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先日紹介した「劇画 ヒットラー」は面白かった。第二次大戦の勉強になるし、ヒットラーの人物像もわかる。
しかしヒットラーという題材はやはり「ゲテ物」なのだろうか。世紀の大虐殺者なので、気軽に漫画化できないのかもしれない。それに敢えて挑んだ水木先生はかなりの大物だ。
あとがきによるとこれは約30年前に描かれた漫画で、当時の雑誌「漫画サンデー」で編集側から「自由にやって欲しい」と言われて始めたそうだ。(漫画サンデーは現在の週刊少年サンデーとは一切関係無いらしい。)
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お楽しみの中身を紹介していこう。表紙裏からヒットラーの遺書がバーンとデザインされている。うわあ、ダーク!
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始めに主な登場人物の紹介があるのだが、このヒットラーのやる気の無い顔。水木先生の画風は承知していたつもりだが、のっけから主役ヒットラーがこんな脱力具合だとツライ。
しかし、本編ではちゃんと生気溢れる絵柄になっていたので大丈夫だった。安心して欲しい。
この人物紹介ページの図は、本編中の一カットのヒットラーを加工したものであった。どうも先生直筆ではなく、他人がトレースしたものらしい。後付けで人物紹介ページを作るために描かれたもののようだ。紛らわしいことはやめてほしい。
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本編の絵は雰囲気がよく出ている。写真のように、非常に細かく書き込まれたリアルな背景と、いわゆる水木絵キャラが融合した画期的な作画。背景から当時のドイツ・オーストリアの街並みや建築の雰囲気が伝わってくる。白黒の画面が、このような背景画や水木絵に効果的に作用し、ある種の「凄み」が出ている。
水木先生は普通の絵もとても上手い。本編に登場する人物は水木絵キャラが多いが、しばしばりりしい劇画絵キャラも出てくる。この使い分けの妙!まさに匠である。
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特筆すべきは章ごとの凝った扉だ。ナチスの資料写真を使用した劇的なカットや、悪魔や死神になぞらえられたヒットラーの絵がヤバイ。
写真はヨーロッパ絵画風の悪魔達と空を駆けるヒットラー。なんとおどろおどろしい扉絵だ。本編中にはこんな扉絵が幾つかある。
このように水木先生は本作品で、単なる歴史上の人物としてのヒットラー像から、イメージをさらに昇華させた。しかもそれを文章ではなく、絵で具体的に描いてしまった。こんなヒットラー像は、少なくとも日本漫画界では前代未聞ではないだろうか。
貧乏絵描きの青年からやがて狂気を帯びた政治家となるヒットラーは、まるで化け物のようだ。荒涼殺伐としたラストシーンが印象的だった。こんな作品を描いた水木先生がある種化け物だ。
先生による「あとがき」がまた、やってくれる。あとがきのタイトルが『ヒットラーさん』。
先生は当時、リアルでヒットラーの登場をメディア(新聞・ラヂヲ、映画だと思われる)を通して見てこられた。
ナチスは結局ロシアと対戦して破滅した。
『当時あまりものを知らない18才の少年の私ですら、対露戦は冒険だ、と思ってみていた』そうだ。
ナチスが対露戦に踏み切った理由を『ヒットラーがなにか神秘力をもっているような気がして、ドイツ人はゆるしたのだろう』と言う。自身も『当時18才位だった私はヒットラーに酔っていた』。
『ヒットラーのように「鼻ひげ」をはやそうと思ったが、18才では無理だった』
『いずれにしても当時のヒットラーさんは格好が良かったネ』
『やたら右手を上げては戦争に勝っていたが、無理な戦争だったとみえて最後は自決だった。人間あまり無茶をしちゃあいかんネ。』
根本的に僕らと感覚が違うのだ。
追記:私個人の考えを言うと、ヒットラーは世紀の虐殺者だが、彼の名だけを悪の代名詞として使うのは馬鹿げている。スターリン、毛沢東、ポルポト派、原爆を開発させたルーズベルトと落としたトルーマンなど、超大量殺戮を犯した人物は他にもいる。ヒットラーだけをことさら強調するのはおかしい。他の虐殺者を見逃してはいけない。
「独裁者のような人物」を揶揄する際には、「ヒットラーのようだ」ではなく「まるでスターリンだ」「毛沢東のようだ」と言ってみよう。