※病気に伴う症状は、その状況により人それぞれです。ここに書かせて頂く病状は、我が家の事ですから、同じ病気を発症したからと言って、全てが同じではありません。
奥さんが昨年の5月に視床脳出血を発症して・・・。
また季節は春に戻ってきました・・・。
あっという間に、もう少しで一年になります・・・。
今の老健施設での短期集中リハビリ期間も4/3に終わってしまい、実費で追加のリハビリを少しだけやってもらっています。
でも…。
奥さんの「進化」は、やはり限界のようです…。
当たり前ですけど…。
左側の視床脳出血の為、「右半身麻痺」の改善は「ゼロ」…。
ピクリとも動きませんし、痛みや痒みも感じない状態です…。
口の中も右側が鈍いのか、麻痺しているのか、味覚感覚もおかしいようです…。
今は「右半身の痙縮」を避ける為のマッサージを続けていき、関節を「動かしてあげる」ことをひたすら続いていくしかありません…。
「言葉」は…。
痴呆の影響なのか、とにかく言い間違いが多いです…。
そして、一度言い間違えてしまうと、修正するのに一苦労します…。
しかし…。
元々言い間違いの多かった奥さんだったので、この事は全く気にならなくて、笑いながら会話してます…。
でも…。
「記憶」に関しては…。
相変わらず「痴呆」もあり短期間の記憶力が全く改善されなくて…。
何でも、直ぐに忘れちゃうんです…。
何度も何度も同じことを言います…。
自分で出来ない事を出来るって言い出したり、動かない右半身を見て、泣いて悲しんだり…。
「排泄行為」も成功率5割くらい…。
可愛そうですけど、なかなか上手に制御が出来ないです…。
そして…。
ボケのある時も無い時も必ず言うのが…。
「家に帰りたい」
泣きながら訴えてきます…。
サラリーマンの私にとっては、一番辛い一言です…。
サラリーマンは、会社に行って仕事をして給与がもらえます…。
もちろん、奥さんに障害があっても「自活」出来るのであれば、私も会社に行けます…。
しかし、今の状態だと…。
自活は難しいです…。
いや、無理です…。
「帰宅願望」を無視したら、奥さんのこれからは「特養」へ行くしかありません…。
今の「老健」へ入所してから、ずっと悩んでいました…。
突然の病気に襲われて、生死をさまよった最初1ヶ月間も、辛く・苦しい日々でしたが、ここ数ヶ月間は、避けられない現実と奥さんの願望との板挟みでした…。
私の仕事は「建設関係の設計」…。
独立して自宅で仕事をするか…。
サラリーマンを続けて、奥さんを特養に入れるか…。
そんな時…。
今も付き合いのある、昔の仕事仲間から…。
「自分会社に来て、在宅で設計業務をして、奥さんを家に帰してあげるのが一番!」
って、有難いお話しを!
