以下は、規制改革会議の法務省に対するヒアリングからの引用。(※新司法試験の合格者数を、平成22年までに、3000人程度に増やすということについて論議している。研修所元教官の佐々木参事官は、増員に慎重派)
○佐々木参事官 まず1つ目の話でございますけれども、知識がどの程度あるのかというところにかなり問題があると思います。ちょっと難しい話で恐縮なんでございますが、私、ここに来る前に司法研修所の民事裁判の教官をやってございました。そして、弁護士になるにしても、何になるにしても、イロハであるものに要件事実の否認と抗弁の違いというものがございます。これについてのあってはならない間違いとして、無権代理の抗弁というものがございます。
これは昔でありましたら、1つの期を通じて間違いを冒すのが数名出るか出ないかであって、幻の抗弁と呼ばれていたのですが、最近になりましたら、それがクラスでちらほら見かけられるようになった。新60期のときには、いくつかのクラスに2桁出てしまっており,相当大変な事態になっているのではないかと思います。
○中条主査 それは知識を重んじるからですよ。
○佐々木参事官 それは最低限の基本的知識です。
(引用ここまで)
「無権代理の抗弁」というのは、法科大学院の一年目(既習者)にはじめて要件事実を習ったとき、恥ずかしながら僕も期末試験で書いた覚えがある。(※佐々木参事官が問題にしているのは、司法試験に合格した後の人たちである。念のため★)
Xが、Yの代理人と称するAから、Yの所有物である甲不動産を1000万円で購入した、という事案で、XがYに対し、売買契約に基づく甲不動産の引き渡し請求をした場合に、Yの側において、「俺はAになんか、代理権を与えた覚えはない。彼は無権代理人だよ」という反論を、つい、抗弁として構成してしまったのだ。
正解は、Xの請求原因は
(1)XA間で、甲不動産を1000万円で売買する合意
(2)(1)の契約時に、AがYの代理人として顕名したこと
(3)(1)の契約に先立つ代理権授与
であるから、Xの側において、有権代理の証明をしなければならず、Yは単に(3)の事実を否認すればよい。つまり、「無権代理」ということは、Yにおいて主張・立証責任を負うべき抗弁にはならないということである。
(※考えてみれば当たり前のことで、Yの側において「代理権を与えた事実はない」ことを証明しなければならないとしたら、“悪魔の証明”になってしまう)
この間違いは、たとえば「要件事実マニュアル」などを読んで、代理行為に関する要件事実を覚えていなくても、民法の条文構造や証明責任に関する法律要件分類説を理解していれば、ありえないミスということで、だから佐々木参事官も問題視されるのだろう。僕がローの期末試験でミスったときの、担当教授のコメントは、「君はまだ民法の理解が浅い」というものだった。
(※このような“幻の抗弁”が司法研修所にまで出現する理由は、「紛争類型別の要件事実」を丸暗記して試験に対応しようとした人がいるせいではないか。「類型別」には、応用類型としての代理は、載ってないからである)
たまたま、司法試験関連のウェブサイトを見ていて、この話題が出ていたので軽く復習をかねて書いてみたものである。年3000人合格というのは、一受験生の立場では、もちろん望ましいことであるが、たとえば合格者の下何割かが民法の基礎もよく理解せぬまま法曹になるとしたら、やはりまずいだろうなあ・・・と思う。
【追記】
なんで「無権代理の抗弁」を間違って書いてしまうのか、昔の自分の答案が出てきたので分析を重ねてみた。
その結果、民法109条、110条の「表見代理」をよく分かっていない人が、つい、流れで「無権代理の抗弁」を書いてしまうのではないかという仮説に思い至ったのである。
つまり、
(1)原告が有権代理による契約の効果帰属を主張する。
(2)被告は、代理権授与の事実を否認する。
(3)原告は、代理権授与の事実を証明できないので、(1)の請求原因に替えて、民法109条の表見代理(授与“表示”があった事実)を主張する。この時点で、請求原因の二番目が出てきたことになる。
以上の理解で正しいはずだが、この、請求原因の二番目が出てくる、ということがよく分かっていないと、つい、「表見代理」を再抗弁として位置づけてしまい、その結果、ごく自然な流れで、「無権代理」を抗弁として書いてしまう、というトラップである。すなわち、
(1)原告が有権代理を主張
(2)被告が無権代理を抗弁として主張
(3)原告が表見代理を再抗弁として主張
・・・・という流れである。
これは、ぱっと見エレガントな気がするが、嘘なのでご注意を。★
○佐々木参事官 まず1つ目の話でございますけれども、知識がどの程度あるのかというところにかなり問題があると思います。ちょっと難しい話で恐縮なんでございますが、私、ここに来る前に司法研修所の民事裁判の教官をやってございました。そして、弁護士になるにしても、何になるにしても、イロハであるものに要件事実の否認と抗弁の違いというものがございます。これについてのあってはならない間違いとして、無権代理の抗弁というものがございます。
