背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

海へ来なさい【12】

2009年09月20日 06時04分16秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降


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手塚がバスルームから出ると、間接照明の中柴崎がベッドでうつぶせになっているのが見えた。
バスローブの裾から覗く、かたちのいいふくらはぎの白さに思わず胸が鳴る。
無理やりそこから視線をはがして、「寝たのか」と声をかけた。自分でも、怒ったような、不機嫌な声になったことに気がついた。
内心の動揺が出てしまった。
「起きてるわ」
上体だけ起こして、柴崎が手塚を見る。肩からシーツに長い髪が滑り落ちた。
バスローブ姿の手塚を前にしても、特に表情に変化はない。いつもの口調で尋ねた。
「何か飲む?」
「ああ。ビール。――いや、ミネラルウォータかな」
言って、備え付けの冷蔵庫に向かう手塚に向かって柴崎は声をかける。
「アルコールじゃなくていいの」
「うん」
本心としてはこんなシチュ、飲まなきゃとてもじゃないが平静ではいられない心地だったが、万が一のために酒は止めておこうと手塚は自制した。
「……心配しなくても、急に天気が回復して出発できるようになりました、なんてことにはならないと思うわよ?」
手塚の思考を読んだかのように、柴崎が口を挟む。
「それに、たとえ回復しても真夜中じゃね。さっき、決めたじゃない。深夜の行軍は自重しようって。堂上夫妻と」
別々の部屋に入る前に、明日の朝の待ち合わせ場所と時間を簡単に打ち合わせておいた。
ホテルのフロント(ラブホテルでも、フロントというのかどうかあやしいが)に頼んで、JAFに電話してもらったらどうかと手塚は提案した。が、堂上はこうなってしまった以上、急ぐことはないだろうと鷹揚に返した。業者を呼びつけ車を直してもらい、大雨の中、夜を徹して帰るよりも、このまま朝を待ってさまざまな手配を整え出発するほうが安全だし確実だと。
急いてはことを仕損じる。――今日の件で堂上はそう痛感していたし、これ以上判断ミスをするわけにはいかないという思いが強いようだった。
堂上が出ないと言うのなら、もうここから、夜の間は出ることはない。
だから、飲んでもかまわないのよと柴崎はさりげなく促したつもりだった。
しかし手塚はミネラルウォータのボトルを取り出して封を切り、一口煽りながら言った。
「お前こそ飲めばいい。疲れがとれるだろ」
「あたしはべつに疲れてなんかいないもの。運転もしてないし」
「そんなことはないだろ。昼間、毬絵ちゃんがあんなことになって、だいぶショックだったはずだ。そのあとも警察とか病院とか、事務的なことをとりはからってくれてたし。自分が思ってるよりずっと疲れてるよ」
自然といたわる口調になる。柴崎はなんだかこそばゆそうに微笑んだ。
「……ふふ」
「なんだよ」
「ん。ちゃんと見てくれてるんだなあって」
「ばか。当たり前だろ」
少し照れた風に手塚がボトルを傾ける。
その喉仏が上下するのを眺めながら柴崎は言った。
「あんたが付き合ってくれるんなら飲んでもいいわよ。っていうか、飲りましょ。寝酒。ちょっぴりならいいでしょ」
そしてベッドから降りてすたすたと冷蔵庫に向かう。中からビールを二缶取り出してプルリングを開けてしまう。片方をぐいと手塚に押し付ける。強引に。
「あー、お前なあ」
困ったように右手に缶ビール、左手にミネラルウォータのボトルを持つ手塚。その缶に柴崎は自分のビールの缶を押し当てた。
「はい、かんぱーい」
ぐいっと一口含んで、目の高さまでそれを掲げる。
「美味しい」
開けてしまった以上は飲むしかあるまい。手塚はため息をついて、自分も缶のふちに口をつけながら訊いた。
「いったい何に乾杯なんだよ」
毬絵ちゃんの事故にしろ、台風に足止めを食ったことしろ、なんら目出度がる要素もない。ふてくされ気味の手塚に向かってこともなげに柴崎が言う。
「そりゃ、【二人の初めての夜に】に決まってるでしょ」
思わず手塚は含んだビールを吹き出しそうになった。


