小説家 夢咲香織のgooブログ

私、夢咲香織の書いた小説を主に載せていきます。

SF小説 ホロスコープの罠 13落下

2021-06-18 23:02:53 | 小説

 一週間はあっという間に過ぎた。とうとう隕石は落下を始め、この日は会社も休みになったため、俺と美樹はTVの前で衛星カメラから送られてくる映像をただひたすら眺めていた。物凄い勢いで地球に接近した巨大な隕石が、あれよあれよという間に大気圏に突入し、オレンジ色の炎を上げながらヨーロッパへ、フランスへと近付いた。バリバリと空気を切り裂く爆音を響かせて、隕石はパリから少し外れた地点に衝突した。凄まじい衝撃で地面がへこみ、爆風が辺り一面を吹き飛ばす。粉塵が宙を舞い、辺りは見えなくなった。それはまるで地獄画図だった。俺はあそこに人は残っていたのだろうか? と不安になった。しばらくしてもうもうと上がっていた粉塵が落ち着き、周辺の様子が明らかになってきた。ドローンから送られてきた映像を見た俺達は絶句した。パリが、いや、パリだけではない。フランスのほぼ三分の二が消滅したのだ。巨大なクレーターの回りには最早如何なる文明の痕跡もなく、ただえぐられた大地が広がっているだけだった。俺は微かに足が震えているのを感じた。想像していたよりはるかに酷い。俺はヘナヘナとソファーに座り込んだ。

「……酷いな」
俺はそう呟いて美樹に目をやった。
「そうね……フランスはもうおしまいね。どれだけの人が犠牲になったのかしら?」
「分からない。きっと大勢が……やられたろうな」
俺がそう言ってカフェテーブルのコーヒーカップに手を伸ばした時である。

ピンポーン!

玄関のチャイムが鳴り響いた。こんな時に一体誰だ? 俺が立ち上がろうとするのを美樹が制した。
「私が出るわ」
美樹がドアを開けると、警官が二人乗り込んで来た。
「な、何ですか、一体!?」
俺がそう叫ぶ間に、警官達は俺を後ろ手に拘束して手錠を掛けた。
「おいっ!」
「山下海。ホロスコープ改ざん容疑で逮捕する! 大人しくしろ」
俺は驚く間もなく外へ連れ出され、パトカーの後部座席に押し込められた。

 その部屋はマーブルの大理石の壁に白と黒のタイル張りといった重厚な部屋だった。深紅のビロードのカーテンが窓を覆って、ただでさえ重々しい空間により一層の荘厳さを演出している。部屋の中央に置かれた大きなマホガニーの机の前で、俺は椅子に座らされていた。てっきり警察署へ行くのだと思っていたパトカーは、政府官邸へと向かったのだった。二人の警官は今も俺の背後で俺を見張っている。一体これはどういうシチュエーションだ? 俺の頭は混乱していた。

 部屋のドアが開いて、ダークスーツを着た背の高い男と、明るい茶色の長い髪をした、緑の瞳の女が入って来た。男の方は政府高官の誰かだろうと想像が付いたが、女の方は……真っ白なローブを身に纏い、白く輝く肌はどこか現実離れしている。まるでヨーロッパの昔の宗教画に描かれた大天使ガブリエルの様に、どこか浮き世離れした風貌だった。

