拙作集

自作の物語をアップしました。つたない話ですが、よろしくお付き合い下さい。ご感想などいただければ幸いです。

もう妖精は要らない(2)

2010年02月20日 22時20分32秒 | Weblog
2 口の悪い妖精

 風呂からあがり、濡れた髪をタオルでくるんだ。無性に今日の出来事を誰かに聞いてもらいたかった。今夜は恐らく、「彼女」はあそこにいるだろう。早紀は洋ダンスの上からジュエリーボックスを取ると、ガラステーブルの空いたスペースに置いた。
軽く深呼吸してから上蓋を開けると、案の定、彼女はそこにいた。仕切り板に腰掛けて下を向き、足先をいじっている。どうやらその小さな足指にペディキュアを施しているらしい。開かれた蓋と覗き込む早紀に気付くと、ゆっくりと顔を上げた。青緑色のアイシャドー、吊り上がったアイライン。今日は一層メイクが濃かった。

「久しぶりね。まあ、その顔じゃ、たいした用事があったわけでもなさそうだけど」
 親指姫という童話を思い起こさせる大きさ。宝石箱を開け、彼女を初めて見た時は、早紀も腰が抜けるほど驚いたし、いまだにその存在は信じ難い。
ジュエリーボックスの蓋を開けるたび、そこにいるわけではない。しかし、彼女は気まぐれに姿を現しては、早紀に毒のある会話を仕掛けてきた。そして、宝石箱のオルゴールが回り切ると、いつも霞みのように消えてしまうのだった。

初めて彼女を見たのは、二年ほど前、仕事に復帰してしばらくした頃だった。あの時、早紀は今よりずっと疲れていた。もっとも、抜けるあてのないトンネルを彷徨っているという意味では、今でもさほど変わってはいない。

 早紀は最初、自分が精神に異常をきたしてしまったのではないかと疑った。でも、現実は変わらずにリアルで過酷であったし、嵐が吹き荒れるような毎日の中で、誰一人、早紀の様子や言動がおかしいと指摘する者はいなかった。とても他人に打ち明ける気にはなれず、早紀は彼女を勝手にフレミーと名付け、自分にしか見えない妖精なんだと自らに言い聞かせることで、心の平衡を保っていた。

(私のような仕事をしている人間が、自分の部屋では妖精と会話しているなんて…)
それは、滑稽でもあり、同時に深い谷底を覗くような恐怖を伴うことでもあった。

「相変わらず辛気臭い顔してるわね。それじゃ、せっかく男が近づいてきてもすぐに逃げるわよ」
 フレミーは、早紀と目を合わせずに毒づいた。早紀も黙って聞いてはいない。
「余計なお世話よ。あなたに言われる筋合いじゃない」
「まあ、当ってることは否定できないものね。それで、何?『今日はいいことがあったのよ』なんて話を聞いてもらいたいわけ?」
「別に…、どうでもいいけど」
「小さな天使のパパさんはいい男だった?こっちがどう思おうと、向こうは子守りの代役が見つかってラッキーだったくらいにしか、思っちゃいないわよ」

悔しいが、その言い分が正しい気がした。返す言葉がなくて黙っていると、フレミーは畳み掛けるように言葉を続けた。
「人はね、誰でも自分が一番かわいいの。好きになったところで、所詮は他人よ。例の件で、あなたもよくよくわかったはずじゃなかったの?」
「あの話はもうやめて」
「おやおや、今日は情緒不安定なのかしら。まあ、力んだところで何かが変わるわけでもないけどね」
オルゴールの音が、徐々にゆっくりになっていた。
「じゃあ、せいぜい楽しかった今日の思い出に浸ることね」

 フレミーの言葉が終わる前に、いたたまれず早紀は宝石箱の蓋を閉めた。オルゴールの音が消えた部屋を、再び重い静けさが覆い尽くした。

もう妖精は要らない(1)

2010年02月20日 22時18分30秒 | Weblog
1 観覧車の天使

 休日の午後という時間帯にふさわしく、ショッピングモールには多くの人々があふれていた。

十一月も最終週になると、日ごとに冬は近づき、朝晩は冷え込む日が続いていた。いくつか冬物を見て回り、ブーツを物色したのだが、それでもショッピングの高揚感は微塵も湧いてこなかった。相本早紀は少しの疲れを感じて、通路に置かれたベンチに腰を降ろした。背後には森をかたどったディスプレイが施され、枝の間から小さなサンタの人形がこちらを覗いている。
目の前を子供の手を引いた若い親子連れが通り過ぎていった。ぐずる息子を叱る母親のいらつきさえ、早紀にはうらやましく感じられた。