これは昔でありましたら、1つの期を通じて間違いを冒すのが数名出るか出ないかであって、幻の抗弁と呼ばれていたのですが、最近になりましたら、それがクラスでちらほら見かけられるようになった。新60期のときには、いくつかのクラスに2桁出てしまっており,相当大変な事態になっているのではないかと思います。
○中条主査 それは知識を重んじるからですよ。
○佐々木参事官 それは最低限の基本的知識です。
(引用ここまで)
「無権代理の抗弁」というのは、法科大学院の一年目(既習者)にはじめて要件事実を習ったとき、恥ずかしながら僕も期末試験で書いた覚えがある。(※佐々木参事官が問題にしているのは、司法試験に合格した後の人たちである。念のため★)
Xが、Yの代理人と称するAから、Yの所有物である甲不動産を1000万円で購入した、という事案で、XがYに対し、売買契約に基づく甲不動産の引き渡し請求をした場合に、Yの側において、「俺はAになんか、代理権を与えた覚えはない。彼は無権代理人だよ」という反論を、つい、抗弁として構成してしまったのだ。
正解は、Xの請求原因は
(1)XA間で、甲不動産を1000万円で売買する合意
(2)(1)の契約時に、AがYの代理人として顕名したこと
(3)(1)の契約に先立つ代理権授与
であるから、Xの側において、有権代理の証明をしなければならず、Yは単に(3)の事実を否認すればよい。つまり、「無権代理」ということは、Yにおいて主張・立証責任を負うべき抗弁にはならないということである。
(※考えてみれば当たり前のことで、Yの側において「代理権を与えた事実はない」ことを証明しなければならないとしたら、“悪魔の証明”になってしまう)
この間違いは、たとえば「要件事実マニュアル」などを読んで、代理行為に関する要件事実を覚えていなくても、民法の条文構造や証明責任に関する法律要件分類説を理解していれば、ありえないミスということで、だから佐々木参事官も問題視されるのだろう。僕がローの期末試験でミスったときの、担当教授のコメントは、「君はまだ民法の理解が浅い」というものだった。
(※このような“幻の抗弁”が司法研修所にまで出現する理由は、「紛争類型別の要件事実」を丸暗記して試験に対応しようとした人がいるせいではないか。「類型別」には、応用類型としての代理は、載ってないからである)
たまたま、司法試験関連のウェブサイトを見ていて、この話題が出ていたので軽く復習をかねて書いてみたものである。年3000人合格というのは、一受験生の立場では、もちろん望ましいことであるが、たとえば合格者の下何割かが民法の基礎もよく理解せぬまま法曹になるとしたら、やはりまずいだろうなあ・・・と思う。
【追記】
なんで「無権代理の抗弁」を間違って書いてしまうのか、昔の自分の答案が出てきたので分析を重ねてみた。
その結果、民法109条、110条の「表見代理」をよく分かっていない人が、つい、流れで「無権代理の抗弁」を書いてしまうのではないかという仮説に思い至ったのである。
つまり、
(1)原告が有権代理による契約の効果帰属を主張する。
(2)被告は、代理権授与の事実を否認する。
(3)原告は、代理権授与の事実を証明できないので、(1)の請求原因に替えて、民法109条の表見代理(授与“表示”があった事実)を主張する。この時点で、請求原因の二番目が出てきたことになる。
以上の理解で正しいはずだが、この、請求原因の二番目が出てくる、ということがよく分かっていないと、つい、「表見代理」を再抗弁として位置づけてしまい、その結果、ごく自然な流れで、「無権代理」を抗弁として書いてしまう、というトラップである。すなわち、
(1)原告が有権代理を主張
(2)被告が無権代理を抗弁として主張
(3)原告が表見代理を再抗弁として主張
・・・・という流れである。
これは、ぱっと見エレガントな気がするが、嘘なのでご注意を。★
![]() | 要件事実マニュアル 第5版 第1巻 総論・民法1 |
岡口 基一 | |
ぎょうせい |
![]() | 要件事実の考え方と実務 |
加藤 新太郎,細野 敦 | |
民事法研究会 |
![]() | 紛争類型別の要件事実―民事訴訟における攻撃防御の構造 |
司法研修所 | |
法曹会 |
少なくとも普通の大学の民法の知識があれば
スグにピンと来ませんかね??
私はフツーのいち大学生として十ん何年前に民法を勉強しただけですがこれはスグ解けましたよぉ??
なんというか、知識の量で勉強する悪癖というか、そもそも「何をどうするべきためにこの法律があるのか」「この法律が目的とするところは何か」の基本原理を先に理解してしまえばいいだけのような気もしますけど・・・
なんかフクザツな心境ですな。
>>基本原理を先に理解してしまえばいいだけ
それは、まったくその通りですね~。
他に、有名な話として、「他人の不動産を即時取得」というのもあり、これはさしずめ“伝説の抗弁”と言ったところかもしれません。