会社の倉庫にある仕事道具や備品は、
申請すれば社員が自由に使う事ができます。
自分も時々お世話になっているのですが……
「社長、ハシゴとチェーンソーを
借りたいんだけど良いかい?」
ある日の仕事あがり。
倉庫にある中で1番大きなチェーンソーと
1番高いハシゴを指さした同僚。
「それは構わないけど……
そんなに大きなやつ、何に使うの?」
「庭の枯れ木が日増しに傾いてきてね
それがまた、わりと大きな木でさ
倒れたら家が潰れちゃうから、
細かく切って片付けちゃおうかなって」
家が潰れるって……
軽く言うけれど、結構深刻では⁉︎
「大木の伐採だなんて、大仕事じゃないか
1人でやるのは大変だし危ないよ
明日は皆で伐採の手伝いをしよう」
社長の提案で、
皆で同僚の家に行くことに。
色々と緩い会社だけど、
このアットホームさは嫌いじゃない。
そんなわけで
本日は同僚の家に集合。
ピサの斜塔のようになった枯れ木が、
遠くからでも目立っています。
「ずいぶんと傾いたね」
「雨で地盤が緩んだみたいでね」
「風が強い日も多かったしね」
のんびりと雑談を挟みながら、
それでもテキパキと進む作業。
力仕事が得意な自分は、
細かく切られた枯れ木を運ぶ役割りです。
「ご近所さんが薪として持っていくから、
玄関先に積んでくださいな」
「はい」
出迎えてくれたお孫さんの指示に従って、
どんどん積み上げられてゆく枯れ木。
なかなかのボリュームです。
「祖父からミルさんの話はよく聞いてます」
「へえ……」
「社長が頼めば何でもするって」
やらされてるんだよ
社長の無茶振りには毎回、
大変な思いをしているんです。
嬉々として挑んでいるとは思われたくない。
「祖父が褒めていました
実に多芸だと」
芸って言うな
「前の会社では才能が埋もれていたって
ミルさんが、こんなに面白い人だとは
思わなかったって言っていましたよ」
芸人としての才能かな?
自分では芸人ではなく、
職人だと思っているのですが──……
もしかして、自称?
自称、職人っていう扱い?
他称は芸人だったり……?
ああ……
なんだか急に、
秋風が冷たいな……
「ははは……
秋空が目に染みる……」
「すっかり秋になりましたからね」
「秋っぽいこと、何かしてみた?」
「私は読書の秋を満喫していますよ
漫画喫茶で漫画を読んでいるだけですが」
マンガか……
最近、読んでないな……
「でも私って漫画の内容にも
リアル感を求めるタイプで……
矛盾点やご都合主義な部分があると、
急に冷めて楽しめなくなっちゃうんです」
「へぇ……
例えば、どんな?」
「主人公の設定でよくある、
『ごく普通の学生・社会人』ってやつです
平凡で目立たないはずのヒロインなのに、
なぜか注目を浴びまくるんです‼︎」
まぁ……
主人公に親近感を抱かせるためには、
そういう普通っぽさも必要なのでしょう。
最近ではチート系の、
強い主人公の話も多いらしいけれども。
「私が特に解せないのが、
『おもしれー女』扱いしてくる、
癖のある俺様系彼氏の存在っ‼︎」
「え、あ、はあ……?」
「ヒロインは平凡で地味なんですよ⁉︎
特徴がないのが特徴なタイプなんです‼︎
なのに少し関わっただけで、
『お前といると退屈しないな』とか、
『お前みたいな女は初めてだ』とか、
『気になって目が離せない』って‼︎
何故か関心持たれまくりなんです‼︎
明らかに設定と矛盾してるじゃないの‼︎」
一気に言い切った
ヒートアップするお孫さん
いや、言いたいことはわかりますが……
「しかも次から次へとトラブル続き‼︎
一難去ってまた一難の繰り返し‼︎
何故か執拗に巻き込まれるヒロイン‼︎
目立たない女をピンポイント狙い‼︎」
「ま、まあ……
何かしら起こらないと、
そもそも話が進まないから……」
特に何も起こらないような、
日常系ストーリーも嫌いじゃないけれどね
「そして大抵の場合、
何故か目を褒められるんです‼︎
『いい目をしている、気に入った』とか、
『その瞳の輝きを信じてみよう』とか‼︎
平凡地味子に特殊な眼力なんか無いっ‼︎」
アルコール、入ってます?
だんだんお孫さんの姿が、
飲み屋で愚痴る客に見えてきました……
「なんか、もう……
そういうご都合主義な部分が気になって、
素直にストーリーを楽しめなくて……」
「ま、まあ……うん……」
「それを祖父に愚痴ったら、
すごく的確なアドバイスをくれたんです
主人公をミルさんだと思えと」
何故⁉︎
なんの脈絡もなく、
突然巻き込まれたよ⁉︎
「それ以来、主人公の姿を
ミルさんに脳内変換しています」
「……お、おう……?」
ええと
言いたいことや、
突っ込みたいことが山ほどあるけれど
とりあえず──……
爺さんや、
妙なアドバイスするな
「ごく普通(自称)の主人公で、
地味で目立たないタイプ(願望)だと」
なんか一気に物悲しい
「私がどうしても解せなかった、
『おもしれー女(男)』発言も、
ミルさんが言われてると思えば、
妙なリアリティがあって納得できますし」
芸人的面白さかな?