「待ったかね?」
男は表情を変えずに俺に話しかけた。
「いえ……それほどでも」
「そうかね。君達は下がって良い」
男は警官に向かってそう告げると、彼らが部屋を出たのを確認してから、俺の向かいに座った。
「俺はどうしてこんな所に連れて来られたんです? 警察署へ行くんじゃないんですか?」
男は俺の顔をじっと見詰めると、軽く溜め息を付き、静かに微笑んでから口を開いた。
「もちろん、君の容疑はホロスコープ改ざんだから、通常であればまず警察に行く。だが……君のケースはちょっと特別でね。山下海君」
「特別? どういう事です?」
「ふむ……睡蓮さん、頼みます」
睡蓮と呼ばれた女はニッコリ微笑むと、話し始めた。
「山下さん。貴方のホロスコープは特別なんです。貴方の人生のメインテーマは女性と上手くいかない事による悲しみと許しでした。これは生まれる前に貴方の魂が望んだ事でもあります――」
睡蓮の言葉に俺は反射的に答えた。
「俺が望んだってどういう事だ? 嘘だろ?」
そうとも。俺が一体いつそんな事を望んだというのだ? いつも望んでいたのはその逆だ。睡蓮は翡翠の様な瞳で静かに俺の目を見詰めた。それはまるで波一つ立たない湖面の様に神秘的で、俺はこのまま彼女の瞳に吸い込まれるのではないか、と思った。
「嘘ではありません。貴方の自我ではなく、魂が望んだ事です」
「魂だって!? あんたは一体何者なんだ? 霊能者とても言うつもりか?」
「いいえ……私はこの宇宙を見守る高級勢力の一員です。私達は地球人とこの宇宙の進化を見守って来ました――」
「ち、ちょっと待ってくれ」
俺の頭は混乱の極みだった。高級勢力?
「か、神だとでも言うのか?」
「違います。創造主ではありません。ただ、貴方方地球人より少し進化した存在です。地球人とこの宇宙をより進化させ、次元上昇を手伝うのが私達の役割です」
「次元上昇?」
俺は聞き慣れない言葉をおうむ返しに呟いた。


SF小説 ホロスコープの罠 14終章

2021-06-18 23:02:53 | 小説

 一週間はあっという間に過ぎた。とうとう隕石は落下を始め、この日は会社も休みになったため、俺と美樹はTVの前で衛星カメラから送られてくる映像をただひたすら眺めていた。物凄い勢いで地球に接近した巨大な隕石が、あれよあれよという間に大気圏に突入し、オレンジ色の炎を上げながらヨーロッパへ、フランスへと近付いた。バリバリと空気を切り裂く爆音を響かせて、隕石はパリから少し外れた地点に衝突した。凄まじい衝撃で地面がへこみ、爆風が辺り一面を吹き飛ばす。粉塵が宙を舞い、辺りは見えなくなった。それはまるで地獄画図だった。俺はあそこに人は残っていたのだろうか? と不安になった。しばらくしてもうもうと上がっていた粉塵が落ち着き、周辺の様子が明らかになってきた。ドローンから送られてきた映像を見た俺達は絶句した。パリが、いや、パリだけではない。フランスのほぼ三分の二が消滅したのだ。巨大なクレーターの回りには最早如何なる文明の痕跡もなく、ただえぐられた大地が広がっているだけだった。俺は微かに足が震えているのを感じた。想像していたよりはるかに酷い。俺はヘナヘナとソファーに座り込んだ。

「……酷いな」
俺はそう呟いて美樹に目をやった。
「そうね……フランスはもうおしまいね。どれだけの人が犠牲になったのかしら?」
「分からない。きっと大勢が……やられたろうな」
俺がそう言ってカフェテーブルのコーヒーカップに手を伸ばした時である。

ピンポーン!

玄関のチャイムが鳴り響いた。こんな時に一体誰だ? 俺が立ち上がろうとするのを美樹が制した。
「私が出るわ」
美樹がドアを開けると、警官が二人乗り込んで来た。
「な、何ですか、一体!?」
俺がそう叫ぶ間に、警官達は俺を後ろ手に拘束して手錠を掛けた。
「おいっ!」
「山下海。ホロスコープ改ざん容疑で逮捕する! 大人しくしろ」
俺は驚く間もなく外へ連れ出され、パトカーの後部座席に押し込められた。

 その部屋は大理石の壁に白と黒のタイル張りといった重厚な部屋だった。深紅のビロードのカーテンが窓を覆って、ただでさえ重々しい空間により一層の荘厳さを演出している。部屋の中央に置かれた大きなマホガニーの机の前で、俺は椅子に座らされていた。てっきり警察署へ行くのだと思っていたパトカーは、政府官邸へと向かったのだった。二人の警官は今も俺の背後で俺を見張っている。一体これはどういうシチュエーションだ? 俺の頭は混乱していた。

 部屋のドアが開いて、ダークスーツを着た背の高い男と、明るい茶色の長い髪をした、緑の瞳の女が入って来た。男の方は政府公官の誰かだろうと想像が付いたが、女の方は……真っ白なローブを身に纏い、白く輝く肌はどこか現実離れしている。まるでヨーロッパの昔の宗教画に描かれた大天使ガブリエルの様に、どこか浮き世離れした風貌だった。

