背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

海へ来なさい【14】

2009年09月23日 19時19分02秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降


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柴崎はうろたえる。
まさか、こういう切り返しがくるとは、想定外だった。
今宵、成り行きでラブホテルに自分と缶詰になった手塚は、こっちの顔色を窺っておたつくか、はたまた困りきってしまうか、いずれにせよそれに似た反応を示すものとばかり思い込んでいた。
しかしそれは自分の希望的観測だったのだと柴崎は今になって気がつく。――あたしは、この男がこんな羽目になってどぎまぎするところを見たかったのだ。
そうしてそれを可愛いわねーなんておちょくりながら、そのままベッドインでもしてしまえばいい。そう高を括っていた。
そうすればきっと怖くないから。――シリアスなムードに押しつぶされてしまわずに済むから。
内心を見透かされていたことに、柴崎は激しく動揺していた。
手塚は同じトーンで話し続けた。
「お前がさ、あの事件のダメージからまだ完全に立ち直れてないのは、なんとなく伝わる。男に対する根源的な不信感も払拭できてないよな。あんなひどいことされたんだ。女の人の気持ちには疎い俺だけど、でも、お前が今考えてることぐらいなら分かるんだよ。たぶん」
「……あんたに対して、不信感なんか微塵もないわよ」
ふて腐れたように呟いてしまった柴崎に、かすかに笑みを見せる。
「うん。サンキュー」
「そこでお礼言うのって変じゃない?」
「そうか。でも、素直に嬉しいけどな。
とにかくさ、俺は待つつもりだから。お前が、俺にそうして欲しいって自然と思えるようになるまで、いくらでも。無理強いはするつもりはない。
お前を手に入れるまで今まで何年もかかったんだ。お前を抱くのが少しぐらい遅くなってって、どうってことない。だから安心して今夜は休め」
な。そう頷きかけて、手塚は締めくくった。
優しい、この上なく優しい表情で。
柴崎は思い出す。この顔は、知ってる。あの夜、街灯の下で大泣きするあたしを抱きしめてくれたときも、こんな顔をしていた。
手塚は今、あの時と同じ目をしている。
卑劣なストーカーにほしいままにされそうになった。間一髪というところで救われた。
その後、手塚と気持ちが通じた。ようやく素直になれた。嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。つないだ手を離したくなくて、ずっと握っていたのはあたしのほうだった。
思わず言葉に詰まる。
幾億の星が降ってくるのを眺めるときのような幸福な感覚が、柴崎の元へ再び舞い戻ってくる。でもそれとは別に、真っ白な幸せのベールに何か黒々とした一点の染みのようなものが滴り落ちた。そんな感覚があった。
……なんだろう。この違和感は。
柴崎は、自分の胸にじわりと広がる不穏な感情の正体を掴みあぐねていた。
それを見極めようと、そっと手を伸ばしてみる。
「ねえ、そんなこと言うんだったらさ、もしもあたしが5年も6年も、とても男の人と肉体的接触なんて無理、って言ったら、あんた、我慢してくれるわけ?」
さすがに手塚はう、と詰まった。でも、しばし逡巡したのち、
「……するしかないんなら、すると思う。いや、するさ」
無理矢理頭を縦に振った。苦渋の顔つきで。
本気でそう言っているのは目を見れば分かる。瞳は真剣な光を湛えていた。
そのまっすぐさに打たれながら、柴崎は軽く失意を覚えていた。
失意?
「もっと長くかかるかもよ。それでも?」
なぜか詰問調で、柴崎は尋ねる。
手塚はそれでも頷いた。いや、項垂れた、というのが正しいように顎をちいさく引く。
「……うん」
「なんで? だってそんなの普通じゃないでしょ」
自分で振っておきながら、柴崎は口にしてしまう。
完全に萎れた風情の手塚は、笑みの残骸を目元に貼り付けたまま柴崎を見た。
「確かにそうかも。でも、お前が俺のこと、本当に欲しいと思ってくれなきゃ、そんなことしたって寂しいだけじゃないか。俺は、お前が俺に触ってほしいって、心から思えるようになるまで待つよ。そう決めたんだ」
「――ちょっと待って」
何自己完結してるのよ。そう思った瞬間、言葉が柴崎の口をついて勝手に出ていた。
「あんた、勝手よ。なんでそうなっちゃうの」
