彷徨う普代村民

普代村の一村民、
彷徨う村からの貧民の呻き声

村の議員だった頃の・・①

2022年04月20日 | きいてきいて

 <プロローグ>

 正直言いまして、村の議員と言うのは、もっと住民のために活動するものだと思っておりました。

辞めた今だから言えることですが、
 
始めは、
「何をやっているか分からない」と言う支持者の声に応えたい一身です
このブログや手配りの報告紙もそうです。
 
なんとか実態や、やっていることを村民に伝えたかった。
それが使命と感じました。
議員と言うより、住民が送り込んだ「スパイ」のようなもんだと自負しておりました(笑)
議員というもんは、イメージ的に嫌いでしたので(笑)
 
あまり伝わってはいなかった感はあります。むずかしいもんです。
 
 
議会としての活動ですが、
最初の頃は、議会はいつになったら住民のための行動が始まるのか、
と、構えていたような所がありました。
いい年こいてケツが青いですけど。
 
ところが、住民のために働くということは、
イベントとか式典に出席することが議会の主な活動であったような・・・?
議会として村民の生の声を聴くシステムがない・・。
 
それで議員も満足しているような空気があったような・・・。
声を聴くために村民の前に出ようとしていないような・・?
 
いやいや、もっと住民の中に入り込み、村民から課題や問題を聞きだし、
議員、議会が行政との間になり解決してくんじゃねーのか?
そう思ってたりしました。
 
 
住民のために働くには議員個人が動くしかないことに気付きはじめました。
遅いですが。
人に接していくのが苦手な自分には、ハードルが高く尻込みです。
 
が、年数が経つにつれ、村民のかたからの電話や連絡がぽつぽつと増え、
有難いことで、難題もありましたが出来る限りの対応をさせていただきました。
なぜありがたいかと言えば、尻込みせず堂々と住民から聞きに行けます。
 
未解決事案を2件残したままとなったことが気がかりです。
 
 
 「議会」として動いてくれればカッコ付くし、その方が重みも違うことは分かりました。
ところが、巷の議会活動の情報を知ってくると、意外と議会活動が活発ではないかい!
 
 
議会で活動するのと、個人はまったく意味が違うということを考えると、
議会の動きに物足りなさを感じてくるようになります。
 
しかしずるいもので、
そう分かってきても自分の時間に余裕がなくなることもあり、
在籍が長くなるほど積極的な提案も弱腰になるという情けなさもあります。
 
 
 そういう中で、最初になんとかしたいと思ったのが「議会だより」の議会体制でした。
 
議員に当選させていただき、まずはじめにやったのが如何に自分の行動や、
議会の動きを村民に伝えるかという事です。
それが、個人的な「報告紙」であり、このブログです。
 
紙媒体はすぐに思いつきましたが、手配りでは限界があります。
そこで、恐る恐るこのブログも発信しました。
というより、どちらも怖いものです。
善意で見る人ばかりではありません。
ドキドキでした。
 
当選2期目の時だったと思います。
数年狙った末、
「議会だより」の議会議員による編集体制を何とかスタートできることになります。
 
           つづく・・かも

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