背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

海へ来なさい【13】

2009年09月21日 16時23分57秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降

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郁は手の甲を口に当て、堂上の言葉を繰り返した。
「お、お前の好きにしろって、どどどどういう」
噛んだ。思いっきり。
でも堂上は笑いもせずに、「言ったとおりだ」ともう一度キス。
郁は息もできない。目をぎゅうっとつぶる。
そんな彼女をするりとベッドの上に押し倒して、
「つまり、こういうことをしてもいいってことだ」
と堂上は郁に実際にやってみせる。
郁は堂上が悪さを仕掛け始めたあたりをブロックするように、膝と膝を慌てて寄せた。
あ、篤さんてばっ。
必死で足掻くが、押さえ込みの体勢になると堂上はびくともしない。自分より上背はないものの、岩のように動かなくなる。そのことは、二人の関係が教官と教え子だったころ、柔道の時間、寝技に持ち込まれたときから郁は身をもって知らされていた。
しかし、夜の堂上はなおさら手ごわい。それは二人が恋人同士になってから初めて郁が知ったことだった。
「――ふ、不謹慎でしょ。毬絵ちゃんがあんなことになった日に、こんなことするなんて」
やっとのことで唇をもぎはがし、喚く。しかし堂上は「そうか?」と首をわずかに傾げて見せた。
「不謹慎てことはないだろ。ひとまず、大事ないって分かったんだから」
「でも明日検査があるんだよ」j
「異常はない」
「どうしてそう言い切れるの?」
今度は郁が怪訝そうな顔をする番だった。
そんな郁に向かって、至極当然といった風に堂上は言った。
「小牧がついてるんだ。毬絵ちゃんの検査結果に異常があるはずがない」
「――は」
郁の全身から一気に力が抜けた。
抵抗しなくなった妻を、「どうした?」と堂上が覗き込む。
「はは、――そっか。そうだよね」
郁は笑った。堂上に組み敷かれたまま、気がつくとくつくつ笑っていた。
「郁」
堂上が困惑を浮かべて呼んでも、郁は肩を揺すって笑い続けた。
やっぱ、すごい。あたしのだんな様って。
只者じゃ、ない。このひとって、すさまじいポジティブシンキングっていうか、なんていうか。
あたしの不安なんて、たった一言で吹き飛ばしてしまう。
まるで風が雨雲を吹き流してしまうみたいに。
ひとしきり笑ってから、郁は言った。
「うん。小牧一正がついてるかぎり、なんともないよね。毬絵ちゃん」
声に力が漲っている。海ではしゃいでいたときのように。
それに気がついて堂上は郁の顔に顔を寄せた。
「なんで笑う? 何か変なこと言ったか。俺」
「ううん、全然」
郁は首を振って堂上の肩に手をかけた。
ぐい、と自分のほうに引く。
今度は唇を奪いに行く。長いくちづけになった。
「――っ」
「篤さん、大好き。世界中でいっちばん、好き」
ようやく解放して、郁は満面の笑みでそう言った。
堂上は虚を衝かれたように一瞬目を見開き、次の瞬間にはそれを優しく細めていた。
郁の短い髪をくしゃくしゃにしてやりながら、
「何でそんなに嬉しそうなんだお前。言ってみろ」
「だめ。教えない」
「教えろって」
二人でじゃれあう。すっかり日に焼けぱさぱさになった髪を乱された郁が、堂上の腕から逃がれながら、
「やだよ。どうしても知りたいんなら力づくで聞けば?」
そう言って着ているバスローブの襟元を押さえ込んだ。
それが、OKのサインと分かるまで、数秒かかった。
ややあって堂上はにやりと目を眇め、「望むところだ」と郁に再びのしかかった。