「待ったかね?」
男は表情を変えずに俺に話しかけた。
「いえ……それほどでも」
「そうかね。君達は下がって良い」
男は警官に向かってそう告げると、彼らが部屋を出たのを確認してから、俺の向かいに座った。
「俺はどうしてこんな所に連れて来られたんです? 警察署へ行くんじゃないんですか?」
男は俺の顔をじっと見詰めると、軽く溜め息を付き、静かに微笑んでから口を開いた。
「もちろん、君の容疑はホロスコープ改ざんだから、通常であればまず警察に行く。だが……君のケースはちょっと特別でね。山下海君」
「特別? どういう事です?」
「ふむ……睡蓮さん、頼みます」
睡蓮と呼ばれた女はニッコリ微笑むと、話し始めた。
「山下さん。貴方のホロスコープは特別なんです。貴方の人生のメインテーマは女性と上手くいかない事による悲しみと許しでした。これは生まれる前に貴方の魂が望んだ事でもあります――」
睡蓮の言葉に俺は反射的に答えた。
「俺が望んだってどういう事だ? 嘘だろ?」
そうとも。俺が一体いつそんな事を望んだというのだ? いつも望んでいたのはその逆だ。睡蓮は翡翠の様な瞳で静かに俺の目を見詰めた。それはまるで波一つ建たない湖面の様に神秘的で、俺はこのまま彼女の瞳に吸い込まれるのではないか、と思った。
「嘘ではありません。貴方の自我ではなく、魂が望んだ事です」
「魂だって!? あんたは一体何者なんだ? 霊能者とても言うつもりか?」
「いいえ……私はこの宇宙を見守る高級勢力の一員です。私達は地球人とこの宇宙の進化を見守って来ました――」
「ち、ちょっと待ってくれ」
俺の頭は混乱の極みだった。高級勢力?
「か、神だとでも言うのか?」
「違います。創造主ではありません。ただ、貴方方地球人より少し進化した存在です。地球人とこの宇宙をより進化させ、次元上昇を手伝うのが私達の役割です」
「次元上昇?」
俺は聞き慣れない言葉をおうむ返しに呟いた。

「ええ。地球もこの宇宙も、かつては荒い波動の低次元の空間でした。そこに住む地球人も原始的な意識しか使えない状態でした。進化というのは、意識レベルを高次元に上昇させていく事です。私達高級勢力は長い間、地球人の進化を見守り、時にはサポートしてきました。ホロスコープの開示もそのサポートの一つです。人間は生まれる前に魂のレベルで私達と話し合い、次に生まれた時の人生をどう生きるか決めます。ですが大抵はこの三次元空間に生まれると、その記憶を失ってしまうのです。それを防ぎ、もっと意識的に魂の目的通り生きれるように、私達は高度な占星術の知識を地球人に伝えました。人類がホロスコープ通りに生きる事で、宇宙のバランスが取れ、徐々にエネルギーが上がって行くのです。今回の隕石の衝突は貴方が引き起こしたものです。ホロスコープを変えてしまったので」
「そんな……」
俺は自分のしでかした事の重大さに言葉を失った。
「でも、俺のホロスコープが特別だっていうのは?」
「貴方の魂は人類と宇宙が高次元へと進化するために犠牲となる事を決意していました。進化し、次元を上昇させるためには大いなる悲しみ――最高度の純粋な悲しみを経験して、そこから人を許し、宇宙的な愛へと昇華させる事が必要です。未知の度数がありましたね。あれは貴方の悲しみと愛のエネルギーによって、この宇宙が一段階波動を上げ、進化する事を意味していたのです」
俺は絶句した。俺の魂がそんな大それた事を望んでいたとは到底信じられない。
「俺はそんな、進化だの何だのよりも普通に女と幸せになりたい。それに、どうして俺がホロスコープを改ざんした事が分かったんだ? 誰にも話していないのに」
「お入りなさい!」
睡蓮はドアに向かって叫んだ。ドアが開くと、そこには美樹の姿があった。
「彼女が通報したのですよ」
「美樹!? どうしてだ?」
「浮気の仕返しよ……」
「でも、そしたらお前の親父さんだってヤバくなるのに……」
「分かっているわ。でも私、どうしても許せなかったのよ……ご免なさい」
「美樹……。それで、俺はどうなるんです?」
「はい。通常であれば魂の消去なんですが、貴方の場合は元々の魂のレベルが高いのです。その様な高度な魂の持ち主には、やはり本人の意思を確認しなければなりません。どうしますか? 再びホロスコープを戻して、人類のために貢献しますか?」
俺はしばらく考え込んだ。人類の進化……次元上昇……そのための犠牲。

