるから、前者はむしろ後者の鑑定に供する資料の獲得を目指す捜索・差押として捉えるのが手続の実体により即した解釈である。
  批判:①捜索・差押は「物」の占有の取得を目的とする処分であるが、体液のような身体の一部は「物」とはいえない。
   ②捜索・差押は専ら捜査機関がこれを行うことになっており、性質上医師等の専門家により実施されるべき体液採取のための法形式としてふさわしくない。
 ・最決S55.10.23の要旨は以下のとおりである。
  「体内に存在する尿を犯罪の証拠物として強制的に採取する行為は捜索・差押の性質を有するものとみるべきであるから、捜査機関がこれを実施するには捜索差押令状を必要とすると解すべきである。ただし、右行為は人権の侵害にわたるおそれがある点では、一般の捜索・差押と異なり、検証の方法としての身体検査と共通の性質を有しているので、身体検査令状に関する刑訴法218条5項が右捜索差押令状に準用されるべきであって、令状の記載要件として、強制採尿は医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載が不可欠であると解さなければならない。」
(5) 検討
   法形式については、どの説についても欠点があるが、この決定により実務では、捜索差押令状説で固まったといってよい。この決定にも批判のとおり全く難点はないとはいえないが、少なくとも強制採尿に関しては、最も理論的難点が少ないといえる。

三 強制採血
1 強制採血と強制採尿との関係(最決S55.10.23を踏まえて)
(1) 血液も尿と同様体液であるから、基本的に強制採尿におけると同様の議論が成り立ちうる。ただ、第一の問題については、強制採尿においては屈辱感等の精神的打撃を与えることが問題になったのに対し、強制採血では、身体に必ず損傷を与えることが問題となる。それと共に、強制採尿を必要とする犯罪が、覚せい剤取締法違反というかなり重大な犯罪であるのに対し、強制採血が酒酔運転・酒気帯び運転という比較的軽い犯罪であることから、その必要性についても違いがあるといえる。
(2) 法定刑でみる限り事件の重大性は覚せい剤事犯などに比してずっと低いが、他方、
 ①体内のアルコール分は消失が速く、検知の緊急性が高い。
 ②採血の方法は身体に若干の傷を与えるもののその程度は軽微なものにとどまる。
 ③採取される血液も比較的少量である。
 ④採尿の場合のような屈辱感等の精神的打撃をそれほど与えるものではない。
  以上の諸点から、強制採血はその必要性、手段・方法の相当性を有する限り、許容性を有するといえるであろう。

2 強制採血の法形式
(1) 基本的には強制採尿と同様、身体検査令状説、鑑定処分許可状説、併用説、そして捜索差押令状説、いずれの説も考えられる。
(2) しかし、強制採尿における最決S55.10.23が、強制採血に直ちに適用になるかは以下の点で疑問がある。
 ①生体の一部は差押の対象とならないという場合、血液は、生体の必要的構成要素であって血液の方が尿よりも生体の概念に当てはまりやすいこと。
 ②血液の採取には必然的に身体の損傷が伴うこと。
 ③血液には財産的価値がないとはいえないこと。
(3) したがって、採血については、捜索差押というよりも検証としての身体検査と鑑定処分の複合的性格が強いことから、実務の取扱いである併用説が相当であろう。