俺の不注意を、一緒に詫びてくれてありがとう。
「篤さん……」
そう言って背後から自分を抱きしめる堂上の腕に、郁は手をかける。
ぽんぽんと、二三度はたいた。結婚する前から、彼が頭を撫ぜてくれるときの優しい手つきをなぞるように。
「謝ることはないよ。当たり前でしょ。夫婦だもん」
肩越しに見やると、目が合った。郁は揺れる。
篤さんは打ち明けてくれた。だったら、あたしも……。
「篤さんに、あたしも謝らなきゃならないことがある」
「俺に? お前が?」
身体を少し離して、意外そうに堂上が目を細める。
郁はためらった。打ち明けるのをではなく、どう話そうか迷ったからだ。
堂上の視線から逃れるように、伏し目がちに郁は話し出した。
「毬絵ちゃんを海辺に引き上げたら、心拍はあったけど呼吸がなかった。篤さんはすぐさま人工呼吸を始めた。あたしも補助をした。無我夢中だった。だと思ってた。けど、あたしは――」
郁はそこで言葉を区切る。
堂上はじっと彼女を待つ。静かな黒い瞳をしていた。
篤さんは軽蔑するかもしれない。あたしの言うことを聞いたら。
怖い。でも、胸にしまっておくことはできない。
息を吸って、一息に話した。
「あたしは、やだった。毬絵ちゃんに人工呼吸をする篤さんを見てるの。見ていたくなかった」
とても堂上の顔を見られない。郁は自分の手元に視線を落とした。
「ひどいと思う? 毬絵ちゃんが死にかけてるのに、助けたいけど、篤さんやめて、そんなことしないでって心の中で叫んでた。
――あたし、やな女だ。っていうより人として最低」
言い切った。石の塊を吐いたような苦しさが喉の奥に広がる。
言って郁はうなだれた。それと同時に「思わない」という声が返ってきた。
郁は弾かれたように顔を上げる。
間近に、堂上の顔があった。
表情に一片の変化も見せず、堂上は静かに郁を見つめていた。
そして、
「ひどくない。最低だとも思わないよ」
郁がほしかった言葉をそのままくれる。
言いようのない安堵感が襲ってきて、郁は自分が考える以上に緊張していたことを知った。
ひっそりと息をついて、「……本当?」と訊く。
「篤さんに幻滅されたらどうしようって思った」
「俺は幻滅なんてしない。お前に限ってはな」
堂上は言って、郁の頭にぽんと手を置く。
そして額をくっつけるようにして目を覗き込んだ。
郁は色素が薄い。髪の色と同じ、こげ茶色の虹彩が間近でくるめいている。
「却って嬉しい気もする。やきもち焼いてくれたんだな」
言いながら堂上が郁の頭をかいぐる。
くしゃっと前髪が目に掛かり、郁は片目をつぶった。
「あの場面でやきもちなんて、あたしもまだまだだ。未熟だって痛感した」
妻として、堂上の気持ちは揺るがないという自信はあるつもりだった。でも、毬絵の唇に何度も重なる堂上の唇を見ていたら、気持ちがぐらついた。心臓が胸を食い破るくらい激しく鳴って、苦しくて苦しくて、気が遠くなりそうだった。
今でもあのときのことを思い出すだけで、頭の芯がぼうっと酸欠のときのようにぶれてくる。
堂上はなだめた。
「なんとも思われないほうが悲しいだろ、夫として。嬉しいよ。でも、お前でさえそうなんだ。俺は小牧に殺されても文句は言えないな」
はっ。
堂上の呟きを聞いて郁が顔色を変える。見た目、それと分かるほどうろたえた。
「そそそそうだよ。小牧一正にも見られたんだよね。ど、どうしよう」
「何をいまさら」
堂上は笑って郁に顔を寄せた。唇をふさぐ。
「――んっ」
「これでさっきの人工呼吸はなし。リセットだ。
それでも、まだお前がこだわるのなら、あとはお前の好きにしろ」

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2 コメント

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夜…夜です… (たくねこ)
2009-09-20 12:43:48
こ、これは、夜ですかっ!!って夜なんですけど、夜ですかっ!!
飲んだら、飲んだら…えっと、大人しく待ってます
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夜ですが (あだち)
2009-09-22 17:43:29
まだ宵の口ですかね(^^;;
このじれったさ、どうにかしてくれ~!とおっしゃるかたは、どうぞ「夜」の部屋へお越しくださってストレスを吐き出してくだされば…ナンテ。汗
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