個人経営の小さな会社ですが、私の事を「在宅勤務」でも雇っていただけると言う、本当に「救いの提案」でした。
もちろん年収は激減…。
でも…。
「年収」よりも「奥さんの願望」を叶えてあげられる最後の架け橋でした…。
もちろん…。
仕事以外に家事も介護もしなければいけません…。
でも…。
「今の年齢だから出来る。もし10年後に奥さんを受け入れ出来ない事になったら、一生後悔する。」
だから…。
在宅勤務を決心し、仲間会社に転職する準備を開始…。
今勤めている会社に退職届けを出すと…。
奥さんが倒れて10ヶ月間、何もアクションの無かった会社が、退職届けを受理してくれない事態に…。
「降格・減給・賞与無し」の3条件で在宅勤務を打診されました…。
3条件のベースは、通常業務の8掛けベースだそうです…。
前例が無い為、会社が出した結論でした。
とは言え、仲間の会社の年収よりも多い年収が確保出来る提案…。
仲間からは…。
「いつまでも待つから、給与の良い条件を選べ」と…。
本当に良い仲間…。
本当に有難い…。
結局、仲間の会社には一年だけ待ってもらう事にして、今の会社に席を置き、在宅勤務を始める事になりました。
奥さんが調子の良い時にこの話をしたのですが、泣いて喜んでくれました。
でも、相変わらず「痴呆」で忘れちゃうので「家に帰りたい」って言いますよ。
3月の最終週に事務所の私物を引き払い、自宅の仕事場と奥さんの休憩場所を作り…。
実際、4月1日から自宅で仕事を始めています。
っと言っても、会社からは「週一度、出社するように」って後から言われちゃいました…。
在宅勤務の話の時に「隔週のショートステイの日ならば出社出来る」と伝えてあったんですけどね…。
奥さんは、3月末から隔週で一時帰宅し、のんびり過ごしている中で、私の「仕事・家事・介護」の三つ巴生活の練習が始まりました。
元々、休日に家で仕事をしたことも多々あったので、仕事をしている時の奥さんは、静かにしています。
午前中に数時間、午後から数時間の仕事をし、奥さんが寝てから深夜まで、不足した分の仕事。
何とか在宅勤務でも「8時間労働」を確保して頑張っています。
そして…。
奥さんの退院は…。
来週末の4月27日に決まりました。
退院・帰宅に合わせて「デイサービス」と「ショートステイ」、更に「在宅診療」と「在宅マッサージ」や家で必要な備品等の打ち合わせと手配と契約をケアマネジャーさんと日々やっています。
介護専門の方かしたら「仕事・家事・介護の三つ巴生活」は無理では?って思われるかもしれませんが、今は「奥さんの笑顔」が見たいので、「絶対に出来る!」って思っています。
長かった「奥さんの不在生活」も、この1週間でお終いです。
そして、いよいよ「介護生活」の本番が始まります。
家に帰る事により、少しでも「痴呆」が良くなると良いなぁ〜って思っています。
そして、奥さんに怪我をさせないように気をつけていかないと。
これからが「本番」です。
頑張っていきます。
では、また。
奥さんが昨年の5月に視床脳出血を発症して・・・。
また季節は春に戻ってきました・・・。
あっという間に、もう少しで一年になります・・・。
今の老健施設での短期集中リハビリ期間も4/3に終わってしまい、実費で追加のリハビリを少しだけやってもらっています。
でも…。
奥さんの「進化」は、やはり限界のようです…。
当たり前ですけど…。
左側の視床脳出血の為、「右半身麻痺」の改善は「ゼロ」…。
ピクリとも動きませんし、痛みや痒みも感じない状態です…。
口の中も右側が鈍いのか、麻痺しているのか、味覚感覚もおかしいようです…。
今は「右半身の痙縮」を避ける為のマッサージを続けていき、関節を「動かしてあげる」ことをひたすら続いていくしかありません…。
「言葉」は…。
痴呆の影響なのか、とにかく言い間違いが多いです…。
そして、一度言い間違えてしまうと、修正するのに一苦労します…。
しかし…。
元々言い間違いの多かった奥さんだったので、この事は全く気にならなくて、笑いながら会話してます…。
でも…。
「記憶」に関しては…。
相変わらず「痴呆」もあり短期間の記憶力が全く改善されなくて…。
何でも、直ぐに忘れちゃうんです…。
何度も何度も同じことを言います…。
自分で出来ない事を出来るって言い出したり、動かない右半身を見て、泣いて悲しんだり…。
「排泄行為」も成功率5割くらい…。
可愛そうですけど、なかなか上手に制御が出来ないです…。
そして…。
ボケのある時も無い時も必ず言うのが…。
「家に帰りたい」
泣きながら訴えてきます…。
サラリーマンの私にとっては、一番辛い一言です…。
サラリーマンは、会社に行って仕事をして給与がもらえます…。
もちろん、奥さんに障害があっても「自活」出来るのであれば、私も会社に行けます…。
しかし、今の状態だと…。
自活は難しいです…。
いや、無理です…。
「帰宅願望」を無視したら、奥さんのこれからは「特養」へ行くしかありません…。
今の「老健」へ入所してから、ずっと悩んでいました…。
突然の病気に襲われて、生死をさまよった最初1ヶ月間も、辛く・苦しい日々でしたが、ここ数ヶ月間は、避けられない現実と奥さんの願望との板挟みでした…。
私の仕事は「建設関係の設計」…。
独立して自宅で仕事をするか…。
サラリーマンを続けて、奥さんを特養に入れるか…。
そんな時…。
今も付き合いのある、昔の仕事仲間から…。
「自分会社に来て、在宅で設計業務をして、奥さんを家に帰してあげるのが一番!」
って、有難いお話しを!
