「更科君。明日の実験準備があるから、放課後、準備室に手伝いに来てくれるかな。」
白衣を着た教師が教室を覗くとそう言って、にっと片方の口角を上げた。4月に赴任してきた柏木先生はまだ二十代という事で若くて格好良い。翔月は知らないが、何とかという俳優に似ているとかで、女子は彼の一挙手一投足に黄色い歓声を上げた。
みんな、話がうまくて時々授業から脱線したりもする、柏木先生のことが大好きだった。
翔月は、思わず握った拳を握り締めた。
嫌な時は嫌と言えと言った、青児の顔が浮かぶ。
「あの……」
「ん、どうしたの?放課後、更科君は帰宅部で暇でしょう?いつものように手伝ってくれると、先生助かるんだけどなぁ。」
柏木は、困ったように頭を掻く。
「何よう。あんた断る気なの?更科、あんた暇なんだから、先生の事、手伝ってあげなさいよ。」
「そうよ。どうせ彼女も居ないんだし。放課後の予定なんてないでしょ?」
「更科に居るとしたら彼氏でしょ?荏田君とBL~」
「いや~ん、先生も更科を狙ってんの~?」
「きゃあ~」
たむろした女の子たちは、そんな風に翔月を揶揄する。
そして、当然先生の味方だった。
「試験管や乳鉢を班ごとに並べてくれると助かるんだ。次の授業はペーパークロマトグラフィーを使って光合成色素を分離する実験をするからね。先生は、準備室で資料をコピーしたいから任せてもいいかな。」
断りきれない翔月は、やはり視線を落とした。
生物実験室と準備室は、隣り合っている。準備室のカギは先生が持っていて……そこは密室になる。
落した視線の先に、先生の履いたスリッパからすんなりと伸びた足の爪先が見える。ぐらりてふっと視界が色あせた。
「翔月、大丈夫か?真っ青だ。」
「あ……青ちゃん。」
覗き込んだ青児は、本気で翔月の心配をしている。
今日の体育の授業も、翔月は貧血にして見学していた。実際は傷が気になってシャツを脱げなかっただけなのだが。
怒って出て行ったものの、結局戻ってきた青児は、翔月が気になって仕方がないのだ。
「先生。何だか翔月は気分が悪いみたいです。今日は連れて帰ります。」
「そう……?気分が優れないなら、仕方がないね。更科君は荏田君と一緒に帰るかい?」
「いいえ……いいえ。大丈夫です。青ちゃんは部活があるから、終わるのを待って一緒に帰ります。」
「おれ、部活遅れてもいいんだぞ?」
何気なく青児の手が翔月の首に回り、頭を引き寄せると髪をかき上げ額をくっつけた。
「うん。熱はないな。」