荒川上流部流域図に赤で示した道は国際日本文化研究センター所蔵大宮(1914年)地図(南部分)(北部分)に黄で示した道(南部分)(北部分)と概ね重なると思う。
荒川上流部流域図の青丸辺りを大宮地図で拡大する。
青丸内に描かれた川を大宮地図に色分け(芝川=青色、見沼代用水=水色、見沼通船堀=緑色)して描くとこのようになると思う。
荒川上流部流域図に描かれた川は限定されたもので見沼代用水西縁は全く描かれていない。見沼代用水東縁は下流部が描かれていない。見沼通船堀も描かれていない。
大宮(1914年)地図にそれら描かれていない川(水路)を描き加えるとこのようになると思う。
荒川上流部流域図は荒川流域を対象としている地図のため荒川流域でないところは簡略化されているのだと思う。
現在の地図(マピオン)で見沼通船堀付近を見る。
地図の中程下方に芝川に架かる通船堀大橋が表示されている。2018年7月通船堀大橋から上流を見た。

八丁橋をアップした。
ウィキペディア見沼に見沼(地図中水色)地図が掲載されており、下の方に八丁堤が表示されている。八丁橋は八丁堤にあると思う。
2020年2月八丁橋の近くで八丁堤案内板を見た。案内文の終わりに八丁堤は「赤山街道」の一部でもあるとの記述がある。
赤山街道については2011年4月大間木氷川神社の前で赤山街道の案内板を見た。
大宮地図に赤山街道を赤で示すとこのようになると思う。
八丁橋を黄丸で示す。
平成12年浦和市立郷土博物館発行『記憶の中の風景 -写された20世紀の浦和-』所載の八丁橋(大正末期)と写真の解説。
2016年3月八丁橋下流の歩道橋を渡りながら八丁橋を見た。
荒川上流部流域図の青丸辺りを大宮地図で拡大する。
青丸内に描かれた川を大宮地図に色分け(芝川=青色、見沼代用水=水色、見沼通船堀=緑色)して描くとこのようになると思う。
荒川上流部流域図に描かれた川は限定されたもので見沼代用水西縁は全く描かれていない。見沼代用水東縁は下流部が描かれていない。見沼通船堀も描かれていない。
大宮(1914年)地図にそれら描かれていない川(水路)を描き加えるとこのようになると思う。
荒川上流部流域図は荒川流域を対象としている地図のため荒川流域でないところは簡略化されているのだと思う。
現在の地図(マピオン)で見沼通船堀付近を見る。
地図の中程下方に芝川に架かる通船堀大橋が表示されている。2018年7月通船堀大橋から上流を見た。

八丁橋をアップした。
ウィキペディア見沼に見沼(地図中水色)地図が掲載されており、下の方に八丁堤が表示されている。八丁橋は八丁堤にあると思う。
2020年2月八丁橋の近くで八丁堤案内板を見た。案内文の終わりに八丁堤は「赤山街道」の一部でもあるとの記述がある。
赤山街道については2011年4月大間木氷川神社の前で赤山街道の案内板を見た。
大宮地図に赤山街道を赤で示すとこのようになると思う。
八丁橋を黄丸で示す。
平成12年浦和市立郷土博物館発行『記憶の中の風景 -写された20世紀の浦和-』所載の八丁橋(大正末期)と写真の解説。
2016年3月八丁橋下流の歩道橋を渡りながら八丁橋を見た。

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