個人経営の小さな会社ですが、私の事を「在宅勤務」でも雇っていただけると言う、本当に「救いの提案」でした。
もちろん年収は激減…。
でも…。
「年収」よりも「奥さんの願望」を叶えてあげられる最後の架け橋でした…。
もちろん…。
仕事以外に家事も介護もしなければいけません…。
でも…。
「今の年齢だから出来る。もし10年後に奥さんを受け入れ出来ない事になったら、一生後悔する。」
だから…。
在宅勤務を決心し、仲間会社に転職する準備を開始…。
今勤めている会社に退職届けを出すと…。
奥さんが倒れて10ヶ月間、何もアクションの無かった会社が、退職届けを受理してくれない事態に…。
「降格・減給・賞与無し」の3条件で在宅勤務を打診されました…。
3条件のベースは、通常業務の8掛けベースだそうです…。
前例が無い為、会社が出した結論でした。
とは言え、仲間の会社の年収よりも多い年収が確保出来る提案…。
仲間からは…。
「いつまでも待つから、給与の良い条件を選べ」と…。
本当に良い仲間…。
本当に有難い…。
結局、仲間の会社には一年だけ待ってもらう事にして、今の会社に席を置き、在宅勤務を始める事になりました。
奥さんが調子の良い時にこの話をしたのですが、泣いて喜んでくれました。
でも、相変わらず「痴呆」で忘れちゃうので「家に帰りたい」って言いますよ。
3月の最終週に事務所の私物を引き払い、自宅の仕事場と奥さんの休憩場所を作り…。
実際、4月1日から自宅で仕事を始めています。
っと言っても、会社からは「週一度、出社するように」って後から言われちゃいました…。
在宅勤務の話の時に「隔週のショートステイの日ならば出社出来る」と伝えてあったんですけどね…。
奥さんは、3月末から隔週で一時帰宅し、のんびり過ごしている中で、私の「仕事・家事・介護」の三つ巴生活の練習が始まりました。
元々、休日に家で仕事をしたことも多々あったので、仕事をしている時の奥さんは、静かにしています。
午前中に数時間、午後から数時間の仕事をし、奥さんが寝てから深夜まで、不足した分の仕事。
何とか在宅勤務でも「8時間労働」を確保して頑張っています。
そして…。
奥さんの退院は…。
来週末の4月27日に決まりました。
退院・帰宅に合わせて「デイサービス」と「ショートステイ」、更に「在宅診療」と「在宅マッサージ」や家で必要な備品等の打ち合わせと手配と契約をケアマネジャーさんと日々やっています。
介護専門の方かしたら「仕事・家事・介護の三つ巴生活」は無理では?って思われるかもしれませんが、今は「奥さんの笑顔」が見たいので、「絶対に出来る!」って思っています。
長かった「奥さんの不在生活」も、この1週間でお終いです。
そして、いよいよ「介護生活」の本番が始まります。
家に帰る事により、少しでも「痴呆」が良くなると良いなぁ〜って思っています。
そして、奥さんに怪我をさせないように気をつけていかないと。
これからが「本番」です。
頑張っていきます。
では、また。