わたなべしょーごの多「自」争論

都内で音楽活動中「わたなべしょーご」のブログ。普段は垣間見ることの出来ない一面を紹介。ライブネタ他。

外は白い雪の夜(5)(完結)

2008年01月16日 | Weblog
「カランカラン・・・」

19:02。時夢放流のランプを見つめ、ドアを開けたら、小気味良いベルの音が空気に溶け込んだ。
寂しい女の背中と空気に一瞬息を呑む。

「いらっしゃい・・・」
マスターは昨日も逢ったかのように静かに、微笑んでいた。

何も言わず、席に座ると、彼女は目も合わせず、手に取った小説を読んでいた。。。
真新しいマニキュアの赤と、ドライマティーニがそっと二人の空気を和らげている。

「今夜は、大事な話があるんだ・・・」
自分でも驚くくらい平静を装っていた。
目の前にI.W.ハーパーが静かに置かれた。


彼女はそっと、小説を閉じた。

***

ドライマティーニのグラスの淵をそっと指で撫でた後、初めて彼の目を見つめた。
数年前とは比べものにならないほど、店に人はいない。

「この店の名前を聞いた時から、気付いていたわ」
涙が頬を伝う。もうこれ以上、彼の目を見つめられない。

「何年になるかな?」

「・・・」
言葉にならない感情が、涙となり、溢れる。

「最初に出逢ったのもここだったね、確かあの時、、、」

「もう、、、いいのよ」
何が?何がいいの?結局、何も変わらなかった。

***

傷つけあった時間に終止符を打つ。そのためにここへ来た。
彼女の髪から、漂う香りが悲しい。
こんな思いをするくらいなら・・・などと考えても彼女の涙がそれを許してはくれないだろう。

時間だけが過ぎ、タバコを見つめて彼女が言う。

「そのタバコで終わってしまうのね」

急な言葉と、彼女の涙にただうなずくしか出来なかった。
彼女は吸い終わったタバコを並べて涙を流している。

『サヨナラ』

タバコでなぞった言葉。11本のタバコ。
最後のタバコに火をつけて、彼女の目を見つめた。彼女の指輪がそっと音を点てた。。。

***

泣いてしまった。
グラスに映る私の顔は、化粧も崩れ、ひどい顔だった。

「最後にもう一度化粧をさせて、最後くらい綺麗でいたいじゃない」
精一杯強がって、そして笑顔になれた。


やがて時間は過ぎ、外は白い雪が降っている。
彼の最後のタバコを『サヨナラ』と並べ、席を立つ。マスターは優しく微笑む。

店を出ると、いつものように彼の背中を見つめ、彼の影を踏み、歩いていた。

帰ったら思い切り泣こう。
明日からまた新しい時間が二人を包むのだから。


彼の影は街頭の明かりに照らされ、長く、遠くまで続いていた。


(おわり)


***


「外は白い雪の夜」
歌:よしだたくろう / 詞:松本隆 / 曲:吉田拓郎

大事な話が君にあるんだ 本など読まずに今聞いてくれ
ぼくたち何年つきあったろうか 最初に出逢った場所もここだね

勘のするどい君だから 何を話すか わかっているね
傷つけあって生きるより なぐさめあって 別れよう

だから Bye-bye Love 外は白い雪の夜 
Bye-bye Love 外は白い雪の夜


あなたが電話でこの店の名を 教えた時からわかっていたの
今夜で別れと知っていながら シャワーを浴びたの哀しいでしょう

サヨナラの文字を作るのに 煙草何本並べればいい
せめて最後の一本を あなた喫うまで 居させてね

だから Bye-bye Love 外は白い雪の夜 
Bye-bye Love 外は白い雪の夜


客さえまばらなテーブルの椅子 昔はあんなににぎわったのに
ぼくたち知らない人から見れば 仲のいい恋人みたいじゃないか

女はいつでも ふた通りさ 男を縛る強い女と
男にすがる弱虫と 君は両方だったよね

だから Bye-bye Love 外は白い雪の夜 
Bye-bye Love 外は白い雪の夜


あなたの瞳に私が映る 涙で汚れてひどい顔でしょう
最後の最後の化粧するから 私を綺麗な想い出にして

席を立つのは あなたから 後姿を見たいから
いつもあなたの影を踏み 歩いた癖が直らない

だから Bye-bye Love 外は白い雪の夜 
Bye-bye Love 外は白い雪の夜


Bye-bye Love そして誰もいなくなった 
Bye-bye Love そして誰もいなくなった
Bye-bye Love Lu…
Bye-bye Love Lu…
Bye-bye Love Lu… 
Bye-bye Love Lu…

