日本には、9月に丸い満月を眺めながらお月見をする慣わしがあります。昼と夜の長さが同じで、暑くもなく寒くもなく、自然が穏やかで調和のとれた時期です。四季がはっきりした日本ならではの風習だそうです。
日頃、仕事や家事などに振り回されてあわただしい毎日を送っている私たちも、せめてこの1週間は大自然のように調和のとれた、穏やかな心で暮らしましょうという、いわば心の実践週間ともいえるのがこのお彼岸の行事です。
ある缶詰会社に、中国から大勢の若い女性たちが働きに来ています。その中の1人、Sさんは毎月近くで開かれる写経会に参加しています。書き終えると、いつも5分くらいじっと手を合わせて一心に何かをお願いしています。
多分遠く離れた家族のことや、異国で働く自身の健康などをお祈りしているのだろうと想像していましたが、ある時
「Sさん、いつも長い時間何をお願いしているの?」
と聞くと意外にも
「何もお願いしてません。心が丸くなるからです。」
という答えが返ってきました。心が丸くなる!彼女の未熟な日本語のせいかも知れませんが、心が丸くなるという表現に驚き、また感心させられました。
「まあるい心で
気をながーく
腹を立てず」
という言葉が思い浮かびました。
私たちは拝むとき、つい自分や家族の幸せをお願いしてしまいます。幸せをお願いするのも悪いことではありません。
しかし考えてみれば幸、不幸は自分自身の心が決めることなのです。心の持ち方次第、行い次第で私たちは幸せにも不幸にもなるのです。Sさんはお願い事より、自分自身の心を丸くするために拝むというのです。
私たちは日頃欲をかいたり、つまらないことに腹をたてたり、他人の悪口を言ったりしながら、貪・瞋・痴(とん・じん・ち)の三毒にまみれた、カドのある心で毎日を送っています。
せっかく満月のような、まん丸い心でこの世に生まれてきたのに、いつの間にかあちらこちらへ角の出た、とがった心で暮らすようになってしまいました。こんな心ではどんなにお願いをしても幸せにはなれません。大切なのはまず自らを調え、丸い心になるということです。
ではどのようにしたら心を丸く、自分自身を調えられたものにしていくことができるのでしょうか。
お寺に飾られた額縁にも「一日一度は静かに坐って身と呼吸と心を調えましょう」とあります。坐禅は心を調えるのに大変効果があります。静かに坐るだけで心が落ち着いてきます。
この時大切なのが呼吸の仕方です。なるべく長くゆっくり、特に吐く息を長くすることです。長い息は心を平安に保ち、ひいては健康長寿に通じると教えられています。
最近書店へ行くと、この呼吸による健康法、ストレスの解消法などに関する本が目につきます。
明治大学の斎藤孝教授は最近の著書『呼吸入門』の中で、「呼吸を考える上で大切なのは、吸うことではなく、吐くことです。息をゆるく吐き続けることで、攻撃衝動を抑える神経系が働き出す。内容がわからなくても読経の声を聴くと心が癒されるのは、ずっと吐き続ける呼吸法で読まれる読経の息とリズムによる。」
と、心と呼吸とは密接な関係にあり、特に吐く息の呼吸の大切さを説いています。
多くのスポーツ選手も試合などの前に呼吸を調えることによって平常心を保つことを実行しているそうです。
心を調える方法として、静かに坐って、身体と呼吸を調えることの大切さが唱えられているゆえんです。
お彼岸こそ日頃の自分自身を静かに振り返り、静かに坐って呼吸を調え、心を調えるのに最もふさわしい時ではないでしょうか。
満月を眺めながら、丸い心、調えられた自己をつくることを実践していきましょう。