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人生に乾杯!

満願・結願 谷汲山 華厳寺

2021-09-24 | 西国巡礼

西国三十三所の札所寺院で唯一、近畿地方以外の岐阜にある華厳時に行く。満願結願。

寺の草創は桓武天皇(737-806)の延暦十七年(798)で開祖は豊然上人、本願は大口大領。西国巡礼中興の祖とされる花山法皇(968-1008)が、当山を第三十三番札所の満願所と定めた。

総門をくぐると、左右に土産物店、飲食店、旅館などの立ち並ぶ参道が続く。距離にして約1km。でも、お休みの店が多く、どちらかというと閑散としている。

仁王門に到着。やや興奮。仁王門は運慶作。そこには、西国三十三番満願霊場と書かれた石碑が立っている。

ゆるやかな登りの石畳の参道を歩く。

石段を上り、いくつかの堂を通り過ぎる。

本堂が見える。1879年(明治12年)に豪泰法印によって再建。本尊は十一面観音、脇侍として不動明王像と毘沙門天像が安置されている。が、もちろんお目にかかれない。秘仏中の秘仏らしい。

地下の「戒壇巡り」をする。ほんとに真っ暗。こんなに真っ暗なところを歩くのは初めてかも。

笈摺堂 。 本堂背後にあるこの堂には西国三十三所巡礼を終えた人々が奉納した笈摺、朱印帳等が置かれ、多数の千羽鶴が奉納されている。千羽鶴は折鶴(おりつる)が笈摺(おいづる)にちなむことから奉納されるそうだ。

満願堂。 本堂から裏手に進み、笈摺堂、子安堂を出て、階段を三十三段上ると、満願堂がある。

狸がいっぱい。他の者より優れる(他を抜く)という意味らしい。

狸の見ざる聞かざる言わざる。

こちらは寝ている。

奥の院に登る階段がある。

ちょうど帰ってきた人が、大変だった、ヒルがいるし、熊野古道みたいだった?と言う。行って帰ってくるのに二時間かかったといいながらも、満足気だった。ちょっぴりうらやましく思う。

33段の階段を降りながら、巡ったお寺を思う。感無量。そして感謝。

 


姨綺耶山 長命寺

2021-09-24 | 西国巡礼

滋賀県近江八幡市長命寺町にある天台宗系単立の寺院。山号は姨綺耶山(いきやさん)。西国三十三所第31番札所。伝承によれば、第12代景行天皇の時代に、武内宿禰がこの地で柳の木に「寿命長遠諸願成就」と彫り長寿を祈願した。このため宿禰は300歳の長命を保ったと伝えられる。その後、聖徳太子がこの地に赴いた際、宿禰が祈願した際に彫った文字を発見したという。これに感銘を受けてながめていると白髪の老人が現れ、その木で仏像を彫りこの地に安置するよう告げた。太子は早速、十一面観音を彫りこの地に安置した。太子は宿禰の長寿にあやかり、当寺を長命寺と名付けたと伝えられている。その名の通り、参拝すると長生きすると言い伝えられている。

長命寺山(標高333m)の南西の山腹標高240m辺りに位置し、麓から本堂に至る808段の長い階段で知られる。でも、駐車場からは100段ほどで上れる。

本堂。大永4年(1524年)の再建と判明する。入母屋造、檜皮葺き。桁行7間・梁間6間の和様仏堂。内陣須弥壇中央の厨子の向かって左に毘沙門天立像(重要文化財)、右に不動明王立像が立つ。渡廊下で三仏堂と繋がっている。

三重塔。こけら葺きで全面丹塗。慶長2年(1597年)の再建。

釈迦如来立像・阿弥陀如来立像・薬師如来立像の三仏が安置されている。

さらに奥に進むと、高台に鐘楼がある。

そこから、長命寺を振り返ると、屋根の連なりが美しい。

武内宿禰の神体とされる修多羅岩(すたらいわ)。

太郎坊権現社。

 

 

 


繖山 観音正寺

2021-09-23 | 西国巡礼

滋賀県近江八幡市安土町石寺にある天台宗系単立の寺院。山号は繖山(きぬがささん)。本尊は千手観音。西国三十三所第32番札に行く。林道を通り(通行料600円)駐車場に車を停める。そこから440段上る。

表参道の1200段を上ってきた人とすれ違う。さわやか。

境内入り口の仁王像。

標高433メートルの繖山(きぬがささん)の山上。眺望がすばらしい。

聖徳太子がクローズアップされている。

観音正寺は、今から約1400年前、聖徳太子によって、開創。近江国を遍歴していた聖徳太子は湖水から浮かび出てきた人魚と出会う。人魚は「私は前世漁師であり、殺生を業としていたため、このような姿になりました。繖山にお寺を建て、どうか私を成仏させてください」と懇願。聖徳太子はその願いを聞き入れみずから千手観音の像を刻み、堂塔を建立したとされ、日本唯一の人魚伝説が残る寺院としてその歴史は脈々と受け継がれている。

