羊子と玲
この表紙絵の色は、なんとなく、内容にそぐわない気がするけれど、小説は、なかなか面白かった。
斬新な下着デザイナーの羊子と、人間の心の深淵をのぞき込んだ洋画家の玲。戦後日本のファッション界と画壇でともに異彩を放った鴨居姉弟をモデルにした小説。玲の自死のシーンに始まり、姉弟がたどった成功と挫折の波乱に満ちた軌跡を、作家・司馬遼太郎との友情を交えてドラマチックに描きだす。
著者の植松三十里さん、初めて知った。えっ?と思ったのは、羊子の友人の福田定一。玲の自殺から始まる冒頭で、羊子は、福田に、玲の自殺を新聞や週刊誌の書きたてられるのを抑えてもらうように電話する。福田定一こと司馬遼太郎。
鴨居玲。その端正な顔立ちにまず魅かれる。美男子なのだ。石川県金沢市生まれ。石川県立美術館に収蔵されている「1982年 私」。昨年訪れたときは、展示されていなかったが。この絵、私には、ゴヤを連想させる。
石川県立美術館公式HPより
鴨居玲は、1971年2月から3年8か月間、スペインに滞在している。マドリード、バルデペーニャス村、トレド。その前にはブラジル、ボリビアにも滞在。スペインの血が流れているのではないかと周囲の人たちに言われたりしている。
姉羊子、父、母を含めた家族の歴史。誰もが、ドラマを持っている、と今さらながら思わされる。功名、有名、無名などに関係なく。そして誰もが死を迎える。いや、死は向かってくる。死をどう受け止めるか、受け入れるか。
・・・描けないという現実が立ちはだかる。すると、もうやりきったという思いが湧いた。未来の若者たちに受け入れてもらえるのなら、自分の人生は、ここまでで充分な気がした。
母の死を受け入れられなかったように、姉を見送るのも耐えられない。・・・姉より先に死にたかった。・・・堂々巡りの出口は、もう本当の死しかなかった。
福田の言葉。「・・・睡眠薬が手放せんやつ。特に私小説家や。普通やったら人には見せない自分の裏側を天下にさらすわけやから、精神的にきついんやろな。自分が何人もおるわけやないから、いったんさらしてしもうたら、後が続かへんし」「玲くんの『1982年私』も、いわば私小説的やけど、今、しんどくはないか」
「没後40年 鴨居玲展 見えないものを描く」が、2025年5月30日(金)〜2025年7月6日(日)、美術館「えき」KYOTOで開かれる予定。