マルゼンスキー5 ~快進撃~
前肢が外向していたため、一度も本気で仕上げることの出来なかったマルゼンスキー。
よって、デビュー戦は6分程度の仕上がりであった。
とはいえ、全くオリオンダーダ以下2着馬を寄せ付けず、およそ2秒もの差をつける大差勝ち。ここには良血馬のタイプアイバーなどもいたが、異次元の走りで、有りえないほどの強さを見せるのである。
続くいちょう特別も完璧とは程遠い仕上がりで9馬身差圧勝。
しかし、3戦目の府中3歳ステークスは将来を考え、抑える競馬をした。それがためか、ヒシスピードをなんとか差しての3連勝であった。この時の着差はハナ差というマルゼンスキーにとっては、レース人生で唯一の厳しい戦いであった。
レース後、本郷重彦調教師は、
「相手を舐めすぎていた。馬に悪いことをした・・・」
と、仕上げ面や戦略について大変後悔していたという。
そうして、次にめぐってくるのが、スーパーカーの名を確固たるものとした朝日杯3歳ステークスである。
【競馬】1976 府中3歳ステークス マルゼンスキー
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前肢が外向していたため、一度も本気で仕上げることの出来なかったマルゼンスキー。
よって、デビュー戦は6分程度の仕上がりであった。
とはいえ、全くオリオンダーダ以下2着馬を寄せ付けず、およそ2秒もの差をつける大差勝ち。ここには良血馬のタイプアイバーなどもいたが、異次元の走りで、有りえないほどの強さを見せるのである。
続くいちょう特別も完璧とは程遠い仕上がりで9馬身差圧勝。
しかし、3戦目の府中3歳ステークスは将来を考え、抑える競馬をした。それがためか、ヒシスピードをなんとか差しての3連勝であった。この時の着差はハナ差というマルゼンスキーにとっては、レース人生で唯一の厳しい戦いであった。
レース後、本郷重彦調教師は、
「相手を舐めすぎていた。馬に悪いことをした・・・」
と、仕上げ面や戦略について大変後悔していたという。
そうして、次にめぐってくるのが、スーパーカーの名を確固たるものとした朝日杯3歳ステークスである。
【競馬】1976 府中3歳ステークス マルゼンスキー
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