「俺は進化だの何だのはどうでも良い。俺は美樹と幸せになりたいんだ」
「そうですか……」
睡蓮は少しだけ悲しそうな顔をした。
「その望みを叶えるには、現在の時間軸の地球では無理です。過去の、もっと原始的な地球なら可能です」
「……って、どうするんです?」
「お二人の魂を過去の地球へ転送します」
「転送……って、そんな事出来るんですか?」
「出来ますよ。ですが、そこではここの様な快適で文明的な暮らしは出来ませんよ」
「それって、ここでは死ぬっていう事ですか?」
「まあ……肉体レベルではそうとも言えますね。どうしますか?」
俺は美樹を見た。
「美樹、それで良いか?」
美樹は少しだけ考えて、
「ええ。良いわ。二人で幸せになりましょうよ」
と微笑んだ。

「分かりました。では美樹さん。山下さんの隣に座って下さい」
美樹は言われるままに俺の隣に座った。睡蓮は俺達の背後に立つと、両手をそれぞれ俺達の頭の上に置いた。
「では、これより山下海と富永美樹の魂を原始惑星地球へ転送します」
そう睡蓮が告げた途端に、俺は突然眠くなり、意識が薄らいでいくのを感じた。俺は横を向いて美樹の顔を見詰めた。遠退いていく意識の中で段々と美樹の顔がぼやけていき、俺はある事を思い出した。
「美樹って、母さんに似ているな……」
俺の意識は不思議な安らぎの中、消滅した。


SF小説 ホロスコープの罠 12隕石

2021-06-18 19:14:16 | 小説

「そんな嘘に騙されると思うの? 私の目は誤魔化せないわよ!」
美樹は俺に掴みかかると、襟をグイ、と引っ張った。
「お、おい、落ち着けって。大体、お前だって他に男がいただろう?」
俺がそう言うと、美樹は顔をクシャクシャにして怒鳴った。
「それは昔の話じゃないの! 貴方のために手を切ったんじゃない! それなのに――」
「ちょっと待て。あれ……」
「はぐらかさないでよ!」
「違う。TVを見てみろ」
俺はリビングに置いてあるTVから流れてくる映像を見て固まった。夜のニュース番組で、緊急特報をやっているのだが、そこには巨大な隕石の映像が映っていた。俺はリビングへ行くと、TVの音量を上げた。

「……ナジールと名付けられたこの隕石は、地球へ近付いています。このまま行くと予測では半年後に地球へ衝突する事は避けられないでしょう。何処に落ちるかはまだ不明ですが、皆さんどうか落ち着いて……」
ニュースキャスターのセリフを聞いた俺達は顔を見合わせた。
「隕石だって……」
「そうね……でもそれが私達に関係あって? 私にとってはそんな事より、貴方の浮気の方が重大問題よ!」
美樹はTVを消すと、俺を睨み付けた。
「分かったよ。他の女とは別れるよ」
「やっぱりそうだったのね!」
「……ご免。誘われて、断りきれなくて。でも別れるから」
「きっとよ」
「ああ」
結局俺は美樹に押し切られた。