「話を聞いてるだけで面白いですから
絶対に見ていて飽きないだろうし、
次の展開が気になって目が離せない‼︎
むしろ私が俺様彼氏の立場になって、
ミルさんをガン見したいまであります」
見せ物じゃねぇ……
そして爺さんよ
一体何を、どんな風に話したんだ……
「相次ぐトラブルだって
主人公がミルさんなら、
『また社長に無茶振りされてるのね』
ってお約束の展開で納得できるでしょ?」
納得は出来ねぇよ⁉︎
こっちは毎回、
解せぬ思いで一杯だよ⁉︎
「目を褒められる展開も、
ミルさんの目力なら説得力あるし」
実際には目力で得をしたことよりも、
苦労したことの方が多いです
この無駄に眼力があるせいで、
やたらと不機嫌に思われたり、
睨んでいると思われたり……
そして誤解を生まないように、
必要以上に笑顔を意識するせいで、
今度はチャラい印象を持たれるんだ……
「ミルさんのおかげで、
最近は漫画を楽しめています」
素直に喜べねぇ……
「昨日読んだ学園モノの漫画も、
主人公が乗っていたバスが
不運にも事故に遭うのですが──……
たまたま布団を持っていたおかげで、
無傷で助かるというオープニングで」
さすがに無理がありませんか⁉︎
大丈夫なの?
その突拍子のなさは、
冷める要因ではないの⁉︎
いや、まあ
本人が楽しく読めているのなら、
それに越したことはないのだけれども……
腑に落ちねぇ
全ての薪を積み終えたところで一休み。
庭もずいぶんと見通しが良くなりました。
足元ではヒナギクが揺れています。
手頃なサイズの庭石に座って
伐採を終えた切り株を眺めていると、
秋風が頬と髪を撫でるように吹き抜けて。
というより髪を引っ張るように──……
いや
これ
なんか本当に、
物理的に後ろ髪引かれてるぞ?
「……?」
振り返ると、視界に入るのは毛玉。
ぽわぽわの毛玉が髪にぶら下がっている。
「にゃー」
ああ
猫か
…………。
………………。
いや待て‼︎
なぜ猫が自分の髪に⁉︎
「その子ね、うちの猫
人懐っこくて可愛いでしょ?」
懐きすぎです
「毛糸や紐で遊ぶのが好きな子だから、
ミルくんの髪にも反応したのかな?」
「にゃー」
いや
あの
遊ぶというより、
絡まっていますが
「ちょっ……
これ大丈夫なの?」
「……んなー……」
迷惑そうな顔をするな
「ふしゃー‼︎」
「ちょっ……
暴れないで‼︎」
荒ぶる猫を騙し騙し、
何とか髪の中から救出──……
と、同時に
顔面にヒット
「わぷっ」
ダイナミック猫吸い
ちょっと痛かったけれど、
ふわふわの感触は、ある意味ご褒美。
「ミルくん大丈夫?」
「ええ、なんとか
本当に人懐っこい子ですね」
片付けを終えた同僚に、
猫を回収してもらいながら
最後のモフモフを堪能……
猫も犬も大好きです。
この毛の感触がたまりません。
「きゃー‼︎
ミルさん、血が‼︎
鼻血が出てる……‼︎」
「え」
触ってみると、
確かに濡れています。
さっき顔面に猫をくらった衝撃のせいかな。
「このくらい大丈夫だから
確かカバンにティッシュが──……」
「救急箱‼︎
救急箱っ‼︎」
落ち着け
大丈夫だから‼︎
このくらい、いつものことだから‼︎
「はい、これ使ってください‼︎」
テンパったお孫さんが、
両手で差し出してきたのは──……
絆創膏
いや
気持ちは嬉しいけど
どうしろと
これ、鼻血だから‼︎
絆創膏もらっても困るから‼︎
鼻に詰めるわけにもいかないし……‼︎
とりあえず──……
「可愛い絆創膏だね……?」
社長からもらったティッシュを詰めながら、
絆創膏のデザインを褒めてみる
目にも鮮やかなそれは、
ポップでキュートなキティちゃん柄
「私、サンリオ好きなんです」
「へえ……」
「この絆創膏、
きっとミルさんにも似合いますよ」
似合うといわれても
勢いに流されて受け取ってしまった、
可愛らしすぎる絆創膏を手にしばし思案。
この柄、わりと目立つな……
まぁ、消耗品だし。
人から見えないところに貼るなら大丈夫‼︎
ありがたく使わせてもらいましょう。
そんなわけで
本日は同僚の家で、
薪積んで漫画の主人公に重ねられて、
猫くらって絆創膏もらった1日でした。