小説家 夢咲香織のgooブログ

私、夢咲香織の書いた小説を主に載せていきます。

SF小説 ホロスコープの罠 03誕生日

2021-06-04 09:07:22 | 小説

 今日は俺の誕生日である。だからといって特別なことは特に無いが、学校から帰ると、ポストに一通の封筒が入っていた。差出人は市役所だった。とうとう来たのか――俺の胸は高鳴った。自室でカバンをベッドへ放り投げ、ペーパーナイフで封筒を開けると、二枚の紙が入っていた。一枚はホロスコープの画像に、各惑星の度数が記入され、その度数の抽象的な意味が書かれた物だった。もう一枚にはホロスコープを元に解明された俺の人生のテーマが書かれている。俺は静かに書かれている文字を追った。

 幼い時に両親の離別という不条理を味わって、人の悲しみを知る事、母親を許す事が子供の頃のメインテーマだった。大人になってからも、女性関係は上手く行かず、自分とは異なる性の存在を理解し、上手く行かないことを受け入れて許す事がメインテーマとなっていた。結論から言えば、俺にはこの先幸せな結婚生活など無い、という事だった。ただし、不確定要素が一つだけあり、それは現在のホロスコープ解読技術を持ってしても解明されていなかった。海王星のエネルギーがその不確定要素を司っており、ホロスコープの度数も未知への期待、という度数であること以外は解明されていない。役所としては、不幸な運命を背負った海に同情するが、運命は決まっているし、くれぐれもホロスコープ通りに人生を全うするよう望む。未知の度数については、そもそも未知なのであるから説明のしようがないが、辛い運命にあって、そこに少しばかり期待しても良いのかもしれない。

以上が通知の内容だった。俺は通知を二度読んでから机の上に置くと、ベッドへ転がった。絶望感にうちひしがれながら天井を見詰めていると、涙が溢れてきた。子供の頃だけでなく、大人になってからも幸せな結婚生活は送れない――この通知は俺を打ちのめした。まだ高校に上がったばかりで、彼女さえ居ないというのに、今から女に絶望しなければならないとは。余りに惨すぎやしないか? だが、一縷の希望があった。海王星の度数だ。

未知への期待――

これは何だろうか? 考えたって分かるものではないが、この度数に救いを見出だせるかも知れないと俺が思ったって、不思議ではないだろう? 俺はその日、父が買ってきたケーキにも手をつけずに、早々と眠りに就いたのだった。

 半年後、何と俺にも彼女が出来た。自分でも驚きだったが、経緯はこうだ。学校に向かうバスの中で、いつも俺より一つ先のバス停から乗って来る少女がいた。少し赤茶けた髪に透き通るような白い肌をして、いつもバスに乗り込むとカバンから今時珍しい紙で製本された小説を取り出して読んでいるのだった。俺は何とかして、彼女がどんな小説を読んでいるのか知りたかった。頭に例の役所からの通知がちらついたが、ある時勇気を出して彼女に声をかけてみた。

「あの……いや、もし差し支えなければ、その本読み終わったら貸してくれないかな?」
少女は少々面食らった顔をして俺を見上げると、少し頬を赤らめて、
「ええ、良いわよ」
とだけ言った。その時の俺はかなり舞い上がっていたのだと思う。肝心の少女の名前やら、クラスやらを訊ねるのをすっかり忘れていたのだった。後になってから、突然俺にあんな風に声をかけられて、彼女は怪しんだかも知れない。明日からもうあのバスには乗って来ないかも……等と不安が胸を旋回した。

 だが次の日も彼女はバスに乗って来た。俺は内心ホッと胸を撫で下ろして、彼女があの本を読み終わるまではぞっとしておこう、と心に決めた。数日後、彼女はいつものようにバスに乗り込むと俺を探して、本を差し出した。
「ありがとう。いつまでに返せば良いかな? それと……君の名前とクラスを教えてくれないか? 俺は山下海(やましたかい)、一年Bクラスだよ」
「私も一年生よ。Aクラス。名前は、春野清美(はるのきよみ)っていうの。本は読み終わったらで良いわよ」
清美はそう言って微笑んだ。

 本はガルシア・マルケスの『百年の孤独』だった。名前はどこかで聞いたことはあるが、読んだ事はなかった。内容はとある街の百年の繁栄と滅亡を神話的に描いた物で、エピソードに次ぐエピソードという感じだが面白かった。最終的には街は近親相姦の罪のために滅ぶのだった。俺は俄然清美に興味を持ち始めた。こんな風変わりな、面白い本を読んでいたとは、彼女のいかにも大人しくて清楚な見た目からは想像もつかなかったからだ。俺は彼女となら、上手く付き合っていけそうな気がした。

 本を読み終わった俺は、放課後すぐにAクラスに駆け込み、清美を探した。教室には疎らに生徒達が帰り支度をしている。清美は後ろの方の席で、カバンに教科書を詰めている所だった。俺は焦る心を出来る限り落ち着かせながら清美に近付いた。


