どうでもいい四百字 第二中間貯蔵施設

あってもなくてもいいもの。

どうでもいい四百字 3401

2022-04-30 18:25:06 | 時間の無駄
簡単かどうかは、経済力に依存しそうである。Paypayが本人確認手段として、運転免許証のICチップ読み取りに対応した(Android版のみ)。私の知る限り同機能を活用出来る初めてのケースである。最短2分でラクラク登録との事なので、喜び勇んで試してみた。ICチップ読み取りは、暗証番号さえ覚えていれば即座に完了する。問題はセルフィー撮影である。表示された枠内に顔を収めてインカメラで撮影しなくてはならないのだが、手を一杯に伸ばしてもなかなか収まらない。上半身をあれこれストレッチしてようやく撮影出来たのだが、続いての瞬き判定が全く受け付けてもらえない。あれこれ変顔を試してみたが徒労であり、30分経過した時点でギブアップした。カメラの性能さえ良ければ多分ラクラクだったのであろう。本人確認は厳格であるべきだと云う姿勢は理解するが、「これだったらハンコ捺して郵送した方が楽だ」と云うエクスペリエンスは将来に禍根を残すだけなのである。

どうでもいい四百字 3400

2022-04-29 17:39:30 | 時間の無駄
時の経つのは早いものである。加齢と共に加速度が付くので猶更である。基板剥き出しコンピュータRaspberry Piが発売10周年を迎えたそうである。私が手に入れたのはある程度の盛り上がりを見せてからなので、よく覚えてはいないが5年位前だろう。廉価な教育用PCをコンセプトとしていたが、今やIoT制御機器やらクラウドサーバやら、本来の目的とは無関係に幅広い使われ方をしていて大笑いである。拙宅でもNASとして元気に稼働中で、昨年の瞬間停電以降ノンストップと云う驚異のMTBFを叩き出している。ただ一通りの設定を済ませてPythonでちょこっと遊んだら飽きてしまったのも事実である。やっぱりGPIO経由で外部機器を制御してナンボであり、電子工作に首を突っ込まないと宝の持ち腐れなのであろう。半田付けを苦手としている上に老眼の進行も加速度が付いており、細かい作業は出来れば避けたい。初心に帰ってブレッドボードでLEDチカチカなら何とかなるかなと思っているのである。

どうでもいい四百字 3399

2022-04-28 18:48:16 | 時間の無駄
販路の新規開拓ではあるのだが。近所のセブンイレブンに何時の間にかダイソーコーナーが設けられていた。とは言っても棚2段に約10品置かれている程度の扱いである。コンビニでは通常置いていない商品を中心に取り扱うらしいが、近所にはダイソーも有るので利用するかは微妙である。何より百円ショップの売りは「よくぞそんなニーズを見つけた」と云うニッチなアイディアグッズとの出会いであると私は勝手に思っているので、その好さが活かされない様に思う。しかしあの業界も円安とインフレと新興国の経済発展でビジネスモデルの前提が崩れており、何らかの手を打たねばジリ貧なのも事実である。どうせコンビニの軒先を借りるのなら、「ザ・ダイソー」ブランドを前面に押し出す方が良い。売れるかどうか分かったもんじゃないブツを棚に並べるのをコンビニ側は嫌がるだろうが、陳列棚の利用料を支払ってでもフリーダムに使わせてもらう交渉をすべきなのである。

どうでもいい四百字 3398

2022-04-27 18:50:39 | 時間の無駄
良く分からないが、取り敢えず歓迎しておこう。ネット配信サービス「NHK+」がPCやスマホの他にAmazon Fire TVやアプリ対応テレビで視聴可能となった。同時配信はしないが、1週間分の見逃し配信が提供されるらしい。テレビ番組をネット使ってテレビで観る事の意味に色々な意見もあろうが、大相撲が都合の良い時間帯で観られれば個人的にはそれで構わない。最近はチューナーレスのディスプレイが売り出されているが、Fire TVを挿したら観られる構造だから受信料払え、と云う対抗策だとの穿った見方も出来る。ただ現状、PCやスマホを持っていても請求は来ていないので、暫くは様子見だろう。民放もTVer等でネット配信に乗り出しており、放送との垣根は年々低くなっている。広告価値も視聴率からYoutubeやNetflixとも競合する画面占有率に移り変わると予想している。どうやって儲けるかは良く分からないが、取り敢えず走り出しておこうと云う判断なのだろうし、それ自体は歓迎するのである。

どうでもいい四百字 3397

2022-04-26 18:15:19 | 時間の無駄
悪魔の証明は議論に於いて持ち出すべきものではない。ディベートならばともかく、大抵の場合「それは悪魔の証明だ」と決め付けると思考停止してしまうからである。「ハインラインの剃刀を振り回すヘンペルのカラスは三千世界に存在しない」と云う命題を持ち出すのは個人的には好みだが、この件に幾ら議論を尽くしても何の成果も得られないのは自明である。もう少し現実寄りの例を挙げれば、政治家に対し「贈収賄をした事が無いと証明せよ」と議論を吹っ掛けるのはまだ何とかなりそうな気がする。全人類にヒアリングすれば解決するからであるが、対象者が鬼籍に入られている場合には追跡は困難となるし、そもそも聞いて回るだけの価値が有るとも思えない。ともあれ実現可能な結論または妥協に至りたいのなら正論や原理原則論に拘泥してはならないのであるが、議論が自己目的化しがちなのもよくある話であり、結構それが楽しかったりするから困りものなのである。