月日は経つことは驚くほどはやいもので、またSF小説のエントリを投稿しようと思って、以前「SF小説を読む その2」を書いた時期を確認したら今から3ヶ月ほど前だった。主観的には1ヶ月ほどしか経っていないと思っていたのだけど。
以前の更新から読んだSF小説のタイトルは以下の通り。
「幼年期の終わり」アーサー・C・クラーク
「イシャ―の武器店」A・E・ヴァン・ヴォークト
「タイタンの妖女」カート・ヴォネガット・ジュニア
「スローターハウス5」カート・ヴォネガット・ジュニア
「プレイヤー・ピアノ」カート・ヴォネガット・ジュニア
「猫のゆりかご」カート・ヴォネガット・ジュニア
「SF怪奇伝説の謎」草川隆
「ニューロマンサー」ウィリアム・ギブスン
SF小説を読みはじめるきっかけとなった、ディックの小説は全く読んでいなかった。ディックで読みたい本はまだまだ残されているのだけど、この3ヶ月間はカート・ヴォネガット・ジュニアの小説を中心に読んでいた。
ヴォネガット自身は、自分をSF作家であると表現されることに違和感を持っていたというような記述が、「猫のゆりかご」の解説にあったが、確かに、当初持っていたようなSFのイメージとは趣の異なる話が多い。僕が持っていたSF小説に対するイメージはテクノロジーが支配をする、ある種、無味乾燥とも言える世界を描いた話だ。人間よりも、テクノロジーが重要な世界。読者を惹きつけるテクノロジーや世界観をいかにフィクションの中で生み出せるかが、SFの面白さを左右する、そんなイメージだ。しかし、ヴォネガットの小説はSF小説ではあるけれども、なんていうか話に湿り気がある。無味乾燥ではない。確かに今いきている時代よりも進んだテクノロジーの話は出てくる。その湿り気の正体が何だろうと考えると、やはり登場人物に鍵があると思う。ヴォネガットの小説には、どこか間の抜けた人物が良く登場する。人間は本来、間の抜けた存在であって、それを補う為にテクノロジーが存在すると思う。SF小説に描かれる世界に無味乾燥な印象を持ってしまうのは、テクノロジーが発達しているせいか、人間の間の抜けたいわゆるダメな部分があまり感じられないからだろうか。ヴォネガットの描く人物はSF的な世界に身を置きながらも、調子が外れたダメな人間が多く、それでいて、作者のダメな人物に対する優しい眼差しが読み取れる。愛すべきダメな奴だ。
また、ヴォネガットの小説には読んでいて、ハッとさせられる良い言葉、いわゆる格言のような一文が多く登場する。格言が僕たちに必要なのは、僕たちが不完全な存在であるからだとも思う。不完全で間違ってしまうことも多いから、道標となるような言葉に惹かれる。ヴォネガットの話はSF的な世界の中で、人間や組織の不完全さがうまく描かれていて、だからこそ発せられる格言というものが巧く機能しているように思う。
うまく考えがまとまらない。もっとSF小説を読まないといけない。
以前の更新から読んだSF小説のタイトルは以下の通り。
「幼年期の終わり」アーサー・C・クラーク
「イシャ―の武器店」A・E・ヴァン・ヴォークト
「タイタンの妖女」カート・ヴォネガット・ジュニア
「スローターハウス5」カート・ヴォネガット・ジュニア
「プレイヤー・ピアノ」カート・ヴォネガット・ジュニア
「猫のゆりかご」カート・ヴォネガット・ジュニア
「SF怪奇伝説の謎」草川隆
「ニューロマンサー」ウィリアム・ギブスン
SF小説を読みはじめるきっかけとなった、ディックの小説は全く読んでいなかった。ディックで読みたい本はまだまだ残されているのだけど、この3ヶ月間はカート・ヴォネガット・ジュニアの小説を中心に読んでいた。
ヴォネガット自身は、自分をSF作家であると表現されることに違和感を持っていたというような記述が、「猫のゆりかご」の解説にあったが、確かに、当初持っていたようなSFのイメージとは趣の異なる話が多い。僕が持っていたSF小説に対するイメージはテクノロジーが支配をする、ある種、無味乾燥とも言える世界を描いた話だ。人間よりも、テクノロジーが重要な世界。読者を惹きつけるテクノロジーや世界観をいかにフィクションの中で生み出せるかが、SFの面白さを左右する、そんなイメージだ。しかし、ヴォネガットの小説はSF小説ではあるけれども、なんていうか話に湿り気がある。無味乾燥ではない。確かに今いきている時代よりも進んだテクノロジーの話は出てくる。その湿り気の正体が何だろうと考えると、やはり登場人物に鍵があると思う。ヴォネガットの小説には、どこか間の抜けた人物が良く登場する。人間は本来、間の抜けた存在であって、それを補う為にテクノロジーが存在すると思う。SF小説に描かれる世界に無味乾燥な印象を持ってしまうのは、テクノロジーが発達しているせいか、人間の間の抜けたいわゆるダメな部分があまり感じられないからだろうか。ヴォネガットの描く人物はSF的な世界に身を置きながらも、調子が外れたダメな人間が多く、それでいて、作者のダメな人物に対する優しい眼差しが読み取れる。愛すべきダメな奴だ。
また、ヴォネガットの小説には読んでいて、ハッとさせられる良い言葉、いわゆる格言のような一文が多く登場する。格言が僕たちに必要なのは、僕たちが不完全な存在であるからだとも思う。不完全で間違ってしまうことも多いから、道標となるような言葉に惹かれる。ヴォネガットの話はSF的な世界の中で、人間や組織の不完全さがうまく描かれていて、だからこそ発せられる格言というものが巧く機能しているように思う。
うまく考えがまとまらない。もっとSF小説を読まないといけない。