SF小説 ホロスコープの罠 02回想

2021-06-04 00:50:07 | 小説

 あれは俺が五才の時だった。幼稚園での一日を終え、俺は母が迎えに来るのを楽しみに待っていた。次々に友達の親が迎えに現れて、彼等と一緒に通りへ消えていった。当然、俺の母親ももうすぐ迎えに来る――その時俺は何の疑問も持たずにそう信じていた。水色の小型自動車が自動運転の大通りから外れて、母の余り上手いとは言えない自立運転に切り替わり、幼稚園の門の前で停車するのを、俺は今か今かと待ちわびた。だが車は来なかった。俺は段々と不安になり、日が西の地平に沈みかける頃には大声を上げて泣いていた。泣いている俺に気付いた保母さんが、俺の父親に電話をかけてくれた。母がどうして来ないのか、それは分からなかったが、代わりに父が迎えに来ると知って、俺はひとまず泣き止んだのだった。

 父親の車から降りて、マンションの部屋へ入った俺は、部屋中をくまなく探した。もしかしたら、あのカーテンの裏に母が隠れているんじゃないか? ひょっとしたら、キッチンの対面カウンターの影に潜んでいるのかも知れない。俺はきっと母が何処かに居る筈だ、との希望を捨てていなかった。だが、母の姿は何処にも無かった。一体母は何処へ消えたのか? 俺は再び涙がじんわり滲むのを隠すこともせずに、振り返って父親にこの疑問の答えを明かすよう目で訴えた。父は一枚の書き置きを手にしたまま、悲しそうな目をしてリビングに突っ立っていた。

「母さんは出ていったんだよ」
そう、一言だけ呟くように言うと、父は俺を抱き締めた。出ていった?
「……お買い物?」
俺の質問は五才の子供としては至極妥当なものだったと思う。だが父は大きく首を振ると、信じがたい言葉を告げた。
「そうじゃない。母さんは、もうこの家には戻らないんだ」
父はそう言ってため息を一つ付いた。俺には全く理解不能だった。
「どうして、どうして? 僕が悪い子だから?」
俺は父にしがみついて泣き叫んだ。
「いや、そうじゃない。これは仕方のないことなんだよ……母さんがいつか父さんと別れる事は予め決まっていたんだ」
「どういう事?」
「人間は皆、生まれたときにホロスコープを背負っているんだ。いわばお星様からのメッセージだな。人はそのメッセージに従って生きていかなきゃいけないんだ。母さんのホロスコープには、いずれ父さんと別れなきゃならないメッセージが刻まれていたんだよ……だから、誰も悪くないんだ」
俺は混乱した。お星様のメッセージだって!? そんなものの為に、母さんは出ていったのか? 俺や父さんへの愛を捨てて?
「海、お前もホロスコープを背負っている。十六才になったら、それがどんなメッセージか分かるんだ。そしてそれが分かったら、その通り生きていかなきゃならないんだよ」
「僕……僕そんなの嫌だよ!」
「どのみち、人間はお星様からは逃れられないんだよ」
俺は押し黙った。怒りとも、悲しみともつかない思いを心に抱えて。お星様だとか、ホロスコープだとか、そんな物は理解不能だった。ただ俺の心にはこの事実だけが刻み込まれた。

――母さんは僕を捨てたんだ――

 この傷は中々癒える事は無かった。小学生になって、もっと色々見える世界が広がれば広がるほど、俺の傷は深くなっていった。他の奴等は皆両親揃って幸せそうな家庭を築いているのに、何故俺だけがこんな孤独を味わわなければならないのか? 一体、この世に母親に捨てられる事ほど悲しいことがあるだろうか?

 何故だ? 何故だ? 何故だ? 疑問符ばかりが頭を飛び交い、俺の悲しみはいつしか憎しみに変わっていった。そして俺はある結論を導きだした。つまり、母は親失格のロクデナシっていう事だ。ホロスコープだか何だか知らないが、人の親ならそんな物に従うよりも、キチンと子供を育てるべきなのだ。俺は何か間違っているだろうか?

 出口の見えない痛みはその後もジワジワと俺の心を蝕んでいった。何度も父に母が居なくなった理由を訊ねたが、父は
「ホロスコープで決まっていた事」
その一点張りだった。
「じゃあ、父さんは、母さんが出て行く事を知りながら、結婚したの?」
俺は素朴な疑問をぶつけてみた。父は遠くを見るような目で、
「そうだよ。母さんと婚約した時に、母さんのホロスコープを見せてもらったんだ。母さんはこう言ったよ『この通り、私の運命は貴方と結婚して、その後時が来たら貴方と別れる事になっているみたいだわ……何故別れなきゃならないのか、その時が来るまで分からないけど、それでも構わないの?』ってね」
「父さんは何て答えたの?」
「『それでも構わない。俺は君と結婚したいんだ』って言ったさ」
俺は絶句するしか無かった。二人は納得済みなのだから良いかも知れないが、俺にとっては理不尽この上ない。どうせ生まれるなら、死ぬまで仲良く別れることの無い両親の元に生まれたかった。あの日以来、母の愛を味わえなかった俺は、いつしか強烈に女に愛されたい、と思うようになっていた。