垂水へ事務所をかまえて以来、毎月の晦日あるいはお一日に、
お隣の海神社をお参りする。最初の頃は、お賽銭を払い、なに
かと祈っていた。しかし、こんな小銭で、こんな大層なことを願う
のはいかがなものか、と思い、今は「所信表明」に留めている。
今月のお一日のことである。暑さと時間の都合上、脇の通用口
から入り、本殿に向かった。通用口は小さな門扉がある、本当
に貧相なものであるが、その脇にはちゃんと水場があり、手を
清められるようになっている。脇門は対面にもう一か所がある。
私は、申し訳程度に手を洗い、口を濯ぎ、本殿前に向かった。
すると本殿の賽銭箱の前に、前屈みになった老婆が一心不乱
になにごとかを祈っていた。後姿にどこか鬼気迫るものがある。
私は出しかけた財布を手に、手前灯篭の脇で、待つことにした。
正式なお参りとは、賽銭箱の手前に下がった縄で鈴を鳴らし、
まずは神を呼び、そして徐に「二拝二拍手一拝」して祈るのが、
正式な作法であろう。もちろん、神社へ入るのは、正面の鳥居
を潜って入らねばならない。そういう作法であり決まり事である。
私は待っていた。老婆は何事か口ごもり、手を合わせて祈る。
一分・二分・・・。終わらない。するとそこへ、対面の脇入口から
若奥さん風の女性が入ってきた。(そこには水洗いはないが)
そして本殿前に至り、バックから財布を出しながら、私を見て、
そして老婆を見た。そして老婆の後ろで、ハタと立ち止まった。
そして10秒・20秒・30秒。女性も我慢した。だが老婆は一向に
拝むのを止めようとしない。首を小刻みに動かしながら、時折
顔を揚げて本殿を拝み、また一心不乱に何事か呟いていた。
女性は、一瞬私を見て、動いた。老婆の脇に立ち鈴を振った。
老婆は、目が覚めたかのように、背を伸ばし、脇を見て、再度
一礼して拝むのを止めた。そして何事か若い女性に言おうと
したが動きが遅く、女性はさっさと願い事の短冊を取り、本殿
前から消えた。相手を失った老婆は振り返り、カモを見つけた。
若い女性が来た脇門と同じ方角から、杖をついた別の老婆が、
ようやっとといった風に、本殿の柱に寄り掛かっていた。老婆
二人でややこしいので、最初の老婆をA、後続をBとすると、
A婆は柱にやっと持たれかかるB婆に、説教を始めたのである。
A婆:「お宮参りをする時は、ちゃんと正面の赤鳥居をくぐって
入るのが作法です。脇から入って、拝んではなりません。」
B婆:「そりゃあそうかも知れんが、わたしゃ足が悪くて・・・。」
私は、二人のやり取りを聞きながら、やっとお参りを済ませ、
水場のある脇門から会社へ向かった。(作法とは、誰のため
にあると思っているんや。人の迷惑も知らず、一人お参りの
場所を不法占拠していたんは誰や)と、毒づきながら消えた。
あと、二人の老婆がどうなったか知らない。しかし、その後に
心に浮かんだ言葉を、暑さのせいで5分後には忘れていた。
(人間、自分の姿を見るのは難しい。しかし、ひょっとして、
俺も自分の生きざまで、誰かの迷惑になっているのかも。)
9月に入った。長い夏の暑さも、ようやく朝夕の裾から綻びを
見せ始めている。今年の夏の出来事も、やがては、すべて
新しい思い出となるのであろう。せめて行く夏を惜しみたい。
三神工房