ふと気付くと、目の前に小さな女の子が立っていた。三歳位だろうか?白いトレーナーに紺色のスカートをはき、肩にかかる黒髪にきらきらと瞳が光っていた。少女は探し物を見つけたと言わんばかりの笑顔で、いきなり早紀の手を取った。
「ねえ、行こ!」
 呆気にとられながら、腰を浮かす早紀の手を強く引っ張って、女の子はどんどん歩き始めた。わけがわからず、早紀は立ち止まってしゃがむと、小さな乱暴者の顔を覗き込んで言った。
「おうちの人は?誰と一緒に来たの?はぐれちゃったのかな?」
 できるだけやさしく言ったつもりだったが、それがどう響くか心配だった。幸い、女の子は平気な顔で言葉を返してきた。
「パパと。でも、だいじょうぶ」
 そう言い放つと、早紀の手を強く引いて、少女はまた歩き始めた。

(こんな子を抱きしめたりしたら、少しは心が和らぐかしら?)
 女の子は小さな手でためらうことなく早紀を導いていき、プレイランドと書かれた大きな看板の下へたどり着くと、ポケットから五百円硬貨を二枚取り出して早紀に渡した。
「きょうはぜったい乗るの」
 ショッピングモールの中央部には、小さいながらシャレた観覧車が設置されていた。
「おうちの人が心配するよ。ねえ、お名前は?」
「ナイショ」
「パパと乗らなくていいの?」
「こわいんだって」
「観覧車が?」
 女の子はうなずくとニコっと笑って見せた。その笑顔を見た時、早紀の中で何かが弾けた。
(これで誘拐犯にされるなら、されてもいいわ)
無邪気な天使に促されるままに、早紀は少女の手を引いて長くなりつつある列に並んだ。

かごの中では、女の子は不思議なほど静かだった。早紀も初めて見る風景が新鮮で窓の外に目を奪われていた。あと少しで頂点にさしかかる、というちょうどその時、突然女の子が早紀のバッグを指差して言った。
「おねえちゃん、けいたい、かして」
驚きながらも、携帯を取り出して女の子に渡した。少女は慣れた手つきでそれを開くと、流れるような指さばきで番号を押し、小さな耳にあてがった。
「あ、パパ?いま、かんらん車。うん、ひとりじゃない。おりるとこでまってて」
 携帯を閉じると、早紀の手に戻し、頬にえくぼを浮かべて言った。
「ほら、へいき。パパ、おこってないよ」

 小さな女の子、三十代とおぼしき男性、そして早紀の三人でフードコートの硬い椅子に座っていた。知らない人の目には、きっと親子連れと映っていることだろう。
その状況がひどくバーチャルなものに思えて、早紀は手にしたソフトクリームを一口なめてみた。冷たく甘い感触がゆっくりとのどを落ちていき、それが現実であることを彼女に認識させた。

「本当にすみませんでした。娘がご迷惑をおかけして」
 すまなそうに頭を下げる男性の顔を見ながら、小さな女の子は、終始にこにこと笑っていた。
「かんらん車、すごかったね。またのりたい、おねえちゃんと」
 無理を言うんじゃないと、幼い娘をたしなめながら、彼も目じりを下げ、表情を緩めていた。

「それじゃあ、私はこれで」
 決して居心地が悪かったわけではない。その陽だまりのような感覚になじんでしまったら、席を立てなくなる気がして、早紀は思い切って腰を上げた。
「ありがとうございました。娘がとても喜んでいます。ご厄介をおかけしてしまいましたが、許して下さい」
 早紀はわずかに首を横に振ってみせた。個人を特定することは何もやりとりしていない。この人たちと会うことは、たぶんもうないだろう。
「いいえ。本当にかわいいお嬢さんですね。ソフトクリーム、ごちそうさまでした。私も初めてここの観覧車に乗れて楽しかったです」
早紀は笑って小さな天使に手を振った。
「じゃあね」
「おねえちゃん、ありがとう」
 ぐずることもなく、意外にあっさりとしたお別れだった。だが、最後に一言、少女は気になる言葉を残した。
「またきっと会えるよね、バイバイ!」
 不思議な感覚を振り切るように、早紀は足早にフードコートを後にした。

連載開始します

2010年02月20日 22時13分12秒 | Weblog
何度か予告した「新作」ですが、やっと完成しましたので、
本日から、1日に2話ずつ連載していきたいと思います。
(全18話です)

「きっと大丈夫」「ずっと一緒に」に関連する作品、という
位置付けになっています。必ずしも、一部の方向けでは
ありませんが、最後までお付き合いいただけたら、幸いです。