本堂の本尊は、千手観世音菩薩座像。平成16年(2004年)に開眼された。インド政府から特別な許可を受けて輸入された香木「白檀」の原木23トンを使用してつくられたもので、像高6.3メートル、座高約3.5メートルという日本最大級の大きさ。

ホームページより

平成24年(2012年)には平成5年(1993年)の大火にて本堂と共に灰燼に帰した秘仏として千手観世音菩薩のお姿をもとに彫像された御前立が発見され、それを機に「聖徳太子1400年御遠忌事業」を発願し、聖徳太子が薨去されて1400年目を迎える2022年にその御前立の千手観世音菩薩を開帳秘仏として安置して本開帳を奉修する予定。

 

 

 


西山 善峯寺

2021-09-20 | 西国巡礼

京都市西京区にある善峰観音宗の本山の寺院。山号は西山。本尊は十一面千手観世音菩薩。西国三十三所第20番札所。

先月、倒木の恐れがあり、閉門となっていたことを知らずに、灰方から3キロ近く歩いたところで、残念ながら引き返した。今日はお天気もよく、赤い橋を渡り、スタート。

善峯寺は、釈迦岳(標高630.8m)の北東の支峰の善峯に位置し、山腹一帯に多くの堂宇が点在する。

東門に到着。

ようやく善峯寺に来た!・・・気分高揚。

そこから山門(楼門)に向かう。

階段の先に、観音堂。

ご本尊は、毎月、第2日曜日に開帳されているが、それも2021年の12月が最後。これから先はずっと秘仏になる。

お前立ちもなく、寂しい。本尊千手観音は仁弘法師の作。脇本尊千手観音は源算上人の作とのことだが、見ることが出来ない。

弘法大師の後ろに樹齢300年の高野槙。

お寺には、参拝のコース案内の立て札があり、その通りにすすめば、くまなく見ることができる。が、なんとなく興ざめもする。

遊龍の松。樹齢600年以上。現在、全長37m。日本一の松。遊龍という命名がいい。遊亀もいいけど。

穴生寺でみたので、これは多宝塔だとわかった。二重の塔、とはいわない。

屋根がいい。

釈迦堂の釈迦如来は石仏。内陣に入ることができる。かわいい手で合掌。

奥の院入り口。あ・うん。

眺めがいい。空がこんなに青いとは・・・♪という歌があるが、雲がこんなに美しいとは…。

今日は、休日だからか、日の丸が翻っている。ロンドンでバッキンガム宮殿やウィンザー城を訪れた時、屋上の旗が王室旗であれば、女王が滞在、イギリス国旗なら不在だと聞いた。旗に意味を持たせることは、どの国も同じだ。

雲にうっとり。

青蓮の滝。

また雲。

龍に見える!

雲と空に見入る。

これは、白山 あじさい苑。あじさいの季節はすばらしいだろうなと思いながら、歩く。

観音堂に戻り、

吉峰寺を後にする。

 

 

 

 


青葉山 松尾寺

2021-09-19 | 西国巡礼

舞鶴、松尾寺に行く。真言宗醍醐派の寺院。山号は青葉山。本尊は馬頭観音菩薩。秘仏。

松尾寺が、その中腹に位する青葉山は698m。その秀麗なさまは「若狭富士」と呼称されている。この山は死火山で、昔火焔を吹き上げ、噴流は直下の日本海に注いで凄絶な水煙をあげていたものと思われる。この厳しい表情をたゝえた険峻な山は、早くから修験道修行の場となっていた。威光上人が、登山したところ、松の大樹の下に馬頭観音を感得し、草庵をを結んだのが和銅元年(七〇八年)と伝えられる。

そういえば「真鶴」という川上弘美の小説があった。真鶴と舞鶴、似ている。真鶴は神奈川県の海辺の町。何度か車で通り過ぎたことがある。舞鶴は、Wikipediaによると、もともとこの地域は「田辺」と呼ばれていたが、明治時代に山城(現・京田辺市)や紀伊(現・和歌山県田辺市)にある同名の地名との重複を避けるため、田辺城の雅称である「舞鶴城」より「舞鶴」の名称が取られた。田辺城が「舞鶴城」の別名を得たのは、城型が南北に長く、東の白鳥峠から眺めるとあたかも鶴が舞っている姿のように見えるからであるとされている。鶴が舞っている姿とは、なにか伝説がありそう。

本堂は、正面に2層の屋根を持つ宝形造り。正面から見ると屋根が連なっている。仁王門は修復中。