自分が直接被害に遭ってはいないのに、何年経ってもあの時の不安な気持ちが鮮明に蘇ります。
ネットも携帯電話もなく、マスメディアからの情報だけが頼りで、発生からしばらくは
地域ごとの細かい情報が流れず、家族とも連絡が取れず、途方にくれたことを思いだします。
あの震災は生まれて初めて身近に起こった大災害でもあり、前日までの「普通」とか「日常」が
一気に崩れる恐怖をまざまざと感じたのでした。
東北と「絆」、今年も=阪神大震災18年―兵庫(時事通信) - goo ニュース
当時は、こんなにひどい地震災害は自分が生きている間はもう無いだろうと漠然と考えていたのですが、
むしろ私が生まれてから阪神大震災あたりまでが、大地震発生の小休止状態だったのですね。
以降、地震の頻度は高くなってきていて、一昨年の東日本大震災が起こったのでした。
日本の地震年表
年表を見ていますと、本当に日本は地震国なのだと確認させられます。
ある意味「地震慣れ」しているとも言えるのでしょうが、ある限度を超えると、いくら慣れているとはいえ、
やはり日常を取り戻すまでに膨大な時間とお金と気力が必要ですね。
尊い犠牲を無駄にしないよう、この経験が次の防災計画に生かされることも大事です。
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