たまにはよしなしごとでも書きましょう。これはたくさんのニンフたちの中で、唯一かのじょが描いたものです。前にも出しましたが、今回は名前をつけてみました。
ほかのニンフたちは目が強いが、この絵だけは半眼に弱めている。かのじょにはこれが描けるのです。ですがほかの画家はきつい男なので、ちょっとこれが難しい。
自分を半眼に抑えてみなを愛していくのが女性の本願だというのに、ほかの画家にはなかなかこれが描けません。目を閉じていたり半眼にしている絵もあるのですがね、なかなか男性的強さをごまかせない。
まあ、女性も、男性的に自分を強くして、勉強せねばならない時期もあります。そういうことも知っていなければ、男性の心を理解することができない。自分というものを立てることができません。
自分の主座を半歩神にゆずり、愛となってすべてを愛していくのが女性の正しさでありますが、その自分を確かに立てていくには、時に男性的に自分を前に押し出していくことも必要なのです。
女性の愛が、確かにこの世界に表現されていくためには、根元で女性の自分がしっかりと立っていなければならない。ゆらがぬ本当の自分自身であっていなければならない。そういう意味で、ヴィーナスのニンフたちは今、半ば男性となって自分を勉強しているところなのです。
その過程の中で、醜く腐ってしまいがちな、女の甘えというものも乗り越えていかねばなりません。弱さゆえに男性に依存しすぎる女性の愚を、克服していかねばなりません。
女性が女性として完成するためには、男性をも深く学ばねばならないということです。
美しい女性となるために、ニンフたちはあらゆることを学んでいかねばなりません。