 次の日の夜は雨が降っていた。カフェで俺と加奈子は席に座った。
「話って?」
「うん……やっぱり別れてくれないか? 実は、彼女にバレていたんだ。君が良くても、彼女はそうじゃない」
俺の話を聞いた加奈子はしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げると、
「そう……嫌よ。そんなの」
とポツリとこぼした。
「頼む」
「私は貴方に女が居ても全然構わないって言ったでしょ」
「加奈子。誤解しないでくれ。俺は別に君を弄ぼうとか思った訳じゃないんだ」
「ええ。分かっているわ」
「それに、君は良くても彼女はそうは思っていない」
「バレなきゃ良いんでしょ? 次からもっと上手くやれば良いわ」
「加奈子……」
「もし別れるなら、あたし会社で言いふらしますから。私の事無理やりホテルに連れ込んで強姦したって」
「お、おい……そんな事……」
「とにかく、私は別れないからね」
可愛らしい顔に似合わず、凄みのある目で睨まれて、俺は結局加奈子の意向を飲むしかなかった。店を出ていった加奈子の後ろ姿を、俺は窓越しにずっと見ていた。

 それから半年間、俺は美樹と加奈子の両天秤は続いた。この半年の間、世間の話題は例の隕石の事で持ちきりだった。だが俺には関係のない事である。美樹との熱々な暮らしを送っていた俺にとっては、この街にさえ落ちなければ、隕石の事など、どうでも良かった。今日も無事に仕事を終えた俺は、マンションへと帰ってきた。いつもなら
「お帰り、ダーリン」
とか言って玄関まで出迎えてくれる美樹の姿はそこにはなかった。
「ただいま……美樹、居るのか?」
「ちょっと黙って」
リビングから何やら緊迫した美樹の声がした。俺は何事だろう、と思いながらリビングに入って、思わず目を見開いた。TVであの隕石が後一週間で地球に衝突する、というシミュレーション映像が流れていた。予想落下地点はフランスのパリ郊外である。
「やっぱり落ちるって」
美樹は口を手で押さえながら俺の方を見た。俺は黙ってTVを見続けた。どうやら衝突時の破壊力は物凄い物になるらしい。画面には憐れにも海外へと脱出しようと空港へ押しかけるフランス市民の姿が映っていた。
「パリか……」
「ええ。気の毒だわ。それに、貴重な宮殿やら、美術館なんかも壊滅するわね」
「そんな物より、人間はどうなるんだ? 皆避難できるのか?」
「一部の富裕層を除いては絶望的らしいわ。国連が軍を派遣して、出来る限りの人を国外へ搬送するみたいだけど、とても全部は間に合わないでしょうね……」
「そうだよな……」

 俺はさっきみたシミュレーションの映像を思い出して身震いした。ここに落ちるのじゃなくて良かった、という安堵のため息を付き、だからと言ってフランス人が犠牲になっても構わないとは思えずに、そしてその事に対して無力な自分に再び溜め息を付いた。
「まあ、彼等は気の毒だよな……」
「気の毒なのは彼等だけじゃないわ」
美樹はうっすら涙を浮かべた目で俺を睨み付けた。
「何だよ?」
「貴方、加奈子とかいう女と続いていたのね! 酷いわ。別れたって言ったじゃない!」
「ど、どうして……」
俺は思わずたじろいだ。一体どうしてバレたんだ?
「メールが来たのよ。その女から。貴方と別れるようにって」
メール……そうか、ホテルで俺がシャワーを浴びている隙に、加奈子が俺の携帯を盗み見たのに違いない。これで終わりだな……いや、終わりにしなければ。いざとなったら職を変えるのもやむなしである。俺は今度こそ加奈子と手を切ると美樹に約束した。


SF小説 ホロスコープの罠 11変化

2021-06-18 02:55:20 | 小説

 俺を乗せたベッドはゆっくりと穴へと入っていった。ハッチが閉じられ、真っ暗な中へ入るとオレンジ色のランプが点灯して、空間はオレンジ一色に染められた。微かに機械の唸るような音が聞こえ、多分今電磁波を浴びせているのだな、と俺は一人納得する。三十分もそうしていただろうか? プシュッと入り口のハッチが開く音がして、俺はベッドごと元居た部屋へと押し出された。

「お疲れ様。終わったよ」
富永がそう言ってベルトを外す。もう終わりか? 随分とあっけないものだな、と俺はいささか拍子抜けだった。服を着た俺は富永に礼を言って、鞄から現金を取り出して渡した。
「お約束の金です」
「ああ、どうも」
富永は丁寧に札を数えると、ニンマリ笑って、
「これからの貴方の人生は、きっと素晴らしいものになりますよ」
と俺の背中を軽く叩いた。

