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三神工房

2006年1月11日から約8年、OcnBlogで綴った日記・旅日記・作品発表は、2014年10月gooへ移動しました。

玉すだれ

2012-09-27 | 日記・エッセイ・コラム

9月27日(木) 通勤途中、団地の中を歩いている最中であった。
秋の日にしてはき<wbr></wbr>つい朝日の下で、今正に一斉に口を開けた!
と想わせるような花<wbr></wbr>の勢いに押され、恥も外聞もなく携帯を
取り
出し、しゃがみ込んで<wbr></wbr>写真を撮った。それはまるで生簀の中の魚
が餌に群れて、口を開く<wbr></wbr>かの如くだった。

中学生の時だったか、親父と二人湾内の生簀<wbr></wbr>へ渡り、漁師が餌
をやる際に見た光景を思い出した。それを見ていて(これなら釣
<wbr></wbr>れる!)と、あさはかにも思い、やがて生簀の外へ向かって糸を
垂<wbr></wbr>らして釣るのだと知った。時は流れ、人は別れ、思い出となる。

花はスイセンか?とも思った<wbr></wbr>が、会社へ出て調べると、玉すだれ
!?らしい。花言葉「汚れなき<wbr></wbr>愛・期待」とある。その姿は、愛と
いうよりも、期待そのものの様<wbr></wbr>である。まあ、汚れのない愛という
のも、一方的な期待に満ちたプ<wbr></wbr>ラトニックラブかも知れないが。

三神工房

 

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17世紀の日本と中国

2012-09-26 | 日記・エッセイ・コラム

今も暇を見つけて、なんとか読書を持続している。読書は、たいて
い出張の際と、相場は決まっている。

過去30年に渡り、神戸と長崎をなんど往復したことか。恐らく、年
平均で10回は行き、毎度1泊はしている。漫才ではないが、単純
計算すれば、10年で100回になるから200日、30年で最低600日
(約1.64年)は長崎にいたことになる。

だが最近移動時間で本が読めない。昨年まではJRを使っていた
のだが、今は神戸空港からSkymarkである。JRの時は、自宅を
朝の6時には出て、西明石から岡山・博多乗換えで、長崎到着が
おおむね12時頃であった。それが今は、朝7時に出て9時の便で
長崎空港到着が10時過ぎ。うまく行けば11時には市内に入る。

だがその結果、読書の時間が細切れになり、集中出来ないでの
である。たしかに目の力も弱っている。かつて30代後半で老眼の
兆しがあり、高い眼鏡を買ったものの、その際店員から、運転・ゴ
ルフはご法度と言われ、「どないせいって言うのや」と、金を払い、
レンズは元の近眼に戻させ、結局遠近両用はどこかのタンスへ。

それから一念発起して、視力回復運動を朝・昼・晩と実行。ある日
重役から呼ばれ「大丈夫か?何か悩みがあるのか?」と聞かれ、
訳を聞くと、「毎昼、課長は席で指を見つめてじっとしています」と、
部下から重役へご注進があった由。(それは、あなたのお陰で、
色々悩みが)とも言えず、「単なる視力回復運動です」と答えた。

お陰で、当時0.03であった視力は、今では0.5~0.7と回復。眼鏡
通常は不要になり、老眼もどこかへすっ飛んでいた。しかし齢60
となり、そろそろ目も(くたびれた)と、言い始めているのである。

よって読む本を選び始めている。今凝っているのは、中公文庫の
「日本の歴史」である。特に16世紀から17世紀を読んでいる。

中で、面白い記事を見つけた。正保3年(1646年)正月のことで
ある。時の将軍は徳川家光、三代将軍である。長崎奉行から、
急使が届き、中国は明の国から援軍の要請が入ったのである。

16世紀の後半、秀吉を朝鮮半島から追い出した明が、北方から
興った大清(後の清国)に圧倒され、急速に国運が傾いたので
あった。加えて大飢饉と農民一揆の混乱に乗じて、清に関内へ
攻め入られ、消え去ろうとしていたのである。家光も苦悩した。
だが結局、徳川は秀吉の轍を踏まず、派兵は実行しなかった。

