暗闇検校の埼玉県の城館跡

このブログは、主に、私が1980年代に探訪した中近世城館跡について、当時の写真を交えながらお話しするブログです。

天神山城 1986年(長瀞町)

2018-10-09 16:29:45 | 城館跡探訪
秩父線に乗って三峰口に向う。

波久礼から断崖絶壁を張りつくように電車が走る。眼下にブルーの玉淀湖。

家も少なく、見通しの良い車窓には長瀞から続く荒川の瀞場が見える。

そして、対岸の山上に立つ小さな白い天守閣。



40年前の天神山城は、秩父線沿線のシンボル的存在でした。

あそこが、実は観光用の隅櫓であり、実在した天神山城の建築物の再現ですらないと知って

受けたショックはかなりのものでした。


さて、天神山城は野上駅を降りて対岸の白鳥神社背後の山上にあります。



谷川健一先生の『青銅の神の足跡』、『白鳥伝説』などによれば、「白鳥」という地名は

古代金属加工に関連する地名とされており、なるほど、たしかにこの辺りは、結晶片岩由来の

黄銅鉱産地としても知られています。少量ですが金も産出する様です。


さて、私は、例によって自転車で天神山城を尋ねました。白鳥神社の背後ある山道を直登するのが、

良いとされていましたが、私が訪問したのはちょうど5月の暑くなり始めたころで、

当時は、ものすごい羊歯が生い茂った険しいやぶの山道をみて、即座に断念しました。

たしか、大手口が別の場所にあり、そこからならば車で登れると聞いていたので

そちらに回り込みました。



天神山城大手口には、桜の老木がありましたが、肝心の車道が潰れてしまっているのかわかりません。

どうも、この部分は所有権の関係で入れ無いようでした。

結局、白鳥神社の背後以外登る場所がないということで、初めて惨敗を喫しました。

まあ、正直、中学校時代のバカ丸出し、運だけを頼りにした無装備のむちゃくちゃな崖登り、

崖降り歴からみれば、冬ならばあっさり登って行けたでしょうけど、蛾の幼虫などが苦手な私には、

やはり夏場の城館跡探訪はきびしいと思わされました。

今は、体力的にきついですけど(笑)、でも、行かんことにはちょっと納得できませんね。