 俺と美樹は再び車でマンションへと戻った。その日の夜、美樹はいつになく俺を求めた。余りの貪欲さに、俺が思わず
「なあ……どうかしたのか?」
と訊くと、
「うん……何か今日は凄いわ……やっぱり貴方、治療を受けて正解よ」
と喘ぎながら言う。
「なあ、やっぱり俺以外の男と寝るのは止めてくれないか?」
「そうね……考えても良いわ」
俺は心の底から富永に感謝した。明らかに治療の効果だ。そうに違いない。
「金の事なら心配するなよ。一緒に暮らそう。そうすれば他の男に体を売らなくても暮らしていけるだろ?」
「分かったわ」

 それから俺は自分のアパートを引き払って、美樹のマンションで一緒に暮らす事になった。二人で家賃を払えばやっていける。美樹はとうとう他の男と手を切り、晴れて俺達は真の意味で恋人同士になったのだ。俺はまるで夢に描いたような甘い時をしばらく過ごした。それは至福の時間だった。夢なら覚めないでくれ――俺は毎日眠る前にそう唱え続けるのだった。

「山下さん」
ある日の夕方の事である。職場の事務員の女の子が、俺に声をかけてきた。その子は二十歳位の若い女性で、髪をお団子にした、中々可愛らしい顔立ちの娘だった。三橋加奈子という名前だ。
「何です?」
俺がパワースーツ越しに答えると彼女は
「ちょっとお話があるんです。こちらへいらして下さい」
そう言って、俺に付いてくるように促した。俺はパワースーツを脱ぐと彼女に付いていった。給湯室に入ると、加奈子はモジモジしはじめた。赤らんだ頬が可憐だ。
「話っていうのは?」
「はい……あの……好きです。私と付き合ってもらえませんか?」
「えっ?」
俺は正直驚くと共に、少々戸惑った。嬉しい申し出だが俺には美樹がいる……。
「あの、いや、実は俺には彼女がいるんだ。悪いけど」
俺は気の毒そうな目で加奈子を見つめた。
「良いんです」
「は?」
「私は本当に山下さんの事好きですから。だから、貴方に他の女がいたって構わないんです」
「……」
俺はしばらく絶句した。加奈子は思い詰めた表情で、
「私、山下さんと付き合えなかったら死んじゃいます!」
と俺に抱きついた。俺は激しく動揺した。まさかこんな展開になるとは。ここでイエスと言えば、美樹を裏切ることになる。だがこの時、俺の心に魔が差した。以前は美樹だって他に男が居たのだ。ここで加奈子の思いに答えたところで、お相子ではないか?
「……分かったよ。でも、俺に他に女が居るっていう事は理解しておいてくれ」
「はい……嬉しい! 今日この後一緒に食事に行きませんか?」
「う、うん」

 仕事が終わった後、俺達はイタリアンレストランで食事をし、ラブホテルへ直行した。初々しい加奈子の体を堪能した俺は、富永の言葉を思い出していた。

――貴方の人生は素晴らしいものになりますよ

全くその通りだ。やはりこれは治療の効果に違いない。美樹に悪いと思わないわけではなかったが、せっかく降ってわいた幸運を、俺は無駄にする気はなかった。

 それからの俺は、美樹と加奈子の間を行ったり来たりした。ある夜の事だ。加奈子と逢瀬を楽しんだ後帰宅した俺に、美樹が詰め寄った。
「ねえ、前から言おうと思っていたんだけど、貴方他に女が居るんじゃない?」
美樹は疑いの眼差しで俺を見据える。
「何言ってるんだ」
「女の勘よ。それに……」
そう言いながら美樹は俺のシャツの匂いを嗅ぐ。
「やはり、女ね。私のじゃない香水の匂いがするわ」
そう言われて俺はなすすべもなく廊下に立ち尽くした。こんな時どうすれば良いのか、俺の辞書にはない。取り敢えずその場を取り繕おうと、嘘を付いた。
「これか? 今日職場の女の子が急に具合が悪くなって倒れてね。一番近くに居たのが俺だったんで、抱き抱えて応接室のソファーに寝かせたんだよ。その時移ったんだろ」
我ながらスラスラと口を付いて出る言葉に、俺は驚いていた。