読めば読むほど、ワクワクしている。いつかその思いを物語に!
と夢を見ている。なんとか実業を全うし、目の使える間に実行
したいものだと思っている。20年先を走る先達のブログを拝見
する度に(きっと夢は果たせる!)と、今はそれが信念である。

三神工房


TVドラマ

2012-09-25 | 日記・エッセイ・コラム

日曜日の夜9時といえば、古くから某企業名を冠する番組である。
今週の日曜日に終わったドラマも、けっこう面白く見た。

また明日から仕事だという、トラウマの様な気持ちも、もうあと何年
かすれば、毎日が日曜日になるかも知れないと思うと、けっこう楽
しめるというか、楽しまねばと思いつつTVを見る日曜の夜である。

だが今回の最終回を見て、愕然としたことがある。なんかCMが多
いなと思いつつ、時計を見ながら数えてみた。すると09:30の段階
でなんと6回のCMがあったのである。1つのCMが15秒としても、
放映時間54分の内に12回あれば実際の放映時間は42分となる。

まあそれはいい。CMによってはドラマよりもドラマ性があったりして、
それはそれで面白い。しかし問題はドラマ本編の製作が、なんとい
うか短兵急になっている。これは小説もその傾向にあり、物の本に
よれば昔の「起承転結」が今は「起転結」であり、文も短くなった。

だが、54分のドラマが3分刻みで分割され、そのすべてで山がある
ような気がする。つまり4コマ漫画の早送りのように見える。役者の
言葉も短い。背景に関する説明というか深みが感じられないのだ。
これでは役者の消耗度も早くなる筈である。要は、飽きが早まる。

初老の戯言である。だが、このまま行くと、10年後はどうなるのか。

私は、学校を出て、自分の給料で車を買ったのは、たしか25歳の
時だった。それまでは親父の車を借りていた。念願のマイカーは、
本田のCITY。それを10年乗った。そして35歳で子供の頃から憧
れていた日産のBLUEBIRDに乗った。今、3代目のBBである。

車の耐久性は、昔と比べれば格段に良くなった。恐らくメンテをす
れば20年位は乗れる。なぜなら、カンボジアの街では1990年頃の
日本車はざらである。今は右ハンドルは輸入禁止となったが、前に
輸入された右ハンドルが多少残っていて、見かけると懐かしい

資本主義の大前提で、ものは消費されねばならない。売上は右肩
上がりでなければならない。だがその結果はどうであろうか。街の
目抜き通りは神戸でさえ昔の面影はない。これは人口減少だけの
問題ではない。そろそろ考え直さなければならない時期であろう。

コマ送りの速くなったドラマを見続けると、きっと刺激の欲しい若者
は、自分の人生の先を見ずに、毎日毎日あるいは毎時間毎時間、
起転結がなければ「つまらない」と感じるであろう。欲しいものがあ
れば、借金を先送りしてでも、直ぐに手に入れたくなるであろう。

やはり、なにかが間違っている。故に、今度の選挙は、たとえ白票
でも、投票に行こうと思う。そして、常に現場では、「儲ける」ことと、
「金もうけ」は違うことを言い続け、出来得ることなら実業に於いて
実践していきたいと思う。だが今、その方策に頭が痛いのである。

三神工房


「ロスジェネの逆襲」

2012-09-20 | 日記・エッセイ・コラム

久しぶりに痛快な物語である。バブル世代とロスジェネ世代の闘
いを描いた、「ハリウッド映画的ストーリ」とも言えるのではないか。
人物描写も、読むうちに俳優を思い描けるような、筆力がある。

作家、池井戸潤氏は1963年生まれの49歳。豊富な銀行の知識
と経験を生かし、読ませる小説である。なにがいいかと言って、
主人公の生きざま、その背景に貫かれた矜持に、ぶれがない。

物語には、「鬼」を殺して凱旋する”おとぎ話”から始まって、なん
でこんなことを書いて面白いのか?と首を傾げるものもある。い
ずれにせよ、読む(見る)方に取っては、勧善懲悪物が楽である。

