ちょうど私の誕生日の1週間後が上の甥の誕生日になります
今日で15歳です。早いなぁ・・とおばの私はつくづく思うばかりです
甥が生まれた時は予定日より結構早くに生まれたので男の子に
したら小さな新生児でした。義姉も切迫流産で長いこと入院して
いたのですが、退院したと思ったらあっと言う間に出産となって
ました。
兄も初めてのわが子との対面にとても慌ててました 9日の
12:00をちょっと過ぎた深夜に自宅の電話が鳴りました
兄から「もうすぐ生まれそう・・」という内容だったのですがそれに
対して母が「K美ちゃん(義姉の名前)も心細いだろうからあんた
が手でも握って安心させてあげなさい、しっかりすんのよ」なんて
電話口で言っていたのが懐かしく思い出されます
その後、深夜1時前には生まれてました
生まれてから1週間ぐらいしてから甥を見に当時埼玉の方に
住んでいた兄の家へ行きました。とても小さくて足の裏がツルツル
だったのが凄い印象的でした。
この甥が生まれた1994年の9月というのはとても思い出深いもの
があるんです。9日に甥が誕生して26日に祖母が亡くなったんです。
まさに人間の生と死を見た時でした
祖母の危篤を知らされた時に兄はとてもおばあちゃん子だった
ので一目でもいいから「ひ孫」の顔を見せたかったのでしょう・・
埼玉の家から1時間ほど掛けて祖母の入院していた病院に生後
間もない甥を連れて見せに来たそうです。
酸素マスクをして苦しそうにしていた祖母に「分かる?おばあ
ちゃん、ひ孫が生まれたんだよ」と言って小さな赤ちゃんを枕元
へ近付けてあげたら微かにうん、うんとうなづいてくれたみたい
でした。その一部始終の光景はとても感動的だったそうです・・
そんな甥も今や受験生となり勉強が大変そうです
さっき「お誕生日おめでとう」のメールをしました。ところがアドレス
が変わってしまったようで戻って来てしまいました・・
何だよ、何だよ・・小さい頃は「おばちゃ~ん遊んでぇ~」って
いっつも甘えてきたくせに・・アドレス変わった事をおばちゃんには
教えてくれないのかい・・おばちゃんは淋しいよ
後で兄にでもメールしてみっかな。お誕生日プレゼントは受験生
なので参考書でも買って欲しいと思うのでお金をあげる事に
したいと思います。
今ではそっけなくなってしまった甥ですけどやはりかわいい甥
なので、無事に志望校に合格出来る事を祈るばかりです
頑張れ~ おばちゃんは応援してるよ~
小さい頃から嫁がれるまで毎日のように
お顔をみ成長を見てこられただけに
自分の子供と同じような存在感が生まれ
気になるものですよね。
でも男の子は特に成長とともに
寂しいですが距離感が出てきますね
それは彼が大人になった証ですよ
男の子は必要以外親にも余り口も
きかなくなる時期がありそれは子供から
大人に成長する過程だったんです。
甥子さんも少年から青年へと成長したんですよ
でもおばさんからしてみると何時までも
可愛かった頃が忘れる事が
出来ないのよね
ちょっぴり寂しいね
甥子さんの受験希望高校に入学合格
を今からお祈りしています。
おばちゃんも違った意味で
頑張っているんだよね
息子さんを育て上げたトッシーさんのおっしゃる
事って違いますね。恐れ入りました
確かに甥の母親と私は同級生なので甥も小さな頃
私の事を「お母さん」って呼んじゃう事もありました。
何だかうれしかったですけど・・
母親である義姉も最近、親離れをひしひし感じて
居るようで淋しそうです。でもトッシーさんが
言うように成長の証なんですよね。
私の母も言ってました。「男の子は小さいうちは
甘えてくるけど大きくなるとそっけなくて・・」
って。やっぱりどこの家庭も一緒なんですね。
かと言ってあんまり大きくなっても親離れ出来ない
男性もどうかと思いますから、それが普通なのかも
しれませんね・・彼がこの先どんな青年に成長
して行くのかそっと見守りたいと思います。