Rafiki yangu Pasta akasema Mungu aliumba dunia na sisi, vitu vyote, sisi ni kitu kimoja, kwahivyo
tusiharibu msitu, tusikate miti, kwa sababu msitu ni ya sisi uhai mwenyewe, tulinde mazingira.
ゴスペルの歌と歌のあいだに、祈りと聖書購読の時間がありました。
デュポトの森のあるマサイママが眼鏡をかけて聖書を読んでいましたが、
何百回も開いた思われるママのマサイ語聖書は読み込まれ、その分厚い聖書が
まるでママの体の一部のようになじんでいて、教会自体が揺れるほど迫力ある
ゴスペルタイムと一転して、静かに祈るママのようすや聖書を読むすがたにも
こころ打たれました。
イエスの教えはよく理解していませんが、マサイママの穏やかなさまを通して
とても良いものなんだなあ、と伝わりました。
マサイ教会訪問ははじめてでしたが、マサイ地域のキリスト教浸透度の深さにも
驚きました。
美しいデュポトの森は、マサイマラに残る最後の貴重な原生林ニャクエリの森の
ひとつで、ゾウやバッファローなどの大型獣が赤ちゃんを産みにくる森として
知られています。
デュポトのコミュニティの人々は、象の密猟や森林の密伐採から森を守るため、
夜は自警団を編成しパトロールするなど、コミュニティ総出で森を守る活動を
自主的に実践しています。
この小さな教会は、実はデュポトの森のすぐ隣のオギエック(ンドロボ)の人びと
が住む地域に建てられました。 隣の森では広大な範囲にわたって森林伐採が
行われ、日中は森の奥から炭焼きする煙があちこちからモクモク立ちのぼって
います。 ここは、それを憂いたデュポトの森の人々が、これをなんとかしよう、
木の伐採と炭焼きをやめてもらおう、と立ち上がったデュポトのクリスチャン有志
たちが建てた教会です。
デュポトの人々が選んだ森林破壊を食い止める方法は、木を伐るな、という上から
の押しつけでなく、まず木を伐る人と仲良くなって友だちになろう、友だちになって
環境を大切にしようというイエスの教えを伝えよう、というものでした。
このマサイゴスペルを聞いたのは日曜日でしたが、その翌日月曜日から、本教会の
建物が学校になり、教職ボランティア有志による幼稚園部が始まりました。
今ごろ小さな子どもたちが大きな声で楽しく歌を歌っていることでしょう。
わたしは森の破壊をまわりから見ててオロオロしていましたが、いまできることを
一歩一歩ゆっくり進めるデュポトの人々に、マサイ長老の智慧とアフリカの希望を
感じ、うれしくなりました。
拙ブログではデュポトの森と森に住む魅力的な人々、動物、鳥、植物、そしてわたし
が魅了された養蜂家や大好きなアフリカミツバチ、蜂蜜の話題など少しずつお話させ
てください。
もうあと数日で今年も終わりですね。 どうぞ良いお年をお迎えください。