しかし設定の中で悪役を演じる方にも家族があり、人生がある。
勝っても負けても人生というものは世知辛いものと決まっている。
それが資本主義と言えばそれまでだが、いつの時代も戦である。

生きるために戦うのであれば、絶対に勝たねばならない。ただ戦
うべき相手は鬼でもなく仇でもなく、そして家族のいる悪役でもな
い。それはあくまで己である。男はそれを矜持とせねばならない。

三神工房


宮参り

2012-09-05 | 日記・エッセイ・コラム

垂水へ事務所をかまえて以来、毎月の晦日あるいはお一日に、
お隣の海神社をお参りする。最初の頃は、お賽銭を払い、なに
かと祈っていた。しかし、こんな小銭で、こんな大層なことを願う
のはいかがなものか、と思い、今は「所信表明」に留めている。

今月のお一日のことである。暑さと時間の都合上、脇の通用口
から入り、本殿に向かった。通用口は小さな門扉がある、本当
に貧相なものであるが、その脇にはちゃんと水場があり、手を
清められるようになっている。脇門は対面にもう一か所がある。

私は、申し訳程度に手を洗い、口を濯ぎ、本殿前に向かった。
すると本殿の賽銭箱の前に、前屈みになった老婆が一心不乱
になにごとかを祈っていた。後姿にどこか鬼気迫るものがある。
私は出しかけた財布を手に、手前灯篭の脇で、待つことにした。

正式なお参りとは、賽銭箱の手前に下がった縄で鈴を鳴らし、
まずは神を呼び、そして徐に「二拝二拍手一拝」して祈るのが、
正式な作法であろう。もちろん、神社へ入るのは、正面の鳥居
を潜って入らねばならない。そういう作法であり決まり事である。

私は待っていた。老婆は何事か口ごもり、手を合わせて祈る。
一分・二分・・・。終わらない。するとそこへ、対面の脇入口から
若奥さん風の女性が入ってきた。(そこには水洗いはないが)
そして本殿前に至り、バックから財布を出しながら、私を見て、
そして老婆を見た。そして老婆の後ろで、ハタと立ち止まった。

そして10秒・20秒・30秒。女性も我慢した。だが老婆は一向に
拝むのを止めようとしない。首を小刻みに動かしながら、時折
顔を揚げて本殿を拝み、また一心不乱に何事か呟いていた。
女性は、一瞬私を見て、動いた。老婆の脇に立ち鈴を振った。

老婆は、目が覚めたかのように、背を伸ばし、脇を見て、再度
一礼して拝むのを止めた。そして何事か若い女性に言おうと
したが動きが遅く、女性はさっさと願い事の短冊を取り、本殿
前から消えた。相手を失った老婆は振り返り、カモを見つけた。

若い女性が来た脇門と同じ方角から、杖をついた別の老婆が、
ようやっとといった風に、本殿の柱に寄り掛かっていた。老婆
二人でややこしいので、最初の老婆をA、後続をBとすると、
A婆は柱にやっと持たれかかるB婆に、説教を始めたのである。

A婆:「お宮参りをする時は、ちゃんと正面の赤鳥居をくぐって
入るのが作法です。脇から入って、拝んではなりません。」

B婆:「そりゃあそうかも知れんが、わたしゃ足が悪くて・・・。」

私は、二人のやり取りを聞きながら、やっとお参りを済ませ、
水場のある脇門から会社へ向かった。(作法とは、誰のため
にあると思っているんや。人の迷惑も知らず、一人お参りの
場所を不法占拠していたんは誰や)と、毒づきながら消えた。

あと、二人の老婆がどうなったか知らない。しかし、その後に
心に浮かんだ言葉を、暑さのせいで5分後には忘れていた。

(人間、自分の姿を見るのは難しい。しかし、ひょっとして、
俺も自分の生きざまで、誰かの迷惑になっているのかも。)

9月に入った。長い夏の暑さも、ようやく朝夕の裾から綻びを
見せ始めている。今年の夏の出来事も、やがては、すべて
新しい思い出となるのであろう。せめて行く夏を惜しみたい。

三神工房