また昔、病院で働いていた時の話を。この時は大学病院ではなく、総合病院ではあるが、200床以下の規模であった。
日曜日の昼間だけ、アルバイトで来る医者がいた。消化器内科の専門である。一応救急対応のためにいるわけだが、救急というほどの患者はやはり少なかった。実際に救急車の受け入れが3〜4件だったと思う。それ以外に電話の問い合わせでかなりの数が来るわけだ。
ちょうど医者が帰る時に、少しばかり話をした。医者は女性である。
(医者)「ここだけの話、やりがいのない仕事よね」
(僕)「なんかあったんですか?」
(医者)「なんてことではないというか、いつものことなんだけど」
(僕)「軽傷が多いからですか?」
(医者)「軽傷だからって、手を抜いて対応しているわけじゃあないけど、なんであんなに病院に頼りきりのくせに、私の話は聞いてないのかしら?」
(僕)「先生、どういうことか話してよ。ここだけの話で」
(医者)「ここだけの話よ。まず病院に来るべき状況かどうか患者自身が何も考えていないっていうこと。ちょっとでも調子悪ければ、自動的に病院だと思っている。自分の体と何年付き合って来たかっていうこと」
(僕)「つまり、医療とか健康の第一の主体は病院ではなくて患者自身ですものね。そういう点が抜け落ちているのは、僕でも感じていますよ」
(医者)「そして、すぐ点滴しろ、薬くれっていうんだけど、それで治るわけじゃあないんだから」
(僕)「症状を軽減するというか、不快な部分を覆い隠すような働きですものね」
(医者)「そういうこと。大抵の腹痛であれば、吐いたり、下痢したりするでしょ。体が外部から侵入して来た異物を排除しようとして頑張ってるわけ。頑張っているのに、そこで薬剤を利用すれば、短期的には多少症状の緩和は起きるかもしれないけど、治るのに逆に時間がかかっちゃう」
(僕)「なるほど、道理ですね」
(医者)「私の師匠の教えでもあるんだけどね。だから、薬はできるだけ使いたくないんだけど、そういう説明しても、患者は薬出してくれ、点滴してくれって、執拗なのよ。程度の問題はあるけれど、少しぐらい我慢した方が患者自身のためなのよ。家で寝てればいいのよ」
(僕)「それで、話を聞いてくれないと」
(医者)「そして、病院側は薬いっぱい出して欲しいと思ってる。それの方が儲かるからだけど、それもまた変にプレッシャーなのよ。どこが患者第一だっていうのよ」
(僕)「だから、僕のような外部の業者には言いやすいわけですね(笑)」
実際、病気が治るのは人間の体に与えられている力、自然治癒能力である。医療は本来、その能力の補助をするものだろうと思う。科学の発展、それに伴う医療の発展は、知らず知らずのうちに科学や医療に対する僕たちの信仰になっていると思う。結果、医療依存が進むのだと思うし、いい金儲けの種にさえなる。
当時働いて思っていたけれど、病院で治療を受けて、薬を飲んだら、すぐにも治ると思っている人のなんと多いことか。治らないといってはクレームの電話をして来る者、薬があっても再度来院して見てもらいたいという電話も多かった。さっき帰ったばかりの人とか、ほかの病院で診てもらった人など。
この先生、いつも赤い車で来ていたけれど、交通事故で亡くなってしまった。まだ若かった。合掌。