外は白い雪の夜(4)

2008年01月13日 | Weblog
「トゥルルル・・・、トゥルルル・・・、ただいま電話に・・・」

携帯電話を閉じた。
電話に出なかったのは、仕事中からか、まだ時間が早かったからか、それとももしかしたら、、、今夜の別れをもう一度考え直しているのかもしれない。理由は知るすべも無かった。

もう一度電話をした。
すぐに彼へ電話が出来たのは、気持ちの整理がついている証拠だった。

「トゥルルル・・・、トゥルルル・・・、ただいま電話に・・・」
留守番電話に、平静を装う。


「忙しいところごめんなさい。今日仕事が早く終われそうだから。19時には行けるわ。また電話します。」


時が培ったものは、彼への愛と、この別れなのかもしれない。


朝起きて、会社に病欠の電話を入れ、一人、部屋でテレビを見ていた。
いつもは見ることの無い平日のホームドラマ。
ヒロインは、傍から見れば滑稽なほど男を愛している。

「バカな女・・・」
つい口元が緩む。


"男を縛る強い女"
"男にすがる弱虫女"
以前彼が話した女の種類について。

『君はどっちだろう?』
結局、彼は

『両方かな?』
と、答えを出したが。。。

今思えば私は
"男にすがる弱虫"かもしれない。
女はみんなそうかも。。。このドラマのヒロインの様に。


今、16時。
シャワーを浴びる。
昨夜、泣かなかったせいか、目は腫れていなかった。
今夜は一番綺麗でいよう。またこの部屋に帰ってきて、一番にお風呂で泣こう。
あと、8時間後、ここで。
今夜はいくら泣いたっていいんだから。それまで。。。
堪えていた一筋の涙は、シャワーの水に紛れて、頬を伝う。

今夜、抱かれることは無い。
多分、多分。。。でも、いつも彼の前では綺麗でいたい。
最後、今夜だけは。


お風呂から出て、暫くした後、電話が鳴った。
彼からだった。
一通りの会話をし、19時の約束をし、電話を置いた。
なんだかあっけない会話だった。
いつもの様に。

化粧はいつもより乗りが悪い。
思えば睡眠不足だし、何より、ずいぶん歳を重ねていた。
そう、あのころよりずっと。

そして、赤いマニキュアを綺麗に塗りなおし、捨てようと思っていた写真に目を落とす。
昨夜ベッドの上で何度も見直した彼の写真。いつもカメラの前ではおどけて見せていた写真の中で、唯一真正面からまじめな顔で撮った写真。

「あの人、こんなに鼻が高かったっけ?」

独り言を合図にゴミ箱へ放り込む。


いつものスーツにいつものバッグ。
そしていつもの香水。

18:30には店に着く時間。
晴れやかに家を出た。


(つづく)

外は白い雪の夜(3)

2008年01月12日 | Weblog
「ピピピピ・・・・・」

目が覚めると同時に、答えは出ていた。

目覚まし時計の音ははいつまでも部屋の中を繰り返し、繰り返し走り回っている。
何度か止めた筈なのに、身体は動かず、今日は何度もやり過ごした。

いつもより3時間遅い朝食。
今日は会社を休もう。
今まで、欠勤なんてインフルエンザを患った時ぐらいしかなかったのに。
今日は、インフルエンザに感謝した。


昼過ぎ、それでもいつものようにスーツを着込み、玄関で二度、靴紐を結びなおす。
いつもと変わらない時間が過ぎている。変わっているのは、僕の心と、太陽の高さくらいだ。
行く当てもなく、電車に乗れば、今までと変わらない景色が違って見えた。


喫茶店に入り、コーヒーを注文した。彼女によく似た店員だった。

喫茶店のコーヒーより、それは変わらない。
変わるはずの無い、答えだった。
彼女とは同じ時間を過ごした事実もまた、変わらないだろう。


何時間、こうしていただろう。
店員の目が煙た色に変わったのは僕が吸っているタバコのせいじゃなく、居座った時間のせいだと気付くまでに多少の時間がかかった。
そんな風に、彼女の心に居座り続けた僕は、やっぱり煙たかったのかもしれない。
答えと現実は、変わらない。


「ブブブブブ・・・・」
携帯電話のバイブレーターが、その時間を告げた。

(つづく)