「今頃堂上夫妻はえっちでもしてるのかしらねー」
何気なく、ぽつりと呟いた柴崎の言葉に、手塚がビールを派手に吹き出した。
向かいにいた柴崎も、もろ、飛沫を浴びる。
きゃあ、と声をあげてベッドの上とびすさった。
「汚いわね、何やってんの」
「お、お前な……、いきな……、何を、」
そのままむせて、言葉にならない。長い身体を二つに折って、げほげほげほと、咳き込み続ける。
ソファでのたうつ様があまりにも苦しそうなので、柴崎も心配になった。
「あんた、大丈夫?」
「き、きかん……はいった」
切れ切れに言葉を紡ぎだしては、息を必死に整える。
ようやく呼吸が元通りに戻って、はあ、と手塚は大きく息をついた。
そして、じろりと柴崎を睨みつけて言った。
「お前、たとえ心の中で思ってても、そういうデリカシーのないこと言うなよな。失礼だろうが」
上官に対してか、はたまた自分に失礼だと言っているのか。
はっきり言わなかったが、おそらくそのどっちもだろう。
ばか。わざとデリカシーのないように言ってんのがわかんないの。
拗ねた思いをビールとともにぐいと喉に流し込み、柴崎は、
「だって、気になるんだもの。あんただって、たとえ心の中で思っててもってことは、やっぱ想像しちゃうんでしょ」
と返す。
「ノーコメントで」
「ずるい。あんたばっかりいい子ちゃんぶるのやめてよね」
「ぶってなんてない。お前に比べたら、俺なんか生粋のいい子ちゃんだよ」
「まったく。そのとおりかもねー。第一あたしとこうしてこういうところにいるってのに、指一本触れようとしないんだから。いい子ちゃんを通り越して、不感症? って疑いたくなっちゃうって感じ?」
「……」
さすがに手塚は口をつぐんだ。
ビールの缶をローテーブルに置く。その音から、中身がもう殆ど空だということが察せられた。
怒ったかしら。むっとした? ちらとそんな思いが柴崎の脳裏を掠める。
しかし、
「お前、ばればれ」
平坦な声が返ってくる。
「無理して挑発するなよ。みっともない」
柴崎は自分の耳を疑った。
「みっともない?」
今そう言った? 聞き違いじゃなくて?
このシチュに全然合わない台詞でしょうが。
目を白黒させる柴崎に向かって、手塚は言う。
「ああ。お前のクセな、それ。怖くなって二進も三進もいかなくなる前に、先制攻撃仕掛けようとするの。自分から爪立てて、相手のリアクション引き出して、逃げ道断ってことに臨もうするだろ。分かってるよ」
「――なに、それ」
図星だった。という実感はなかった。
そういう視点で、今まで自分のことを見つめたことがなかったから。
でも手塚が分析する自分の心理は、あながち外れてはいないような気がした。
それが悔しくて、ムキになった。
この場面では、動揺するのは自分ではなく、あんたのほうでしょ。そんな焦りも助長した。
「知ったような口きかないで。そんなこと、どうしてあんたに分かるのよ」
「分かるよ。お前のことならなんでも」
さらりと手塚が答える。その平然とした感じがまた癪に障る。
同時に、そう言われて、舞い上がってしまうほど嬉しい気持ちがこみ上げてくるのが分かって、そんな自分を認めたくなくて、柴崎は言い募る。
「なんでも分かるっていうの。じゃあ当ててみてよ。今あたしが何を考えてるのか」
「……子どもだなー」
深々とため息をついて、手塚が首の後ろに手を当てた。
うんざりしたという風ではなく、何と言ったらいいのか困っている様子だった。
柴崎は黙ってそれ以上何も言わない。手塚は根負けしたように、やれやれとばかり頭をわずかに回した。こき、とちいさな音がする。
そして、
「まあいいか。お前が言えって言うんなら言うさ。
お前、今怖いんだろ。非常事態とはいえ、俺と二人きりでこんな場所に閉じ込められて。
俺とはいちおうそういう仲だし、この状況じゃ、寝なくちゃいけないだろうって、そうしなきゃまずいだろうって考えて、ほんとのところはすごく困ってる。そうだろ」
手塚はまっすぐ柴崎の眼を見て言った。
柴崎は手塚の言葉を聞いているうちに、耳たぶがぽおっと熱を帯びていくのを感じた。
それが飛び火したように、次には胸が熱くなった。
まるでアルコール度数の強いお酒を一気に呷ったみたいだった。ビールでこんなに酔うはずない。そう思いつつバスローブのその部分を鷲摑みにした。パイル地に指先がきゅっと食い込む。
そんな柴崎から目をそらさず、手塚は続けた。
「安心しろ。今夜、お前には指一本触れないから。別の部屋で、――そのう、堂上夫妻がどれだけお楽しみの時間を過ごしていようと、そういう誘惑には負けないから。
約束する。だから、そんなに警戒しなくていい」
怖がらなくていいんだ。
そう言ってから、手塚は目許からふっと力を抜いてみせた。

【14】


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2 コメント

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ほっとします (たくねこ)
2009-09-23 10:19:43
最近、手塚を書かれる方を増えてきましたけど、LaLa版の影響かオチとか郁を良く見せるための猿回し的扱いが多いんですよね。なので、安達さんのところで、柴崎と対当に渡り合う手塚を読むと、(゜-゜)(。_。)ウン(゜-゜)(。_。)ウンと安心できます。こういう手塚、大好きですっ!!!
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私は別冊Ⅱ以降の彼のイメージで (あだち)
2009-09-24 07:52:54
書いております故。。。LaLaでどういう役回りを手塚が演じているのかは分からないのですよ。(コミック待つ派なんです。)
別冊のころが弓さんの手で漫画化されれば、きっとえらいカコイイ手塚をあちこちで拝見できるようになるということですよっ。明るく考えましょー(描いてくれたらね…遠い目・汗)
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