半分、腰をベッドから浮かしかけていた。
前に乗り出す体勢になって、手塚に食って掛かる。
「勝手?」
意外な言葉を聞いたとでもいうように、手塚の眉が片方跳ねる。
「そうよ。勝手にあたしの心理分析して、勝手に決心して。――そりゃあ確かにあんたの言うこと、当たらずといえども遠からずってところもあったけど、……言っておくけど根本的に何か間違ってるからそれ」
「何が間違ってるっていうんだ」
手塚としては、気持ちの限りを尽くしたつもりだった。今、自分が柴崎に対してできる、最善のことはそれだろうと考えに考え抜いて、言葉にして差し出した。
それだけに、頭から否定されて手塚はさすがにむっと眉をひそめた。
膝詰めで柴崎は続ける。いーい、と前置きしてから、
「確かにあたしは例のことからまだ完全に立ち直っていないかもしれない。それは否定しないわ。自覚もある。だからってね、あんたと肉体的接触をもたないのとは別の話よ。だいたい、5年も6年もセックスしないなんて、あたしが我慢できないわ。
あたしは今すぐにでもあんたと寝たい。それが事実よ」
言ってしまってから、手塚の顔を見て、自分が大それたことを口にしてしまったことに柴崎は気づかされる。
手塚はぽかんと口を半開きにして、呆気に取られていた。
――い、今何て言ったの、あたし。
この柴崎麻子ともあろう者が、こ、こともあろうに、今すぐにでも寝たいとか言った? ねえ言っちゃった?
内心激しく動揺するも、いったん口にした言葉はもう引っ込めることができない。
ええい、と腹を括り柴崎は半ば自棄気味で続けた。
「そうよ、悪い? あたしはあんたとしたいわ。もうずっと前から思ってた。ほんとのこといえば、付き合いだす前からよ。
でも、あんたはあの事件の後、修行僧みたくなっちゃって。何を遠慮してるのかぜんぜんキスより先に進もうとしないし。今だって……。
大事にしてとは言ったけど、それって手も触れないで見守っていてほしいってのとは違うんだから」
もう、いい加減察してよ。
柴崎はそう言いたいのをぐっとこらえる。手塚にその辺の微妙な女心を分かれと言うほうが無体だと自分が一番知っているからだ。
案の定手塚は怪訝そうに柴崎を見返している。
「だって、お前、男にああいうことされるの、まだ抵抗あるんだろ。だから、俺は……」
手塚は言葉を濁したが、後に続く台詞は容易に予想がついた。
「我慢してたんでしょう。ずっと。今だって」
「……」
返事がないのが答えとなる。
柴崎はじれったくて頭をかきむしりたい気分だった。
「だからあ、他の男じゃ嫌なの、もちろん。あんたは例外なの。っていうか、もうここまできたら最後まで言ってやるけど、あんたとじゃなきゃ、絶対に誰ともしたくないの、セックスなんて。
――もう、最低! 分かってよ、それぐらい。なんで女のあたしにこんなこと言わせるのよッ」
最後は半分泣きたい気分だった。声がぶれたかもしれない。
手塚は唖然というか、鳩が豆鉄砲食らったというか、そのどちらもブレンドしたような、えもいわれぬ表情でしばし呆然と柴崎を見つめていた。
いや、毒気を抜かれたというべきか。
激高したせいで肩で息をしている柴崎に、「……麻子」と声をかけたのは、ずいぶん時間が経過してからのことだった。
恥ずかしさのあまり俯いていた柴崎が、ぴくんと肩を震わせ顔を上げた。
手塚と視線が合う。
「……今、名前で呼んだ?」
と訊くと、あれっという顔をして見せて、手塚は、
「そうだったか。無意識だった」
と言った。
さっき、怒鳴るように本音をぶちまけたときにはなんともなかったのに、下の名前を呼ばれたと分かった瞬間、柴崎は両の頬がぼんっと熱を放つのが分かった。
慌てて顔を手で押さえる。照れが伝染したのか、手塚もそれとわかるほど赤くなって柴崎から目を外した。
「いや、なんだか、自然と。――呼んでた。すまん」
麻子。
いま初めて呼んだのに。ずっと前から彼女にそう語りかけていたような、そんな気がした。

【15】


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1 コメント

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ぞくぞくします (たくねこ)
2009-09-24 10:13:13
この二人のやり取り、丁々発止っていうんでしょうか、ゾクゾクしちゃいます。
うん、こういう手柴、大好物だっ!!!
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