目が覚めるとかなり強い雨が降っていてときおり稲妻も走る。朝食を食べるころには既に雨は止み、晴れ間が見えだした。日曜日でもお構いなく工事の槌音が響きはじめる。電動のこぎりの音が聞こえる。作業員たちの交わす声がする。
一人の男が目覚めて庭にたたずんで煙草を吸っている。レストランから朝食の旨そうな匂いが漂ってくる。そういえば読み終えたレイモンド・チャンドラー「ロング・グッド・バイ」にカナディアンベーコンをフィリップ・マーローが特別な朝に一枚余計に喰うという描写があった。普通のベーコンよりも旨そうだ。バリでは手に入るのだろうか。
ブーゲンビリアの花が雨ですっかり落ちてしまった。雨で落ちたのではなく、肥料が足りなくなっているのかもしれない。鳩が屋上の手すりに羽を休めて、さて今朝はどこで餌を食べようかと思案している。あるいはこの落ち着きぶりからは既におなかがいっぱいなのかもしれない。9時過ぎ、サヌールの海がシルバーに輝きだした。マングローブの葉の間からも強い光が漏れてくる。雨上がりで水平線の彼方は靄がかかっている。ボートが浜に近づいてくる。この航跡がシルバーの海に変化をつける。出船、入船の航跡は心の深いところでなにかを刺激するが、単なる感傷かあるいは遠い記憶が無意識下で呼応するのか、今のところ自分でもわからない。
アグン山がうっすらと5合目から頂までを見せている。シルバーの燿る海と淡いグレーブルーのシルエットのように見えるアグン山の眺めが今朝はことのほかよい。いつも見慣れている風景だが、静かに観察しているとその時々で異なる趣を見せる。この違いを楽しむのも長期滞在の大きな楽しみで、これは短期の通り過ぎる旅では味わえない。
白雲が魚に見える。右隣の雲は龍の頭と首のように見える。同じ位置に同じ龍の形をした雲が浮かぶ。伝説の龍はこの雲から連想したに違いない。