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トゥエンデ ポレポレ

マライカのひとりごと

エチオピアを愛した人

2007年06月19日 | エチオピア
 ジャンボ!
今日は、雄大なエチオピアの大自然に惹かれ、そこの地に生きる美しいエチオピア
の人々を描き続けた水野富美男先生をご紹介します。

エチオピアの人々に「センセイ」と呼ばれ慕われた水野先生は、後半生の人生と情
熱のすべてを、厳しい自然のなかで生きるエチオピア女性の美しさと力強さを描く
ことに捧げられました。
エチオピアで20年間絵を描き続けた水野先生でしたが、心臓病の持病がある水野
先生は、標高2500mのアジスアベバの高地に暮らすことができなくなり、
1987年やむなくケニアに移住され、晩年はケニアの首都ナイロビで創作活動さ
れました。

水野先生の描く絵の特徴は、射るように厳しい視線の女性たちです。
先生の描く絵のとおり、水野先生ご自身もとても情熱的で烈しく、また社会に対す
る痛烈なメッセージを持つひとでしたが、その反面、天真爛漫な少年のような面も
ありました。
ナイロビに移住された水野先生のアトリエにはじめてお伺いしたとき、わたしのよ
うなツーリストがすでに4~5人来訪して水野先生を囲んで先生のお話を聞いてい
ました。
先生は若い訪問者をいつも歓待してくださり、多いときでは訪問者が10人近くに
なるときもありました。
先生は絵を制作するときも、囲碁をするときも、わたし達とおしゃべりするとも、
とにかく全力投球、何事もひたすら真剣に打ち込む驚くべきエネルギーの持ち主
で、先生が愛したエチオピアのことや人生のことをいつも熱く私たちに語って下さ
いました。

「エチオピアではたくさんのことを教わりましたね。アフリカでは人間の原点が学
べる。厳しくて美しいアフリカの大自然と、その自然の法則に添って生きる何の
作為もない素朴な人たち。わたしはエチオピアの人々から生きることの原点を学び
ました。」

わたしがお会いした当時先生は71歳で、心臓発作が起きたときのためにニトログ
リセリンという薬をいつも肌身はなさず携行しておられましたが、先生は
「夜、寝てても早く夜が明けないかなあ、って思うの。起きて絵を早く描きたくて
ね。まだまだ描きたい絵がいっぱい。描いても描いても描き尽くせない。」
と創作意欲が旺盛で、77歳で亡くなられる最期まで、文字どおり命をかけてエチ
オピア女性の褐色の美を描き続け、芸術家としての生涯を生き抜かれました。

真、善、美を芸術家として貫きとおした水野先生の生き様には、エチオピアの人々
だけでなくナイロビ在住の多くのケニア人や日本人も生きる力と示唆を与えていた
だきました。

今日、6月19日は水野富美男先生の命日です。
雨季が明けたエチオピアの大地には、マスカルという小さなかわいい花が金色に
輝き、今頃水野先生はエチオピアの高原に飛んで、水野先生が愛したエチオピア
の人々を思う存分描いておられることでしょう。




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